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02

 月曜日。

 教室に行く前に職員室へと寄ったら、珍しく髪を結ってる寿々花先生がいた。


「おはようございます」

「お、おはようございます」


 え、なんか金曜日までの自分が乗り移ったみたい。

 どこかぎこちないので思っていることを口にしておくことに。


「その髪型、似合っていますね」

「は、はい!? な、なんで急にそんな……これはただこうした方が少し涼しいだけですよ」

「あの……やっぱり嫌いになってしまいましたか? 私が言うこと聞いていなかったせいで……」

「ふぅ……そんなことはないですよ、あなたも私が受け持つクラスの可愛い生徒ですから」

「えへへ……良かったです、朝からすみませんでした、失礼します」


 出てから気づいた。

 あれ、私はなんのために寿々花先生に行ったのかということに。

 進路のことを相談するでもなく、なぜか髪型を褒めるだけ。

 先生が1番困惑しているだろうな、なにをしに来たんだろうって。


「詩奏音さんおはよっ」

「あ、おはようございます」


 にしても……寿々花先生といると当たり前のように笑みが零れる。

 謝っているのに笑っているってどういうことだろうという話だが。


「そういえば今日体育があるよね、詩奏音さんはバレーできる?」

「多分……レシーブくらいだったらできます」


 トスは無理、どうやったらあんな綺麗に飛ばせるのか分からない。

 しっかりと手の形を真似したところでぽしゃっと変な音がしてボールが落ちるだけ。

 ――でも、


「詩奏音さんっ」

「はいっ」


 別に上からやる必要はない、レシーブでも上手く上げれば、


「どやっしゃあ! よしっ」


 アタックを綺麗に決めることができる。


「詩奏音さんナイス!」

「最近は声も大きいし、こんなに運動できるとは思っていなかったよ!」

「えへへ、ありがとうございます」


 そう、目立つのだけがいいというわけではない。

 支えられているなんて言うつもりはないが、こういう役の人間も必要だということだ。

 とはいえ、人数も多いからすぐに休憩に、正直に言ってありがたい。


「いいですね」

「あ、寿々花先生」

「でも……前期はそんなでもなかったような気がしますが」


 担任であり保険体育の先生でもある。

 それは多分、周りの子や菜乃さん、寿々花先生のおかげである。

 ……直接お礼を言うのはなんか気恥ずかしいぞぉ……。


「……寿々花先生がいつも見ていてくれたからです、頑張ろうと思えました」

「そうですか、それなら諦めずに頑張って良かったです」


 こうしてあの人に言えたら……これからのことにしっかり集中できる。

 いまはずっとモヤモヤ引っかかったままで、どうしようもなく落ち着かない。

 地面に足がついているのにふわふわ浮いているみたい、このままは本当に良くない。


「はい、終了です! 片付けをはじめてください!」


 みんなが「えぇ、もう?」と文句を言う。

 寿々花先生は「また次もできますから」と少しだけ楽しそうに言った。

 教室に戻った後は制服に着替えて席に座る。

 さっきの時間は珍しく他の子と自然に仲間らしく会話ができたような気が。


「詩奏音さんお疲れ様」

「あ、お疲れ様です」


 相変わらず名前も知らないこの子が話しかけてくれる。

 でも、「えへへ、名前なんでしたっけ?」なんて聞けるわけがない。


「詩奏音、なんで敬語なんだ? 俺らは同級生だろ?」

「あ、特にないんですよ、自然にしていました」


 本能が同級生の子達よりも下だと判断しているからなのかも。

 別にそれを嫌だとは思わないし、当たり前のことだと考えている。


「ならやめてみたらどうだ? ほら、俺に普通に」

「えっと……こんにちはっ」


 意識すればできないことではなかった。

 要はこの子を兄とかと同じように接すればいいわけだ。


「お、おう、え、それで満足するなよ?」

「えと、今日はいい天気だね!」

「んー、曇りだが」

「……身長が大きいね!」

「あー……もういい、悪かった」


 あれ!? なんか呆れられてしまったみたい。

 代わりにと女の子の方もしてくれたから普通に対応したらなぜか抱きしめられた。


「みうみう可愛い!」

「うん。私も自分の名前、可愛くて好きだよ」

「なはぁ!? おぇ……可愛すぎて吐きそう」


 可愛くて吐くとは一体……。

 さて、どうすれば変な遠慮をしないようになるだろうか。

 もうこうなったら前に移動して、「みんなー! 元気ー?」とアイドルみたいなムーブを。

 いや……そんなことしたらせっかく普通ラインで留まっているところから一気に下降するか……。

 けれど結局すぐに案など出なかった上に――放課後まで残って進路を悩む羽目になった。


「あれ、まだ残っていたんですか?」

「はい……これです」

「ああ……こんなことを言ったら駄目かもしれないですけど、最悪『分からない』でもいいですよ」


 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。

 先生が言うにはかなりハイリスクな言葉な気がする。

 例え考えつかなくても、泣いても、ごねても、無理やり書かせるのが先生では?


