05
「やっほー」
「こんにちは……あれ、そちらの方は?」
「三貴だよ」
「よう、久しぶりだな三貴」
「大吉くんっ、久しぶり!」
せっかく土曜日の夜から会えるということになったのにこうして4人での形となった。
私以外はみんな同級生であり、お酒を飲むことでより仲良く楽しめるのだからズルい。
私は約束を待っているのに菜乃さんは全くしてくれていない、それともこれで仲良くしているの?
みんなは盛り上がっているけど私としては面白くない。
「みう、ちょっと席変わってくれ」
「うん」
私は奥に押しやられ、その横に兄、菜乃さん、正面に三貴さんという構図。
目的は菜乃さんと仲良くすることなのにある意味1番遠い場所となっている。
仕方なくオレンジジュースを飲んでいたが、兄達はこちらを気にかけることはなく。
なにこれ……土曜日の夜に出てきて空気って。いや、空気の方がまだ役立っているよねって話。
「こんなのつまんない……」
「あ、ごめんねみうちゃん、私達ばっかり盛り上がっちゃって」
「いえ、もう3人でゆっくりしていってください。お金はここに置いておきますので」
今回は単品注文だしこういう支払い方ができて良かった。
さすがにお金を払わずに出ていくなんてできない。
はあ……こんなことなら来ない方が良かった、帰って冷しゃぶでも食べよう。
「あんた帰んの?」
「はい」
「そ、じゃあね」
「はい」
それだけ……まあいいけど。
走って家に帰って、ごはんを食べさせてもらった。
「ああ……最初からこうしてれば良かった」
ごはんを食べたらお風呂に入って、とにかく愚痴っていく。
その内に兄も帰ってきたらしく、話し声が聞こえていたのだが、
「みう、いきなり帰ることはないだろ?」
「お腹空いてたの、というか私がいる意味なかったし」
「だからってなあ……」
なんで今日はそもそも兄や三貴さんまで連れてきていたのかって話。
その気がないなら言わなければいい、こっちだけ約束を守って馬鹿みたい。
「というか大吉くん、寿々花先生とも友達だったんじゃん」
「だからそう言っただろ、菜乃は別人だけどな」
よく分からなさについては菜乃さんも奈緒先生も一緒。
片方は無駄に近づいて来て、片方は離れていく――と言えるほど仲良くないけれども、事前の話とは全く真逆の結果になっているということだ。
「あともう行かないから」
「は? 菜乃と仲良くしたいんじゃなかったのかよ?」
「どうせほとんど日曜日しか会えないし、向こうにとってはどうでもいいんだよそんなこと」
無闇に人を信じるなと教えられているような気がした。
兄はそれ以上は特に言わず出ていった。
あれからもなにかをお手伝いしてから帰るということを習慣づけていた。
別に家に帰りたくないというわけではないが、暇な時間を過ごすよりはいいと思っているからだ。
今日はなぜか紙を真っ黒に塗りつぶす作業をしていた。
「マジックペンの匂いって独特だよな」
「ねえ、これをなにに使うの?」
「これに蛍光ペンで塗ってさ、星空みたいにしようと思うんだよな」
「おぉ、それは綺麗だろうね」
でも、なんか男の子なのに可愛い。
妹さんとかがいて誕生日プレゼントとかそういうのかな?
