03
「あのっ」
「ん? おぉ、みうみうじゃん」
「えっと……名前ってなんでしたっけ?」
「え゛……ふふふ、奏音だよーん」
いや、これは必要なことだった。
申し訳ないことをしているのは分かっている、けれど名前くらいは知っていないとさすがにね。
「私は詩奏音みう、よろしくっ」
「お、おー……おう? うん、よろしくねみうちゃん」
菜乃さんと約束したんだ、これからは変えるって。
だから奏音さんを始めとして、他の子とも普通に話せるようになりたい。
あくまで友達らしく、放課後に遊びに行ったりとかそうやって高校生らしく。
「おはようございます」
お、寿々花先生が教室にやって来た。
人気のため、既に登校してきていた生徒が群がる。
それを一歩後ろで観察し、勢いがなくなったところで自分も近づいた。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
あれ、会話終了。
変に意気込むと逆になにを言っていいのかが分からなくなるんだなと学ぶ。
「珍しいですね、ポニーテールなんて」
「あ、はい、知り合いの方の真似を。そうすれば少しくらいは自信がつくのかなって」
「いいと思いますよ、いいことならどんどんと真似をすれば」
憧れの人である寿々花先生がしていたからというのもあるけれど。
「あの、大丈夫でしたか? この前は寝てしまっていたようですけど」
「あ……すみません、教師なのに……」
「いえ、疲れているでしょうし、風邪を引かないようにってせめてかけておいたんですけど」
ちなみにあれは普通に翌日机の上に畳んで置いてあった。
お礼を言われたかったわけではないから、とにかく風邪を引いてなくて良かったと思う。
「なになに? なんの話ー?」
「進路希望の紙を最後まで出すの送れてて、ゆっくり待ってくれたんだよ寿々花先生が」
「おぉ、さすが奈緒ちゃん!」
「こらっ、駄目だよ名前呼びなんて」
「え、みんな呼んでるよ? それに奈緒ちゃんそれで怒ったことないし」
な、なんだと……? 私だけが知らなかった情報だと言うのか? もう2学期だぞ?
なのに私はなにをやっていたと言うんだ……結局あの人だって全然見つかってないし。
それになんかずるい……私だけその権利がないみたいじゃないか。
「な、奈緒……先生」
「はい、どうしましたか?」
「すみませんしたっ、私にはできないことです……失礼します」
大人を名前呼びなんて偉そうがすぎる。
同級生の子達にだってそんなこと全然できないのに。
単純に寿々花先生は怒ることが苦手だけなんだろう。
菜乃さんみたいにきっと家に帰ったら「生徒に舐められてるぅ、ぐやじぃ!」って暴れているはずだ。
「遠慮しなくてもいいんじゃないの?」
「……奏音ちゃん達と違うから、私に名前で呼ばれたら嫌がるよ」
「私は嫌じゃないよ?」
「それは名字を知らないからで……」
「ならこの先も言わなーい、ずっと奏音って呼んでね」
いやまあ本人が望むならそうするけれど。
それにしても……年上ってだけでどうしてここまで違う存在だと考えてしまうのか。
菜乃さんに接しているみたいにできないのはなぜか。
菜乃さんには悪いけど憧れていないから? 私の性格がいいわけではないし有り得るかもしれない。
でも……寿々花先生と仲良くなりたい、向こうは知らないけど。
「ね、奏音さん」
「なんだーい?」
「寿々花先生と仲良くなりたい……」
「じゃあ積極的に動くしかないね、見つけたら即話しかけるとか」
それぐらいだったら私にだってできる、はず!