「そういうわけにはいきませんよ……でも」

「でも、なんですか?」

「過去に私を救ってくれた人にお礼が言いたくて、そればかり気にしていたらそれ以外が全くどうでも良くなってしまいまして……」


 他人から色々言われることには意外と耐性ができている。

 それこそ小学生の頃からそれが当然のような扱いをしてきた。

 というか、本当にあの人のおかげでなんとかなったから。

 全然気にならない、気になるとすれば近くでギスギスとされることだろうか。


「……その方はそこまでこだわっていないと思いますよ。本当のところは分からないですけれど、自分のことにばかり意識を割いてほしいとは考えていないと思います」

「……分かっているんです、今更言われたって困るということは。だけど……言わなければ前に進めないですから」


 自分にとってはとてつもない影響力。

 しかし他人にはそれが分からない、それは当然のことだろう。

 また紙に向かい合っていると椅子を引く音が。


「ゆっくりで大丈夫ですよ」

「はい、ありがとうございます」


 なんと、付き合ってくれるらしい。

 でもまあ、寿々花先生が側にいてくれても結局出てこないものは出てこないのだが。

 ひとりで悩まなければならないというよりはマシだと考えて頭を悩ませる。


「すぅ……すぅ……」


 あれ、よく見てみたら寝ちゃってるぞ……。

 使用してないジャージの上着があるからかけておいた。

 進路は大学に行くつもりがないから、就職と2択の片方に絞って書き込み先生の前に置いておいく。

 そうだよ、進学か就職かってのを具体的に悩みすぎたんだ。

 たったそれだけのことなのに期限最終日まで悩んで馬鹿みたい。


「よ」

「あれ、大吉くん」

「待ってたんだ、一緒に帰ろうぜ」

「うんっ」


 やはり兄といると落ち着くな。

 あとまた菜乃さんと会いたい、今度こそはもっと普通に仲良く。

 卒業するまでにあの人に出会える可能性は限りなく低いが、菜乃さん達と同年代くらいだろうからヒントはいくらでもあると思いたい。


「あ、今度また奈――菜乃が会いたいってよ」

「そうなの? ちょうど私も会いたいと思っていたんだ」

「今度は飯食いに行きたいって、その時は俺も行くけどいいか?」

「大吉くんに奢ってもらう!」

「はは、いいぞ。なんたって社会人だからな俺は」


 私はとりあえず学生生活を楽しみたい。

 そのためには敬語をやめて周りの子と接するようにできなければならない。

 そっちを優先しながらもあの人を探してお礼を言う。

 それができたらやっと前に進める、頑張れる、楽しめる、立派な人間になる、予定。


「ハンバーグ食べるっ」

「好きだなみうは」

「うん、大好き!」




 約束の日がきた。

 だが、選ばれたのはファミレスなど気軽に食べられる場所ではなく……。


「あれ、どうしたのみう」

「い、いえ……あのなぜこのような少しおしゃれなお店に……」

「んー、まああんたのため?」


 私のためにこんな立派なお店に?

 値段だって2000円オーバーが普通だよ?

 おかしいよ、さすがにこれを出してもらうのは申し訳ない。


「ファミレスくらいで良かったんですけど……」

「大人ならこれくらい普通よ! ……今月は結構キツイけど……」

「俺が出してやるよ、でっかくてうっまいハンバーグを食べさせてやりたくてな」


 ……落ち着かないよぉ、ファミレスのハンバーグで十分だった。

 とりあえず注文を済まして、当然ドリンクバーとかそういうのはないから席に座って待つ。


「あぁ……ビールおいちい……」

「おい、まだ酔うなよ?」

「だいじょうぶぅ……」


 メインの到来。

 あ、確かに大きい、それとなんか美味しそう。

 値段=というわけではないけれど、期待度も増していく。


「いただきます」


 さて、お味の方は…………なにこれ、すっごく美味しい!