「妹が夜ひとりで怖いって言うからさ、天井にでも貼ってやればいいかなって……まあ、それを手伝ってもらうのはおかしいかもしれないが」
「そういうことならいいよ、妹さんが喜んでくれるといいね」
「おう、ありがとな」
頼んでくるのがほとんど奏音さんと佑磨くんだからまだ幸いだ。
他の子だとまだまだ長時間一緒にいるのはぎこちなくなってしまうので、こちらは気が楽と言える。
「あはは、だったら佑磨くんが一緒に寝てあげればいいんじゃないの?」
「実は喧嘩中なんだよ……だからこれをやって少しでもって……『いらない!』って言われるかもしれないけどな」
「いまから行ってもいい?」
「は? 妹に会いたいのか?」
「うん、ちょっと気になっちゃって」
「んーまあいいか、それじゃあいまから」
学校から出てしばらく歩いていると、「あ、妹だ」と小さく彼が呟いた。
後ろから見ただけだと髪が短くてバレー部とかに所属してそうな雰囲気だが果たして。
というかあの子中学生だよ? ひとりで怖いって言うより、そういう口実を作って佑磨くんといたいだけなんじゃ……。
「絵梨香!」
「あ、お兄ちゃ――ふんっ、なにしに来たの」
あはは、これは明らかに作った態度。
いま思い切りお兄ちゃんと呼ぼうとしていたし、ツンツンしていて可愛い。
「ちょっと、なにニヤニヤしてんの」
「あ、私は佑磨くんの友達で詩奏音みうです」
「はあ? 兄貴にこんな可愛い友達がいるわけないでしょ」
「可愛いは大袈裟だけど信じてあげて……」
寧ろ私に異性の友達がいる方がおかしいよ。
うーん、だけどやっぱり悪い子ではないみたい。
できればこの嘘くさいツンツンな態度を直してほしいところだけど……。
「ねえ」
「ん?」
「お兄ちゃんと仲直りしよ?」
「だって……約束を破ったんだもん」
「約束?」
佑磨くんにはとりあえず先に言ってもらう。
こちらはゆっくりと歩きながら聞いてみることにした。
「先週の土曜日に一緒に出かけてくれるって言ってたのに……ずっと寝てて守ってくれなかった」
「分かるよ、約束を守ってもらえないのって嫌だよね」
「そう! なんか自分だけ期待してて馬鹿みたい、みたいな」
「そうそう、本当にね」
佑磨くんは妹さんが大事で、妹さんはお兄ちゃんが大事。
いい関係だ、私と大吉くんもそうであれていればいいんだけど。
「だったらさ、もう1回頼んでみよ?」
「……でも、勘違いされたら嫌だし」
「勘違い?」
「私、友達にブラコンだって言われているんです。兄妹で仲良くすることくらい普通だと思っているんですけど中学生にもなって兄にベッタリはおかしいって」
兄と仲良くしたくらいでブラコン扱いだと?
「そんなことないよ、私なんて社会人の兄と仲良くしているよ? 一緒に出かけるのだって当然だし、そもそも他人からの意見なんてどうでもいいよ」
もしそうなら私なんてどうなるんだって話だ。
ふたりきりでの行動なんてたくさんしている、彼女のそれが霞んでしまうくらいには。
「……あの、一緒に言ってくれませんか?」
「佑磨くーん!」
「おー?」
前を歩いていた彼を呼んで、やって来てくれた彼の横に私も並ぶ。
「どうした?」
「……今度はちゃんと出かけて!」
「あ、そういえばそうだったよな……分かった、今度は絶対守る」
「うん……今度忘れたらみうさんもらうから!」
「はははっ、俺と詩奏音はそういう関係じゃねえよ」
そう、私と佑磨くんはあくまで友達。
別に彼女が不安になるような距離感ではない。
だからこそ安心してふたりきりにもなれるわけだ。
とりあえずふたりは仲良さそうに歩いていった。
「みう」
「あれ、大吉くん」
「い、いまの男は……そういう関係か?」
「違うよ、クラスメイトで友達の子」
傍から見たらそういう風に見えるのだろうか。
男の子とふたりきりがおかしい? そんなこと言ったらみんながおかしくなるよね?
