07
「あれ? なんか勝手に点いちゃっ……た」
「あ、……ど、どうも」
聞こえてきたのは奈緒先生の声。
画面に思い切り『奈緒』って書いてあるし、間違いようがない。
でも、どうして通話したまま私に渡したんだろうか。
「……今日はごめんなさい、助けてもらったのにキレちゃって」
「い、いえ……私もイライラしてて……」
単純に大吉くんが忘れただけかな。
別に話したいこともないし、もう終わりにしよう。
「あの、それじゃあ」
「待ってくださいっ」
「はい?」
「えっと……この前の件ですけど」
この前のって仲良くしたいと告げて速攻で振られたやつか。
あれはもう本当に嫌な気持ちになった、別に先生が悪いわけじゃないけど。
「やっぱり……私も仲良くしたい……と」
「無理しないでください、大丈夫ですよ」
「え……」
「まあ、その日は嫌……というか悲しい気持ちになりましたけどね。それに、口約束をしたところでなにも意味がないんです。できないとか、やりたくないことを口にするべきではないですよ。そっち関連のことに対してはもう……とにかく通話代が高くなってしまうのでこれで切ります、おやすみなさい」
……ある意味追い打ちだなこれ。
菜乃さんからは返事がこないし、なんかもう印鑑とかしてもらわないと信じられなくなってしまった。
大人アンチというわけでもないのにこれだだからね。
「あれ、まだこの部屋にいたのか」
「うん、そういえば通話したままだったよ、かけ放題に入ってないんだから気をつけないと」
本当はすぐに帰るつもりだっけど衝撃が大きすぎたのだ。
だって担任の先生と通話中のままだとは思わないでしょ?
「で、話したのか?」
「はあ……やっぱり大吉くんの策略だったんだ。仲良くしたいって言われたけど、断っておいたよ」
だと思った、通話中のまま渡す変な人はいない。
そういう意図がなければ有りえないことだ、誰だって気づくだろう。
「はあ? なんだよお前ら、望んでいたことをされたら逆に断りやがって」
「知らないよそんなの……大吉くんが信じろって言うから勇気出して誘ってみたのにメッセージすら返さないんだよ? あ、これは菜乃さんだけど」
「……ったく、なにやってんだあいつ」
なにやってんだはこちらが言いたいことだ。
大人なら行くか行かないかくらいハッキリしてほしい。
先生もそうだと言うつもりはないが、私の中で大人=信用するべきではないのかも? となっている以上は現状意地をするしかない。大体今更なんだよという話。顔色を伺って態度を変えるとか悪どい子どもかよと言いたくなる。
「でもよ、せっかく言ってきてくれたのに勿体なくねえか?」
「だって信用できないんだもん、しょうがないじゃん」
「そんなこと言ったらなにもできねえぞ、この先全部信用できないからって断っていくのか?」
よほど信じられないことでなければこんな態度を取ったりはしない。
でも信じようとしたらこの結果だ、それでも信じ続けろは酷というもの。
「なら大吉くんがなんとかしてよ、もう無理だよ私には」
「知らねえよ、俺がとやかく言ったって上手くいかねえだろ」
「じゃあ無理だよ」
「だな、無理だと思っていたら無理だろうな。なら諦めたらどうだ?」
「は……そうだね」
部屋に戻って布団の中に籠もる。
佑磨くんが羨ましい、あっちはあれだけ考えて動いているのにこっちはこれ。
……ま、絵梨香ちゃんみたいに可愛気のある妹ではないからしょうがないのかもしれないけど。
「大吉くんのばか」
と、言ってみても自分が嫌な気分になるだけだった。
「だいきちぃ」
「は? お前夜中だぞ、酒飲んでんのかよ?」
「だってぇ……みうに振られた……」
はあ、面倒くせえ。
俺はこいつと違って明日休みだからいいが、こいつは普通に教師やらないといけねえってのに。
「いまから会おうぜ、近くの公園な」
「えっ? ……襲う?」
「ちげえよ、みうと仲良くしたいんだろ?」
「したいっ、なのに……断られた」
どうせすぐに酔いは醒めるタイプなのでこのまま移動。
公園に行ったら既に奈緒が待っていた。
俺とこいつが両想いだったらめちゃくちゃいいシチュエーションなんだがなと苦笑。
「よ」
「うん、よ」
「残念だが俺は協力できないぞ。多分みうに嫌われた」
あれで余計に大人=信用できないということになってしまったと思う。