「美味しいっ」

「はは、だろ?」

「ビールおいちい……」

「ま、あいつは気にせずゆっくり食べろ」

「大吉くんも飲めばいいのに」

「いや、そいつを運ばなければならないからな」


 やばい、正直に言ってお母さんの作ってくれたものよりも美味しいかも。

 こういうのを1度覚えてしまったら……恐らくそれを求めて動いてしまう。

 あの人にお礼を言いたくてずっと動いているように。


「みう……」

「なんですか?」

「あんた可愛い……ひぐっ、んー……抱きしめたいくらい」

「えへへ、ありがとうございます」


 なんか可愛い。

 お酒にあまり強くないのに飲んですぐに酔っちゃうところとか。

 兄は酔うと真顔になるタイプなので、表情豊かで見ているだけで楽しかった。


「菜乃、お前あんまり信用できない人間といる時は飲むなよ?」

「大丈夫……外では普段あんまり飲まないし……それにふぅ……結構すぐに落ち着く」

「変わってねえな」

「当たり前でしょ、それにみうの前で変なところはあんまり見せられないし」


 ナイフとフォークを置いて菜乃さんを見つめる。

 いっそのことこの人があの人であってくれたならって。

 まあ、兄がきっぱりと違うって断言をしたからそんなことは有りえないが。


「ん?」

「菜乃さんも綺麗だなと」

「褒めてもなにも出ないわよ。つかあんた、誰にでも言ってそうよね」

「思ったことを口にしているだけなので、そうかもしれません」


 今朝も寿々花先生に馬鹿なことを言ってしまった。

 ただ涼しくなるためにした髪型を褒められても困るだろう。


「そういえばその髪型、私の先生も今日していました」

「9月といってもまだ暑いからね、ちょっとでも楽したいんでしょ」

「あの……菜乃さんってお化粧していないですよね?」

「うん、まあ仕事が終わった後は面倒くさいし肌にダメージあるからね」


 ということは化粧をしたらもっと美人さんになると。

 私も化粧とかしたらちょっとくらいは可愛く……なるだろうか。


「っと、食べ終わったのなら帰りましょうか」

「そうだな」

「あ、お小遣いでちょっとずつ払うから」

「別にいい、気にするな」


 あれ、でも別れることにはならないらしい。

 どうやらそのまま私達の家に来るようだ。


「菜乃さん、兄のことを信用してくれているのは嬉しいですが、あまり信用しすぎるのもどうかと……」

「大丈夫、またそっちで飲むだけだから」


 いや、夜遅くに男の子の家に行くのが危ないと思うんだけど。

 真顔になるとはいえ兄だって男の子なんだし万が一ということも……。


「っぷはぁ! うーん、家で飲む方が落ち着くわね!」

「だな」

「って、今度はあんたも飲むのね」

「たりまえだろ、どうせお前は泊まっていくんだろ?」

「ったりまえよ、みうみうを抱いて寝るわ」


 こちらはオレンジジュースを飲んで参加。

 兄がなにかをしないよう監視するためなのと、純粋に混ざりたかったからだ。


「お前、最近どうなんだ? 仕事楽しいか?」

「んー、まあ楽しくないことはないわね。意外なことも知ることができたし」

「意外なこと?」

「まあ、普段消極的な子の意外な姿を見ることができたというか」

「ふーん、まあそういうやつもいるよな」


 私も珍しく足を引っ張らず活動できた。

 体育の時間が終わる頃には『レシーブ職人』って呼ばれていたくらいだし。

 まあそれは妄想なわけだが、バレー部の子に「リベロ行けるんじゃない?」とは言われた。

 もちろんお世辞なのは分かっている、だけどこんなに新鮮な気持ちになれたのは高校生活で初めてで、ちょっと泣きそうになったくらいだ。

 

「それに、自分の望んだことが叶う瞬間って嬉しいわよね」

「それは分かる」

「諦めずにいて良かったって心から思ったわよ」

「ああ。諦めるのは簡単だが、続けたのならそりゃ報われたいもんな」


 望んだことが叶う瞬間、それがいつか私にもくるだろうか。

 そしてその時がきたら本当にお礼を言うだけで満足できるだろうか。

 なんか嬉しすぎて抱きついたりちゅーしてしまったりしそうだ。

 ――だが、名前も知らない、顔も成長したから変わってる、という知っているようで知らないんじゃ意味がないというか……見つかるはずがないと断言したくなるくらいの無慈悲さ。


「あの、なんのお仕事をしているんですか?」

「菜乃はオフィスレディってやつだ」

「おぉ、OLってやつですか!」


 やるとしたら私も似たようなところに入りたい。

 いまやるのは真面目に学校生活を続けること、そうすればいい話が自分のところにくるかもしれない。

 なんでもかんでもそういう小さな可能性に賭けなければならない人生というのは少し微妙だけど……。


「あんたって意外よね、案外おどおどとしていないというか」

「そうですか? もしそうだとしても、それは菜乃さんが話しやすいからだと思います」

「ふぅん、だったら学校でもそのテンションでいけばいいじゃない」

「はい、これから変えていこうと思っています」


 別になにも恥ずかしいことじゃない。

 騒いだりして迷惑をかけていないのであれば、他人はこちらのことなど全然気にしないだろう。

 なにを恐れていたのか――もしかしたら他人はどうでもいいと思っていた?

 救ってくれたあの人にお礼を言うことを考えすぎていて、敢えて小さい声や敬語を利用し他人と距離を作ろうとしていたのかもしれない。そんなことに利用している時間はないと。

 けれど寿々花先生がああ言ってくれて楽になった、そればかりにこだわりすぎてて他を疎かにしてはならないと今更気づいた。


「そうだ、ID交換しようよ」

「はい、よろしくお願いします」


 あれ、どうやら名前で登録しているわけではないみたい。


「みう、たくさん送ってやれ」

「え、適度にするよ」

「ははは、大丈夫だ、そいつは話すの好きだからな」


 お母さん、お父さん、大吉くん以外のIDが手に入るとは!?

 正直に言ってそっちに驚きすぎて、優先順位が違かった。

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