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01

読むのは自己責任で。

会話のみ。

ワンパターン。

 昔から鈍くさかった。

 だからよく周りの子に「お前ドジだなー」と言われた。

 気になったけれど、本当のことだからただ黙るしかできなかった。

 でも、


「別に気にすることないんじゃねえの」


 と、言ってくれた子がいて、救われたことを思い出す。

 残念ながら名前は知らなかったし、顔も全然見られなかったから分からないけれど。

 もし叶うのなら、その人に会いたい。

 会ってお礼がしたい、あなたのおかげであまり気にせず生きられるようになりましたよって。


詩奏音うたかねみゆさんっ」

「……はい」

「もっと大きな声で返事をしてください!」

「すみません……」


 けれど、相変わらずこういうところは変わっていない。

 私の声が小さいというのもあるけれど、周りの子が大きいだけだと思うんだ。

 だって大きな声を出したら驚かれるかもしれない。

 極力迷惑をかけたくない、そのためには目立たない必要がある。


「詩奏音さん、ちょっと来てください」

「はい」


 担任の寿々花奈緒すずかなお先生。

 毎回毎回諦めもせず「大きな声で」と要求してくるあまり得意ではない大人の人だった。


「詩奏音さん、もしかして私のこと嫌いですか?」

「え……? いえ……別に好きでも嫌いでもないです」

「せめてもう少し大きな声を出せませんか?」


 寿々花先生は凄く綺麗な人。

 生徒からの評判も良くて、堂々としていて、苦手だけど私の憧れの存在。

 でも……私には厳しい、多分呆れているんだもう。

 何十回と言っても聞かない相手にいい評価を抱けるわけがない。


「……分かりました、もう言うのはやめます」

「……すみませんでした」


 そして、怒られなくたった時はもう完全に失望されたのと一緒。

 力なく教室に戻って、机に突っ伏す。

 教室でやられない分、まだ温情だろうか。

 もしこの前でやられていたら弱い部分が影響し不登校になっていた。

 ――私はただあの人にもう1度会ってお礼を言いたいだけなのに。


「詩奏音、普通にもう少し大きな声を出せばいいだけだろ?」

「そうだよ、そうすれば寿々花先生だって納得するんだから」

「うーむ、でも詩奏音が誰かといるところ見たことねえしな」

「どうすればいいのかな、私、放っておけないよ」


 うぅ……すみません、心配していただいて本当に!