「そういえば大吉くんはモテたって聞いたけど、誰か好きな人とかいたの?」
「いや、飯にしか興味なかった。いまもいないぞ」
「奈緒先生は?」
「だからねえって、あいつはマジで女子が好きなんだ」
理解してもらえなかったと言っていたけど、奈緒先生は誰かを好きでいたのかなって……先生も女の子だしそれくらいはいるか。
「へえ、じゃあ菜乃さんと気が合いそうだね」
「合うだろうな」
でも、日曜日は用事があるって断られてしまう。
菜乃さんと会わせることはほとんど不可能、それって凄くもったいないような気がした。
せっかく同性が好きだと言う人が身近にいるのに……どちらも社会人だから難しいなあ。
「お前さ、菜乃と仲良くするって言ったんだからちゃんといてやれよ」
「菜乃さんは約束守らないもん」
「約束通り会っているだろ? 社会人は予定を合わせるだけでも大変なんだぞ?」
「そりゃそうだけど……なんで大吉くんや三貴さんを連れてきたのか分からない」
「俺らも全然会えないからだよ、友達と会いたいと思うのはおかしくないだろ?」
だったら友達ではない私抜きで会えばいいと思う。
たまにしか会えないならそちらを優先する日を作ればいい。
そう、ふたりきりでいたいと考えつつも、楽しんでもらいたいという思いもあるから困るのだ。
「やっぱり菜乃さんは大吉くんが好きなんじゃない?」
「それはない、っつか何回も言わせるな。あのふたりなら三貴の方が好きだぞ、可愛気あるしな」
「三貴さんも美人って感じがしたけど」
「いや、あいつは可愛い系だぞ、一緒に過ごしていないから分からないだろうけどな」
そんなこと言ったら菜乃さんも甘えてくれたりして可愛いけど。
それでもいま1番可愛いと思っているのは佑磨くんだ、花壇の整備をしたり妹さんのために行動したりと大変素晴らしい。大吉くんは……自分達が妹を放って楽しんでいたくせに帰ったら文句を言うから可愛くない。
「つまりみうは菜乃が相手してくれなくて拗ねてるってことだろ?」
「そうだよっ、せっかく土曜日の夜に会えたのにあれってある!?」
「落ち着け」
「だからもう期待しない、信じた私が馬鹿だった」
奈緒先生と上手くいかないなら菜乃さんを求める。
菜乃さんと上手くいかないなら奈緒先生を求める。
たったそれだけの話、望み薄なことをいつまでも追い求める人間ではない。
あの人のことは残念だけど、感謝だけは忘れないままでいようと決めていた。
「待てよ、お前らはそもそも出会ったばっかりだろ? たったそれだけでその評価はないだろ。会社の社長だってもうちょっとくらい温情だろうよ」
「だって絶対に守るって言ったのに……」
「仲良くするってことだろ? 忙しくても会いに来てくれてんじゃねえか」
「……じゃあ、まだ会ってみる」
「おう、そうすりゃ菜乃も喜ぶだろ」
それはどうだか……。
私と会えて嬉しいなんて言われても信じられないけど。
「はあ……そんな顔すんなよ、好きな飯作ってやるから」
「じゃあハンバーグ」
「い、いまからか?」
「大吉くんも言ったこと守らないんだ」
「そ、そうは言ってないだろ、いまからスーパーに行くから手伝え」
「はーい」
働かざる者食うべからずだからね、お母さんに怒られるから手伝っておく。
「あ、大吉さん」
「奈緒じゃねえか、意外と早い時間から買い物してんだな」
「はい、今日は早めに帰らせてもらったんです」
嘘……さすがにこういう遭遇は恥ずかしい。
兄と一緒にお買い物をしているというだけなのになんだこの気恥ずかしさは。
「っておい、なに隠れてんだ」
「たまたま大吉くんが前にいただけだよ。お菓子見てくる」
「はあ……分かったよ」
一緒に行動なんでできるわけがない。
絵梨香ちゃんもこういうことを気にしていたんだろう。
別に兄といるのはおかしくないと考えつつ、傍からはどう思われているんだろうと不安になってしまうみたいな。
「やっぱりきのこだよ」
「え、私はたけのこ派ですよ」
まさかこんな身近なところにライバルがいたなんて――なんでこの人隣でお菓子選んでいるの?