でも俺が細かく言ったところで本人達がなんとかしなければ話にならない。
別に突き放すつもりなんてなかったんだけどな俺は。
「はあ? あんた使えないわね……」
「おいおい、お前のせいで俺まで嫌われたんだぞ」
「どんな言い方したのよ?」
「……お前が無理だと思っているなら無理だ、奈緒のことを諦めろって」
「馬鹿すぎ、あたしが言うのもなんだけどね」
いや、そもそもその原因を作ったお前が言うなよマジで。
「どうすればいいのよ……」
「知らん、どうすればこっちは仲直りできるのかって聞きてえわ」
ただまあ、こいつのことを早く家に帰してやらなければならない。
知らんで通すならそもそもここに呼んではいない。
「みうが信用できなくなったのはお前がメッセージを無視したせいだ」
「あ、日曜日にってやつ? あれまだ返してないのよね、だって無責任に引き受ける方が失礼じゃない」
「みうは行くのか行かないのかをハッキリしてほしいと思うんだが、無視って最悪だろ」
このままネチネチと指摘して切れて「分かったわよ、やってやるわよ!」となるのを望む。
別に奈緒からだったら嫌われてもいい、みうからのそれは耐えられないが。
「……今更ふたりきりになっても空気が悪くなるだけかなって思ったのよ」
「だったらそれを言ってやれよ、なんの事情説明もなしに無視って――」
「分かってるわよ! でも……みうも悪いのよ、話しかけると必ず去ろうとするんだもの」
「お前は子どもか! 大人らしく対応してやれよ馬鹿!」
……少し調子に乗りすぎたか。
泣かせても嫌だし、ここら辺で止めておこうと思っていたのだが、
「なによっ、勝手なことばっかり言って!」
「俺は正しいことしか言ってねえぞ! 原因はやっぱりお前じゃねえか!」
と、言われて結局言い返してしまった。
自分が原因なことくらい本人が分かっているだろう。
「……怒鳴って悪かった」
「本当よっ、こんなところに呼び出して結局自分がスッキリしたかっただけじゃない!」
「……だな、悪い」
どうすれば信じられるようになるか、そんなの諦めずに一緒にいてやるしかない。
仲良くすると決めたのなら最後まで、それができないならもういてやるべきじゃない。
「ああもう……明日も仕事なのに」
「もう今日だけどな」
「送ってよっ」
「当たり前だろ」
暇だったから呼び出したものの、これなら電話のままでも良かったか。
「悪いな」
「……もういいわよ」
「みうのことどうするんだ?」
「諦めないわよ、土下座をしてでも仲良くなってみせるわ」
「教師がか?」
それはなんともまあ大胆な行動だ。
周りの生徒は驚くだろうな、教室とかでやりそうだもんなこいつ。
男の俺より行動力があるため、正直に言ってみうのことを見てやってほしいと思う。
「いいじゃない、だってみうは可愛いんだもの」
「それってどういう意味でだ? 女としてか?」
「え? それ以外にあるの?」
「いや、そういう意味で好きなのか?」
「好きよ」
まさか断言されるとは。
教師と生徒だからという理由で断ったこいつはどこの誰なのか。
「そもそもね、あの子が言ってた子のこと覚えてる?」
「ああ、救ってくれたってやつな」
「あれあたしだから、あの子が話に出すまで忘れてたけどすぐに思い出したわ。そういえば外で泣いていた子にそんなことを言ったなって」
「ま、知ってるけどな。だったらネタバラシしてやれよ」
そうすればみうだって元気になる。
あの人のため、あの人のためにって行動していたやつだ、奈緒だって分かったらさぞ驚くだろうな。
「……それもいいかもしれないわね、信じないだろうけど」
「いい方法があるぞ、あの時のカラコンを入れればいい」
「あの子は小学3年生だったのよ? 顔も覚えていないみたいだし無理でしょ」
「写真があるんだわお前の」
「えっ、嘘やだ消して!」
「今回のが終わったらな」
こうなったらさっさと送って家に帰らなければ。
今日学校で言えよと再三言っておいて走り帰る。
「みう!」
「……もう……なに……?」
「ちょっとこれ見てくれないか?」
スマホを渡すと超至近距離でそれを見つめる妹。
目が悪くなったらいけないので電気を点けて妹の側に座った。
「それ、誰だと思う?」
「あ、あのさ……これって私を救ってくれた人? え、なんで……?」
「ま、俺の同級生だったわけだ」