私が他の子と楽しそうに話をしている先生を見ていたら。彼女に「行ってきなさい」と背中を押されてしまった。――が、反射神経の悪い私はそのまま机と机の間に倒れる。すいーっとそのまま。
「あー! ごめんよみうちゃん……」
「ううん……私には床がお似合いだよ」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……こういうのは慣れているか、ら……」
私の前に立っていたのは目当ての人物である寿々花先生だった。
先生に敬語を使わないで話すなんて最低だ。
評価が下がる、そうでなくても地についているというのに。
慌てて謝って大人しく席に縮こまった。
「ごめん」
「ううん、悪いのは私だから」
終わった……なにかをする前に……。
「困ったなあ……」
「あの、どうしたの?」
横の席の子が文字通り困っているようだった。
敬語はやめると決めているので、ちょっと同級生らしい反応になったと思う。
「ああうん……今日は早く帰らないといけないんだけど、放課後に掃除しなければならなくて……」
「どこの?」
「教室と廊下かな」
「あ、それなら私がやるよ、困ってるんでしょ?」
「ほんと!? ありがと詩奏音さん!」
えへへ、それくらいならいくらでもやる。
どうせ家に帰っても大吉くんはいないし母に「まだ友達いないの?」って小言を言われるだろうから。
ただ代わりに掃除をするだけなのにやたらとソワソワした気分で時間を過ごすことになった。
「えっと、それじゃあよろしくね!」
「うん、任せて」
――とはいえ、あからさまに掃除をしているというところを見られたくない。
だからみんなが出ていくまで待ってからひとりゆっくりやることにした。
結果、4時45分くらいまでには私以外の子は出ていき、場が整う。
「掃除ー、掃除をするのだー」
こんなことだって平気でできちゃう。
少なくともあの子が悪く言われてしまうなんてことにはならないよう丁寧に。
「まだ残っていたんですね」
「うひゃあ!?」
「む、なんでそんなに驚くんですか。というか、もう19時越えてますよ」
「あ、本当だ……」
教室を終えたから廊下もってやっていたらこんな時間。
よく見たら外はもう暗い、全然気づいてなかったけど……。
「代わりにやってあげるのは素晴らしいことだと思いますけど、こんなに長時間やらなくてもいいんじゃないですか」
「引き受けたのに結果としてその子が悪く言われたら嫌なので、別に急いでやりたいこととかはありませんでしたからね」
意識してこれだけやらなければならないなんてしていたわけではない。
集中しすぎていて時間への意識がどこかへいってしまっていただけだ。
もう時間が時間だし、寿々花先生は見回りとかそういうのなんだだろう。
「すみません、もう帰ります」
「ひとりで大丈夫ですか?」
「当たり前じゃないですか、高校2年生なんですから」
仮にここで怖いから一緒に帰ってって言っても無駄だから言わない。
先生がそんなことできるわけがないんだ、みんなにとっての先生でなければならないのだから。
「今日はごめんなさい、名前で呼んだりしてしまって」
「別に構いませんよ、どうせみんな呼んでいますから」
「困っていますか?」
「そこまでではないですけど、舐められているのかなって少し気になる時はありますね。でも、名前や名字を呼び捨てにされて馬鹿にされているわけではありませんから大丈夫ですよ」
じゃあとやかく言うことじゃないな。
まあ仮に先生が嫌な気持ちを抱えていたところでなにもできないけど。
あ、教室の前でやめた方がいいと思いますと言うくらいならできるか。
「あの、綺麗にできていますか?」
「ありがとうございます」
え、いや……お礼じゃなくて綺麗かどうかを教えてほしかったんですが……。
いや、帰ろう、さすがにこれ以上は母に怒られるし、先生にとっても迷惑だから。
「ふぅ、こんな時間に帰るの初めてだな……」
ちょっと……ではなくかなり怖い。
ひとりで夜道を歩くという行為を全然したことがないから。
「詩奏音さ――」
「ひゃわあ!? あ……ど、どうも、また会いましたね」
でもここ、もう学校敷地外なんだけど。
やらなければならないお仕事とかないのかな。
19時になったら帰れるとか? 忙しくなければ可能なのかもしれない。
「心配なのでお家の近くまで送っていきますよ」
「あの、いいんですか?」
「大丈夫ですよ? もう帰るところでしたから」
先生とふたりで帰るなんていいのかな……。
別にそういうことをしてほしくて残っていたわけではないんだけど。
「最近、変わりましたね」
「はい……色々な方に力を貰ってなんとか」
「敬語を使っていないところを見た時、驚きました。あとは体育の時間とか」
「昔、よくドジって言われたので鍛えたんです。だからある程度は動けるようになりました」
せめて足を引っ張るのをやめたいと努力していたら人並みにできるようになっていた。
それどころか足の速さも女子の中では結構上の方という、意外な能力も眠っていたのだ。
「私、寿々花先生と仲良くなりたいです」
「え」
「あなたは私の憧れの人なんです。だから仲良くなりたいと言うより近づきたい、側にいたいと言う方が正しいかもしれません」
1対1になると自分でも驚くくらい冷静に思っていることを吐露することができる。
一応言っておかないと気持ち悪いと思われても嫌だからこうした形に。
これで駄目だと言われたのなら、まあもうしょうがないことだと割り切ろう。
「寿々花先生が迷惑と思わないのであればこちらで勝手にやらせてもらいます。見かけたら話しかけたり、お手伝いしたり、ちょっとゆっくりお話ししたり、友達みたいな感じで……いたいなと」
「……気持ちはありがたいですけど、私は教師であなたは生徒ですからね」
「ははは……そうですか、何度もすみませんでした。ここまででいいです、ありがとうございました」
そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだけどなあ……。
1度として恋はしたことはないけど、告白して振られた人ってこういう気持ちなのかな。
……まあいい、自分の要求が受け入れられないことなんて初めてじゃないんだから。
「ただいま」
「遅いわよ!」
「ごめん……放課後に掃除してたら集中しすぎて」
「はあ……どうする? ごはん先に食べる?」
「うんっ、食べる!」
ちゃんと手を洗って、出ていく前に自分の顔を見た。
顔もあんまり良くなければ性格も良くないんじゃ受け入れられなくて当然だろう。
「どうでもいいっ……あの人にお礼が言えればそれ以外は」
「なにブツブツ言ってたんだよ」
「お風呂入ってたの? 今日もお疲れ様」
「ああ、疲れたからもう寝るけどな」
「おやすみ!」
さてと、私もごはんを食べてお風呂入って早く寝よう。
「詩奏音さん、昨日はありがとう!」
「気にしないで、暇だったから」
「いやいや、なにかしてほしいこととかないかな?」
「えっと……特にないかな、そういうのをしてほしくてしたわけじゃないから」
お礼を言われることに慣れていない。
もう「あんたがやって当然なの、よ」と言ってくれた方が気が楽だ。
「じゃ、こっちの方で考えておくね!」
「え、いやっ――あ……」
だからそういうことをしてほしくてしたわけではないんだけど!?
