表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コード:ヴァニタス ~魔術絶対の階級社会を、魔力ゼロの「欠落者」が喰らい尽くす〜  作者: 上ノ空
ゼロの廃棄物

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/36

第10話:襲来 掃除屋たち、命をゴミとして扱う者(前半)

いつも応援ありがとうございます。


最新話を更新しました。 最後までゆっくりとお楽しみください!


扉を蹴り開けた瞬間、世界は赤く染まっていた。


「ゴォォォォォォォォッ!!」


轟音。

それは風の音ではなく、空気が強制的に燃焼させられている悲鳴だった。


熱い。

肌を刺すような熱波が、物理的な圧力を持って押し寄せてくる。

視界の全てが揺らぐほどの高熱。

第0層の湿ったカビ臭い空気は一瞬で蒸発し、代わりに鼻の奥を焦がすような、強烈な異臭が充満していた。


古い木材が炭化する臭い。

プラスチックが溶ける化学的な臭い。

そして、決して嗅いではいけない、タンパク質が焼ける甘く脂っこい臭い。


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

「助けて! ドアが開かないの!」

「熱い、熱いよぉぉぉ!」


阿鼻叫喚あびきょうかん

路地の向こうから、火だるまになった人々が転がり出てくる。

彼らは地面をのたうち回り、必死に火を消そうとしているが、一度ついた魔導の炎は、水ごときでは消えなかった。


俺は、その地獄絵図の中に、ゆっくりと足を踏み入れた。


ジュウッ。


俺のブーツが地面に触れた瞬間、奇妙な音がした。

熱された鉄板に、氷を落としたような音。


俺の足元を中心に、燃え盛る地面が円状に白く染まっていく。

しもだ。

周囲の気温は数百度に達しているはずなのに、俺の周りだけは、真冬のような冷気が漂っていた。


(ぬるい)


俺は、頬を撫でる熱風を感じて思った。

以前の俺なら、この熱だけで皮膚がただれ、呼吸ができなくなっていただろう。

だが今は、この猛火さえも心地よい「暖房」程度にしか感じない。


俺の身体は、底の抜けた器だ。

熱をいくら注いでも満たされない、氷の虚無。


「さて……」


俺は、背負っていた剣を手に取った。

ズシリと重い手応え。

白い包帯の隙間から、アビス・ワームから奪った緑色の燐光りんこうが微かに漏れている。


『……騒がしいな』


剣が、不機嫌そうに脈打った。

いや、不機嫌なのではない。

このあふれかえる熱エネルギーに、食欲を刺激されて苛立っているのだ。


「ああ。バイキングの時間だ」


俺は呟き、燃える路地を歩き出した。

逃げ惑う人々が、俺の姿を見て目を見開く。

ボロボロのコートをまとい、巨大な剣を引きずり、全身から白い冷気を噴き出しながら火の中を歩く男。


彼らは悲鳴を上げて、俺を避けていく。

炎よりも、俺の方が恐ろしいとでも言うように。


路地を抜けると、そこは広場だった。

かつては闇市が開かれ、粗悪な酒やジャンクパーツが売られていた場所。

今は、事務的な処理場と化していた。


「D-3エリア、焼却完了」

「次はD-4だ。急げ、定時までに終わらせるぞ」


無機質な声が響く。

広場の中央に、数人の男たちが立っていた。


全身を灰色の耐熱防護服で覆い、顔には無機質なガスマスク。

背中には巨大な燃料タンクを背負い、手には無骨な火炎放射器を構えている。


第9席配下、「清掃部隊スイーパーズ」。

バベルの衛生管理という名目で、増えすぎた下層民を間引き、死体を肥料としてリサイクルする実働部隊。


「チッ、またガキかよ。燃え尽きるのが早すぎて灰の量が増えねぇな」

「文句言うな。ノルマはノルマだ。……おい、そっちのババア、まだ動いてるぞ」


彼らは、淡々と作業をしていた。

足元で炭になっていく人間を、まるで燃えないゴミでも扱うかのように靴先で転がし、焼き加減を確認している。


楽しみもなければ、罪悪感もない。

ただ「汚いものを燃やして綺麗にする」という業務を遂行しているだけ。

その徹底した無関心が、何よりも残酷だった。


(ああ、そうだ)