「嘘っ!? って、嘘でしょどうせ……」
おっと、もう情報源がしっかりしていない話は全部疑いから入るようだ。
それでも目が離せてない、顔にはそうであってほしいと書いてある気がする。
「話し方がよく似ているやつを思い出せ」
「え……それって……もしかして菜乃さん?」
「だな」
「えぇ!?」
「みう、一応夜中だからな」
「あぅ……ごめんなさい」
菜乃=奈緒のことは黙っておこう。
にしてもあいつ本当に化粧しすぎだという話。
前にみうが言っていたが、化粧なしでも十分魅力的なんだけどな。
ま、今日行けば本人からネタバラシしてくれるだろう。
ぼうっとしたまま学校に行く羽目になった。
衝撃の事実を前に悠長に寝ることなど不可能だったのだ。
その前に兄から「明日の朝空き教室に行け」と言われていたので、ドキドキソワソワがやばかった。
「おはよう」
「お、おはようございます……ぅう!?」
現れたのは奈緒先生ではなく菜乃さんだった。
でももう分かっている、この人は紛れもなく、
「ふふ、これがあたしの完全体――寿々花奈緒! 教師をやっています! おぇ……敬語キャラとか疲れるのよね、似合ってる? 気持ち悪くない?」
そう、奈緒先生その人。
「気づいてくれるかと思ったんだけどね。ほら、昔のアルバム見せてあげる」
「こ、これ……ということは私がずっと探していた人って――」
「そ、あたし。ごめんね、こんな人間で」
いや違う。
正直に言って涙が出そうだ。
だってお礼を言うためにずっと探していた。
子どもながらに似顔絵とか書いて「この人知りませんか!」ってずっと。
大人になるにつれて無駄、詰みだと考えてしまって手や足が止まっていたけれど。
「あの時はありがとうございました!」
「ん? ああ、別にいいんだよ。だから言ったでしょ? そればかりに意識を割いてほしくないって」
「あの……ちょっと向こう向いていてください……涙が……」
「いいじゃない、泣きたければ泣けば」
いやだって相手が奈緒先生だから恥ずかしいじゃん。
さっきからどこかスッキリしたような感じでこっちを見ているし、目のやり場に困るんだよ。
涙をボロボロ流している生徒と向き合ってそれって、どういうことだ……。
「あの……抱きついてもいいですか」
「あー、まあみんなが来る前にやめてくれれば」
静かに抱きつく。
涙で濡らしてしまわないよう慎重に。
こんなことって実際にあるんだ、しかも信じられないとか考えていた自分はどこかに行っている。
「ゆう、土曜日に泊まりに来なよ」
「え……で、でも、先生と生徒じゃ……」
「じゃあ大吉も連れてきて、友達と遊ぶ約束をしていたらその妹も来たって展開にしましょう」
「……なんで急になんですか?」
返事すらくれなかったのに。
「あたしがあんたと仲良くなりたいから。ちなみに断ったら教室で土下座してお願いするからね」
「そ、そんなことしたらっ」
「クビになるかもね。でもあんたと仲良くなれるのならクビになったっていいわよ別に」
「も、もう……なんなんですか」
「急じゃないわよ? 絶対に守るって約束したじゃない、あんたが守ってくれたなら大人のあたしが守らなくてどうすんだって話でしょ」
確かにそうだ。
大人が破ってはいけないと思う。
だから奈緒先生もこれからは直していこうとしているのかな?
「……なら信じますからね? 約束を破ったら一緒にお風呂に入ってもらいますから」
「いいわよ、じゃあ土曜日にね」
「い、いえ、それは破った場合の罰……」
「あたしにとっては罰じゃないからね。寧ろご褒美、へへっ」
……急に変わりすぎて怖いけど間違いなくあの人は奈緒先生だ。
「あ、あれ……?」
「ん?」
「胸がドキドキします」
「……それってこうするともっとじゃない?」
「――っ!? な、なんで抱きしめるんですか!」
……奈緒先生が言うようにもっと激しくなっていく心臓の鼓動。
下手をしたら動きすぎていつか止まってしまうんじゃないかとすら本気で思った。
いやまあ生きていたら必ず終わりはくるんだけど……いまはそういうのじゃない。
「ふっ、その慌てよう正解だったようね。でもまあ……土曜日まで楽しみにしているわ、あたしはいまから化粧してくる!」
「もうっ」
別にお化粧なんていらないのに。
あ、でもその下の顔を私だけが見られると思えば悪くないかと割り切ったのだった。