「なあ詩奏音、お前今日って暇か?」
「うん、いつでも暇だけど」
「だったらさ、放課後に花壇の整備、手伝ってくれないか?」
「いいよ。あ、お礼とかをしてほしくてするわけじゃないからね?」
「ま、とにかく頼むわ」
ふむ、あれだけ大きな男の子なのに花壇の整備って可愛いな。
そして放課後、なかなか人が来ない敷地内の端っこで彼と向き合っていた。
大きいので大くんと呼ばせてもらうことにしよう。
「よ、軍手つけろよ?」
「うん。えっと……雑草を抜けばいいのかな?」
「おう、沢山あるから端っこからゆっくり頼むわ」
「はーい」
楽しい、根っこからズボッと取れると次、次へと手を動かしてしまう。
たまに難敵と遭遇して引っ張りすぎて尻もちをついたりする。
確かにこれはひとりでは時間のかかることだが、ふたりでやればなんてことはない。
「っと、早いな」
「大くんもね!」
「だい君?」
「あっ……名前を知らないから背の大きさから判断して……」
「おいおい……まあいいか、俺の名前は佑磨だ」
……うぅ、なぜ内側で考えていることを口にだしてしまうのか。
「後はどうすればいいかな?」
「いや、後は俺がやるからいい。サンキュな」
「そういえばなんでここを佑磨くんが?」
「花壇じゃなくてこれじゃ雑草用の土地みたいだろ? 気になったからさ」
委員会とかそういうのではないらしい。
だけど楽しかった、意外とやるとハマる。
「なにしてほしい?」
「え? だからそういうのはいいって。楽しかったし」
「いやそうもいかないだろ」
「いいってっ、それじゃあね!」
かばんを持って走り始めたらちょうどそこに寿々花先生が来ているところだった。
挨拶をしてすれ違おうとしたら「詩奏音さん」と呼び止められてしまう。
「なんですか?」
「お疲れ様でした」
「いえ、そういうことのためにしているわけではないですから。自分のためですよ全部、いちいちお礼を言われる理由が分からないです。あ、すみません、なんか棘のある言い方になって。失礼します」
自分が退屈しないために、自分が周囲に溶け込めるように利用しているようなもの。
それに先生からお疲れ様と言われるのが1番よく分からない。
「あ、みうみうまだいた!」
「あ、奏音さん」
「あのさ、バレーの球拾いに付き合ってくれない? サーブ練習したくて」
「いいよ」
体育館へ移動。
どうやら今日はお休みらしくて、体育館内には私と彼女しかいなかった。
だったら自信満々に行動できる、ただ取るだけではなくレシーブをしてみたりと挑戦。
「おぉ、上手!」
「足を引っ張りたくないからね」
頼られたのなら最大限に。
中途半端にしかできないのなら、受け入れるべきなんかではない。
「とりゃあ!」
「速いね」
「んー、でもやらせてくれないからね」
制約があるみたいだな、もしかしたら本番より体育の時間にやるようなレベルの方が楽しいのかも。
「カモーン!」
「え?」
「みうちゃんも打ってみなよ」
「うん……えっと、こう!」
「おぉ!」
なんか楽しいな、部活動をやるなんてこれまでしてこなかったから。
「こんちはー」
「こんにちは」
「あ、桜と心!」
あれ、どうやら同じ部活仲間が来てくれたみたい。
だったら私がいる意味ないよな、邪魔したくないし会話している内に静かに帰ろう。
「ふぅ、楽しかった」
人といると色々な体験ができて楽しいな。
ひとりぼっちだったら学校へ行って、ひとりで行動して、ひとりで帰るだけだったから。
「お、まだいたのか詩奏音」
「あれ、佑磨くんもいたんだ」
「ちょっと来てみ」
付いていくと先程と違ってふかふかになった花壇が。
「おぉ、凄い!」
「お前が草むしりを手伝ってくれたからだ、ありがとな」
「……もうやめてよ、お礼を言われたくてやっているわけじゃないんだから。でももう帰るね、お疲れ様でした」
気になったからって雑草を抜いたり土を綺麗にしたりする方が格好いいよ。
私のは違うんだから同じような扱いはしないでほしかった。