 ……昔と違って優しい人ばかりなんだな、今日初めて気づいたけど。


「あの……」

「えっ?」

「あの……ありがとうございます」

「はははっ、礼なんかいらねえよ、俺は思ったことを口にしただけだからな」


 突っ伏したままだと失礼だから相手の手を見ながらお礼を。

 男の子と話すのって慣れないなあ、あの時の人だって女性だったし。


「詩奏音さん」

「はい……?」

「わっ!」

「ひゃわあ!? あっ……」

「あはははっ、大きな声出るじゃん!」


 あ……別に出そうと思えば普通に出せる。

 だけど目立ちたくないんだ、だからこのままがいいと思っているけど……。

 それで他の子に迷惑をかけるのなら、あくまで普通レベルには持ち上げたい。


「あの、これくらいでいいですか?」

「って、普通に話せるじゃねえか」

「はい……目立ちたくなくて」

「あー……それについては大丈夫だぞ、お前はクラスでほぼ空気だからな」

「あはは、それならいいんですけど。とにかく、ありがとうございます」


 ああ、このありがとうを早くあの人に言いたいのに。

 名前も分からなければ年齢も分からない、おまけに小学生時代に出会った人だから成長しているだろうし顔もそもそももう……。

 分かっているのは女性というだけ、それと当時は女子高校生だったということ。普通にいけば23~24ぐらいだろうか。

 とりあえずいまから寿々花先生に謝りに行こうと行動を開始。


「失礼します、寿々花先生は――あ、寿々花先生」

「詩奏音さん……どうしたんですか?」

「先程はすみませんでした。目立ちたくなくて小声で過ごしていたんですが、あれだけ注意してくれたのになにをしていたんだろうと反省しまして」

「それでわざわざ来てくれたんですか?」

「はい、だって早く謝りたかったから……えへへ、すみません」


 あ、なんか自然に笑顔が零れた。

 謝罪をしているのに「なに笑ってるんだ!」と言われたらそれまでだけど。


「うん? あなた……」

「どうしましたか?」

「いえ、なんでもないです。それならこれからはよろしくお願いしますね」

「はい、失礼します」


 これもあのひとのおかげなんだ。

 たまたま道で出会った人だから母だって知っていない。

 だから正直に言って詰みみたいなものではあるが……なんとか少しずつでも探していきたい。


「あ、詩奏音さん!」

「はい」

「進路希望調査表、早く出してくださいね」

「あっ……す、すみません」


 進路なんて言われても分からないよ。

 私はただひとつの目標のために動いているんだから。

 お母さんは無難なところに就職しろって口酸っぱく言ってくるけど、無難ってなんだろう。


「あ、やっと戻ってきたっ」

「はい、どうしました?」

「いや、戻ってこないから心配していただけ」

「ありがとうございます。でも、寿々花先生に謝罪をしてきただけですから大丈夫ですよ」

「ほぉ、詩奏音さんは寿々花先生苦手そうなのに凄いね」


 確かに苦手だけど憧れの人。

 いや違う、勝手に苦手だと考えていただけなんだ。

 これからは変えていく、あの人のおかげで自信がついたからできること。


「心配してくれてありがとうございます」

「お、お礼なんていいってっ」

「あはは、分かりました」


 やばい、上手くいっている気がする。

 それでも調子に乗らないように気をつけよう。




「ただいま」

「おかえりみう」

「うん、ただいま」


 兄の大吉くん。

 もう立派な社会人で家にお金を入れてるくらいの人。


「ね、大吉くんはどうやっていまの会社に決めたの?」

「んー、推薦されたからだな。見学に行ったらいい会社で、入ってからはもっとそう思った。真面目にやっていたら推薦されるし、そこからでもいいんじゃないのか?」

「そっか……でも、進路希望を書かなければならなくて」


 紙を出してしょんぼりとしていたら「俺は分からないって書いたら怒られたから、それだけは真似するなよ?」と大吉くんは笑って言った。安心してほしい、さすがにそんな勇気はない。


「あははっ、そんなことしたら寿々花先生怒りそう」

「ん? すずか?」

「うん、担任の先生が寿々花奈緒って名前なんだ」


 紙に漢字を書いて見せてみると「あ、奈緒じゃねえか」と呟いた。


「俺の同級生でいまでも連絡取り合っているぞ?」


 え、それはなんとも意外な繋がり。


「でもあいつ、一言もみうのこと言わなかったな」

「それは言えないと思うよ、迷惑しかかけてないし」

「だったらもっとかけてやれ、あいつは性格悪いからな」

「そんなことないよ、優しいよ?」


 諦めずに何度も指摘してくれるような人だ。

 性格が良くなければできることではない、私はあの人が憧れなんだからやめてほしい。


「いや、それはお得意の猫を被っているというやつだ、どうせ敬語だろ?」

「そうだけど……」

「今度家に連れてこい、そうしたら分かる」


 いや、家に連れてこられるわけがないじゃん。

 大吉くんがお友達なら自分で連れてきてくれればいいと思う。


「あ、いいこと思いついたぜ。明日は休みだろ? ちゃんと家にいてくれよな」

「――? うん、分かったよ」


 すっごく悪い顔をしているが大丈夫だろうか。

 そうでなくても妹が迷惑をかけているのだからこれ以上はやめたいんだけど。

 それでも大吉くんは悪い子というわけではないし、信用して待つことにしよう。




「んん……なんだろう?」


 下から大声が聞こえてきて1階へ。

 どうやら大吉くんが女の人を無理やり連れ込んだとかでその人から怒られているみたいだ。


「まったくっ、いきなり家になんか連れてきやがって」

「まあそう言うなよ。俺らの仲だろ?」

「あたしはあんたが嫌いなのっ」

「まあまあ、お茶でいいか?」

「オレンジジュース!」

「はいはい」


 そのタイミングで兄がこちらに気づき「おはよ」と挨拶をしてきた。

 私も返してリビングに入ると、その女の人が驚く。


「え……」

「え?」


 なぜかこちらを見て絶句、といった感じの様子。

 