俺の中で、冷たい何かが確信へと変わった。


こいつらは、ヘリオスと同じだ。

人間を人間だと思っていない。

命を、処理すべきタスクとして見ている。


10年前。

俺の両親を焼いたあの炎と、今ここで人々を焼いている炎は、同じ色をしている。


「……見つけた」


俺の声は、炎の轟音にかき消されるほど小さかった。

けれど、俺の殺意は、この場の誰よりも大きく、鋭く膨れ上がっていた。


「あ? なんだお前」


掃除屋の一人が、俺に気づいた。

彼は手元のリストと俺を見比べ、面倒くさそうに溜息をついた。


「おいおい、避難勧告は無視か? 立入禁止区域だぞ」


ガスマスクの奥から、くぐもった声がする。

まるで、工事現場に迷い込んだ子供を叱るような口調。


「一般人は下がれ。……いや、待てよ」


男が、俺のボロボロの服を見る。


「その恰好、浮浪者だな? 居住権なしか」


カチャリ。

男が、火炎放射器の安全装置を外した。


「なら、ちょうどいい。ついでに処理しとくか」


男がトリガーに指をかける。

殺意すらない。

ただの「ついで」だ。


俺は止まらなかった。

一歩、また一歩と、男との距離を詰めていく。


「聞こえねぇのか? 燃えるゴミはそこに並べって言ってんだよ」


男が苛立ち、銃口を向けた。


ボォォォォォォォォッ!!


銃口から、オレンジ色の閃光がほとばしる。

圧縮された魔導燃料が着火し、数千度の奔流ほんりゅうとなって俺に襲いかかる。

距離は10メートル。

逃げ場はない。

一瞬で全身が炭化し、灰になる未来が確定している。


常識的に考えれば。


「……吸え」


俺は短く命じた。

剣を、炎の壁に向かって無造作に突き出す。


その瞬間。


シュゴォォォォォッ…………!!


奇妙な音がした。

燃焼音ではない。

巨大な肺が、空気を一気に吸い込むような音。


物理法則が、ねじ曲がった。


俺の顔面を焼くはずだった炎が、直前で生き物のように軌道を変えた。

渦を巻き、細く収束し、剣の切っ先一点へと吸い込まれていく。


まるで、排水口に吸い込まれる泥水のように。

膨大な熱量と光が、白い剣の中に飲み込まれ、消滅した。


「あ……?」


男の声が止まった。

ガスマスクのガラス越しに、男が首を傾げているのが分かる。


トリガーは引かれたままだ。

銃口からは、絶え間なく燃料が噴射されている。

なのに、俺に届かない。

俺の体温を1度たりとも上げることなく、全ての炎が虚空へ消えている。


「おい、どうした? ガス欠か?」

「いや、メーターは正常だ。……なんだこれ?」


男が銃身を叩く。

故障じゃない。

お前の放った「死」は、今、俺の手の中で消化されているんだ。


ドクン、ドクン。


剣が脈打つ。

包帯の下で、赤い光が明滅する。

吸い込んだ熱エネルギーが、剣の内部で循環し、俺の腕へと流れ込んでくる。


熱い。

いや、これは体温じゃない。

力だ。

爆発的な運動エネルギーが、俺の筋肉を内側から張り詰めさせる。


「ごちそうさん」


俺は、白い息を吐きながら言った。

煙を上げる剣を、ゆっくりと肩に乗せる。


「な、なんだお前……」


男が後ずさる。

本能的な恐怖。

マニュアルにない事態に直面し、思考が停止している。


「特異個体か……? おい、本部へ連絡を……」


「連絡?」


俺は笑った。

頬が引きつり、乾いた音が出る。


「不要だ。ここで退職させてやるよ」


俺は、地面を蹴った。


ドォン!!


爆発的な加速。

10メートルの距離が、瞬きする間にゼロになる。


「ひっ……!」


男が悲鳴を上げる間もなかった。


俺は、剣を振りかぶった。

斬るのではない。

この異常な重量を持った鉄塊を、全速力で叩きつける。


「まずは、一人」


ドガァァァァァンッ!!