「あ、あの……なぜ兄と行動していないのですか?」
「お菓子選んだら駄目ですか?」
「質問に質問で返すなと教わったはずですが」
「お菓子選んでいたら駄目なんですか?」
学校の時より本気の目をしている。
大人にとってもお菓子というのは必要不可欠な物だということか。
それなら邪魔するのは申し訳ない、今日のお肉を見に行くとしよう。
「安いからこれかな」
「こちらの方がいいと思います。グラムをきちんと見てください」
「それは主婦視点での意見ですか」
「私は結婚していませんけどね。ひとり暮らしで培った経験から発言しているだけです」
ええい、どうすればこのひとを撒けるのか。
それでもアドバイス通りのお肉を持って大吉くんのところに逃げ込んだ。
「はいっ」
「おう……って、なにやってんだお前ら」
「だ、だってなんか付いてくるんだもん……」
スーパーってこんなに疲れる場所だった?
いつの間にかそういう場所になっていたと言うならば、適応していかなければならないが。
「奈緒、やめてやれ」
「そ、それはこの子が逃げるからですっ」
「子どもか、鬼ごっこをする場所じゃねえぞここは」
「すみません……大吉さんのシスコン」
「聞こえてるからな? みうは悪いことしてないだろうが」
そうだよ、私は平和に過ごしたいだけだった。
お菓子やお肉を選んで帰って兄にハンバーグを作ってもらいたいだけだった。
なのに奈緒先生――さんが行く手を阻んだ。
私のハンバーグタイムを阻むことは誰であっても許せない、許されることではない。
「でも逃げる必要はないと思いませんか?」
「無言で近づいて急に話しかけるな、みうは独り言を言うな」
「そうしないと逃げるじゃないですか」
「話しかけてからふたりで移動しろ、会計を済まして先に帰っているからな」
「「え」」
わざわざふたりきりにしてくれたって意味ないよ。
学校に行けばいくらでもそういう機会はあるし、奈緒さんはそうしてくるよ。
あといまふたりきりになりたいのは菜乃さんであって、奈緒さんじゃないよ。
漢字一緒で紛らわしいな……あと似たような響きしているし本当にお似合いだよ。
――なんてゴチャゴチャ考えていたら「それじゃあ一緒に回りましょうか」と奈緒さんは行動開始。
「今日は早いんですね」
「はい、家に帰って早く炊き込みご飯を食べたくて」
「炊き込みご飯? ……それのために早めの帰宅を?」
「い、いいじゃないですかっ、やることはやっているんですから!」
「お、落ち着いてください……奈緒さんって外では子どもっぽいですよね」
「え……」
しまった、本当にすぐに余計なことまで口にしてしまう性格直した方がいい。
兄と同じで美味しいごはんを前にすると止まらなくなるのか、私もハンバーグには目がないから気持ちは大変分かるが。
「美味しいごはんを早く食べたいという気持ち、よく分かります! なのでここで失礼します!」
「待ってくださいっ、私のお家に寄ってくれませんか? ちょっと持って帰ってください」
「そんなことできませんよ」
「いまならいくらもお付けしますよ」
「いくら!? もしかしてあの鮭の子ども……?」
「そうですっ、来てくれれば丸ごと贈呈します!」
そ、そんな……先生の家に行くなんて駄目なのに……なのに、なのに!
「行きます、行かせてくださいっ」
「はい! おまかせください!」
「あの……大声を出されると他のお客様にご迷惑が……」
「「あ……すみませんでした……」」
ま、まあ、兄だっていくらが食べられるのなら喜ぶだろう。
その後にハンバーグを食べられるなんて……今日は最高の日だ。
「行きましょうか」
「はい」
そうしてあっさり欲に負けた私は、初めて奈緒さんの家に行くことになった。