「あー……大吉の妹? あたしは――」

「そいつは菜乃だ」

「なのさんですか? 私はみうです、よろしくお願いします」


 そりゃそうだ、寿々花先生を連れてこられるわけがない。

 兄が勘違いしていただけなんだろう、名前も似ているようだし。


「ほらよ」

「あ、ありがと」

「みうもほら」

「ありがと」


 嫌な感じはしないこともあって横に普通に座らせてもらう。

 そうすると彼女は「う゛」と小さくうめき声を漏らした。そんなに嫌だろうかと不安になっていると、「そいつは初対面だとそんなんだ」とフォローしてくれた。


「や、やれやれ……みうの兄貴に休日無理やり連れてこられて迷惑してるぜ」

「ごめんなさい、基本的にはいい人なんですけど」

「まあそれは知ってるよ、同じ高校だったからね」

「まだ関わりがあるなんて仲がいいんですね、もしかして好きだとか――」

「ぶふー!? ないからっ、気持ち悪いからやめてよそういうの!」

「はははっ。あ、そいつは女にしか興味がないから安心しろ。ただまあ、モテなかったけどな」


 彼女は立ち上がり「うっさいっ、数が少ないだけだ!」と自分より大きい兄を睨みつける。

 それにしてもそういう人って実際にいたんだ、テレビやネットの中だけだと思っていた。

 恋愛と言えば男女ってイメージがあったので、なんとなく気に入った人と付き合うものだとぼんやり想像していたけれど、話しやすい同性とーみたいな選択肢もあるのかとちょっと新鮮な気持ちに。


「そうだ奈乃、みうが進路に悩んでいるみたいなんだ、分からないって書いて提出させてもいいか?」

「駄目に決まっているでしょうが、妹に悪影響を与えるようなことをしない。みうはさ、なにがしたいの? お母さんとかは特に言ってこない?」

「私は小学生の頃にドジなことを恥じていたんですが、その時に別に気にすることないと言ってくれた人にお礼がしたいんです。だから進路とかはどうでも良くて……あ、お母さんからは無難なところに就職すればいいと言われているんですけど、その無難ってなんだろうな――と、あれ、どうしました?」


 せっかく聞いてくれているのにどうでもいいとか言ってしまったのが怒らせてしまっただろうか。


「それを言ってきたのって高校生だった?」

「はい、いま通っている高校の……って、どうしたんですか?」

「い、いや……まあ通うとなったら基本的には公立に行くわよねって」

「残念ながら菜乃じゃないぞ、そいつは他人なんかどうでもいいってやつだからな。でももしかしたら寿々花奈緒の方なんじゃないのか?」


 いやまさか……そんな偶然があるわけない。

 それにあの時の人は髪の毛が短かったし、顔ももうちょっと厳しかった感じがする。

 担任の寿々花先生は丸く柔らかい表情しか浮かべないので、申し訳ないが別人だと思った。


「ま、進路については担任の先生に相談してみたら? まだ本番というわけでもないんだし、一応それらしいことを書いておけば大丈夫よ。高校3年生になってからはそれじゃ駄目だけどね」

「ありがとうございます」


 でも気づいたら高校2年生になってて、2学期になってしまっているんだ。

 この調子でいくとあっという間にその時がきてしまう。この調子じゃなくてもきちゃうけど。


「ところで……その寿々花先生ってどんな感じ?」

「いい先生ですよ、私の憧れの人でもあります」

「へえ、格好いいとか?」

「綺麗ですしみんなからも慕われていますからね。私としては堂々とできていることが格好いいと思っています。自分がおどおどしすぎなのかもしれませんけど」


 仮に先生になる時に改めたとして、どうすればそうやって自信満々でいられるのかを聞きたい。

 

「うーん、だけどあたしにだって普通に話せているでしょ? 別に気にしなくてもいいんじゃない?」

「あ」

「うん? ああ、昔も同じこと言われたって言ってたわよね」

「はい、あれは確実に私に力を与えてくれました。そのおかげで昨日もしっかり謝罪することができたんです。恐らく寿々花先生には呆れられてしまいましたが」


 謝罪ができただけマシだとポジティブに考えている。

 幸い自分の周りには優しい人達がいてくれているため、そこまで気にしなくてもいいだろう。


「そんなことないんじゃない? 多分だけど嬉しかったと思うよ」

「えへへ、そうだといいんですが」

「……大吉」

「ま、月曜に学校行ったら話しかけてみろ、頼られて嬉しくない大人はいないだろうからな。教師なんか特にそうだろ、寧ろ変に距離を取られる方が落ち着かないってもんだ」

「うん、頑張るっ」


 頻度は考えなければならないが変な遠慮はしたくない。

 それに寿々花先生ならこんな私でも受け入れてくれる気がした。

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