鈍い破壊音が響いた。

金属バットでスイカを叩き潰したような、湿った音。


剣が、男の頭部に直撃した。

強化プラスチック製のヘルメットが粉砕され、ガスマスクが破片となって飛び散る。

その下にある頭蓋骨が砕け、首が不自然な方向に折れ曲がる。


男の身体が、地面にめり込んだ。

ピクリとも動かない。

即死だ。


「……ッ」


周囲の空気が凍りついた。

炎の音だけが響く中、他の掃除屋たちが動きを止める。


彼らは見たのだ。

自分たちの同僚が、魔法も使わない「ただの打撃」で、業務中の事故のようにあっけなく潰された瞬間を。


「おい……1班がやられたぞ」

「なんだあの武器は? 魔力反応がない」

「危険因子だ。焼却レベルを最大にしろ」


誰かの指示で、残りの掃除屋たちが動き出した。

事務的だ。

怒りも動揺も見せず、ただ「障害物を排除する」ために、5人、いや6人が一斉に俺を取り囲む。


全方位からの包囲。

全員が、タンクのバルブを最大まで開いている。


「総員、斉射」


6本の火柱が、同時に放たれた。

中心にいる俺を目指して、四方八方から灼熱の壁が迫ってくる。


熱い。

さすがに、これだけの量を一度には吸いきれないかもしれない。

視界が赤く染まり、酸素が燃え尽きて息苦しくなる。


けれど。


俺の心臓は、不思議なほど静かだった。

恐怖はない。

あるのは、冷え切った思考と、剣から伝わってくる「歓喜」だけ。


『熱い……熱いぞ……!』

『吐き出せ……ぶっ放せ!』


剣の意思が、俺の脳内に直接響いてくる。

さっき吸い込んだ熱が、刀身の中で圧縮され、臨界点に達しようとしている。


(そうか、出したいのか)


俺は理解した。

この剣は、一方通行の掃除機じゃない。

吸い込んだエネルギーを、指向性を持って解放することができる。


「ああ、いいぜ」


俺は、剣を横にぎ払うように構えた。

包帯の隙間から、赤い蒸気がシュウウウッと噴き出す。


「お前らがくれた熱だ。……倍にして返してやるよ」


俺は、足に力を込めた。

腰を落とし、回転の予備動作に入る。


迫り来る炎の壁。

それが俺の身体に触れる、コンマ1秒前。


「吹き飛べッ!!」


俺は、渾身の力で剣を振り抜いた。


ブォンッ!!!!


剣先から、衝撃波が発生した。

それは、ただの風圧ではない。

剣内部に蓄積された熱エネルギーが一気に解放され、高密度の「熱の刃」となって周囲に拡散したのだ。


ドガガガガガガッ!!


炎の壁が、内側から弾け飛んだ。

俺を中心とした半径5メートルの空間が、爆心地のように吹き飛ばされる。


「う、わぁぁぁぁぁっ!?」

「ぐぁっ!?」


取り囲んでいた掃除屋たちが、自分の放った炎と衝撃波に巻き込まれ、枯れ葉のように宙を舞う。

防護服が裂け、タンクが誘爆し、彼ら自身が火だるまになって地面に叩きつけられる。


一瞬の静寂。

そして、遅れてやってくる轟音。


俺は、爆心地の中央に立っていた。

周囲の地面は赤熱し、溶けたアスファルトがドロドロと流れている。

だが、俺だけは無傷だった。

剣が放出した冷気が、俺の周囲に不可視の断熱層を作っていたからだ。


「……ふぅ」


俺は白い息を吐いた。

剣を見る。

赤かった光が消え、再び冷たい白に戻っている。

腹ごなしは済んだ、という顔だ。


「そ、そんな……馬鹿な……」


生き残った掃除屋の一人が、地面を這いずりながら呟いた。

片腕が不自然に曲がり、自慢の火炎放射器はひしゃげている。


「物理攻撃……だと……? 魔法障壁が、反応しなかった……」


「魔法?」


俺は男に歩み寄った。

ブーツの裏で、溶けた地面がジュッと音を立てる。


「そんな上等なもんは使えねぇよ」


俺は男を見下ろした。

ガスマスクが外れ、素顔が露わになっている。

困惑に歪んだ、どこにでもいる中年の男の顔。

おそらく、家に帰れば平凡な父親なのだろう。

「今日は残業で遅くなる」と家族に伝えて、ここに来たのかもしれない。


だが、こいつは「仕事」として人を焼いた。

俺の大事な日常を、ノルマの一部として処理した。


「業務終了だ」


俺は剣を振り上げた。


「お前らが焼いた連中も、そう叫んでたはずだ」


「ま、待て……俺は命令されただけで……!」


ドスッ。


俺は剣を突き下ろした。

心臓を一突き。

男の身体がビクリと跳ね、そして動かなくなった。


俺は剣を引き抜き、血を振るった。

緑色のワームの血と、赤い人間の血が混ざり合い、黒いシミとなって地面に落ちる。


終わった。

広場にいた掃除屋は、全員動かなくなった。

生き残った住民たちが、建物の影からこちらを覗いている。


「…………」


彼らの目に、感謝の色はなかった。

恐怖。

畏怖。

そして、絶望。


「あいつ、ニルスじゃないか?」

「白化して逃げたんじゃなかったのか?」

「なんだあの姿……魔族か?」


ヒソヒソという声が聞こえる。

俺に向けられた視線は、さっき掃除屋に向けられていたものと同じだった。

「災害」を見る目だ。


(これでいい)


俺は、胸の奥で呟いた。

ヒーローごっこをしに戻ってきたわけじゃない。

俺は復讐者だ。

人殺しの怪物だ。

恐れられるくらいが、ちょうどいい。


「……行くぞ」


俺は誰にともなく言い、背を向けた。

まだ街のあちこちで火の手が上がっている。

掃除屋はまだいるはずだ。

全員、駆除してやる。


その時だった。


ヒュオオオオオオオ…………!!


頭上から、鋭い風切り音が聞こえた。

瓦礫が崩れる音でも、炎の音でもない。

もっと硬質で、人工的な、何かが高速で落下してくる音。


(来る……!)


俺は反射的に上を見上げ、バックステップで後方に跳んだ。


ズドォォォォォンッ!!


俺がさっきまで立っていた場所に、流星が落ちたような衝撃が走った。

地面がクレーター状に陥没し、凄まじい土煙が舞い上がる。

その衝撃波だけで、周囲の炎が一瞬で吹き消された。


「……なんだ?」


俺は剣を構え、土煙の向こうをにらみつけた。


掃除屋じゃない。

あんな鈍重な連中とは、落ちてくる「音」の質が違う。

もっと重く、もっと鋭く、そして洗練された気配。


煙が、風に流されて薄れていく。

その中心に、影が立っていた。


「……汚いな」


煙の中から、涼やかな声が響いた。

男の声だ。

戦場の喧騒けんそうには不釣り合いなほど、落ち着き払った、冷徹な声。


「下層の空気は、いつ来ても腐敗臭がする。……これだから、掃除が必要なんだ」


姿が現れる。


全身を包む、白銀の全身鎧フルプレート

関節部分からは青白い魔光が漏れ出し、背中には魔力で形成された「光のマント」が揺らめいている。

手には、身の丈ほどもある長大な槍。


その鎧には、泥汚れ一つ、傷一つついていなかった。

鏡のように磨き上げられた表面が、燃え盛る下層の炎を映し込んでいる。


「…………!」


俺は息を呑んだ。

知っている。

この姿を、モニター越しに何度も見たことがある。


バベル正規軍・白銀騎士団。

第7席クロード直属の、エリート処刑部隊。


「掃除屋ごときが手こずっていると思えば……」


騎士が、かぶとの奥から俺を見据えた。

その視線だけで、肌が粟立あわだつような圧力を感じる。


「ネズミが、妙な玩具おもちゃを拾ったようだな」


騎士が、槍の穂先を俺に向けた。

カチリ、と音がして、槍の先端に高密度の魔力が収束していく。


空気が変わった。

さっきまでの作業員との喧嘩とは違う。

ここから先は、「殺し合い」だ。


「名乗る必要はないな。どうせ死ぬ」


騎士の姿が、ブレた。


(速いッ!!)


俺が反応するよりも早く、白銀の閃光が目の前に迫っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、 下の【☆☆☆☆☆】評価や、ブックマークをいただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