もう一つの一族
桜が部屋を出ると、数人の男女が建物の間を未だ忙しそうに行き来していた。
「遥さん!」
桜が1人の女性に声を掛けた。
その声にこちらを振り返った女性は、桜を見とめると満面の笑顔を向けて来た。
女性は皆藤遥と言って、20代後半。中林と違って薄っすら化粧した癒し系の美人。
唯一、桜が自宅で普通に会話が出来る存在。
5年前に亡くなった母親に会いに訪れ、依頼そのまま居着いている。
遥の話によると、母親と父親は同じ土地の出身らしかったが、どちらも家族や親戚もいない天涯孤独だった。父親は遥が産まれて間も無く亡くなり、母親が女手1つで育ててくれていた。しかし、その母親が5年前に亡くなり、遥自身も天涯孤独になってしまい、寂しさで生きる気力も萎えていた時、死者と会える噂を聞き付けやって来たのだそうだ。
遥は穏やかな笑みを浮かべつつ、ゆっくり近付き桜の前で跪いた。
「遥さん!その跪くの辞めてくれる。いつから?そんな事する様になったの!考えたの、どうせ中林さんでしょ‼︎」
「は…ぃ……あっ⁈いえ!それは……あの、お友達は?お食事等はいかが致しますか?」
遥は危うく頷きそうになり、急いで話を逸らした。
「え⁈もうそんな時間‼……︎そうね、暫く泊まってもらう事にしたから」
「畏まりました。お友達のお夕飯と、お布団のご用意を致します」
「あっ!それと、ママは手空いてる?」
「牡丹様は…今日の予定は終了していらっしゃいます。先程、まだ第二神殿の方にいらっしゃいましたが……」
「分かった!ありがとう」
遥は立ち上がりお辞儀すると、建物の方へ去って行った。
桜はそれを見送り、西側に向かって歩き出した。
桜は銀色の建物の前に立つと、少し緊張して扉の横にぶら下がっている紐を引いた。
暫くして、中から扉の鍵を解除する音が聞こえる。
分厚い扉が鈍い音を立て始めた…が、音ばかりでなかなか開く様子が無い。いつもの事とは言え、桜はため息を吐き、苛々しながら待つしかなかった。
やがて、重そうに開かれた扉から顔を出したのは、中林だった。
「桜様!」
会いたく無い顔を見て、桜は思わず顔を顰めた。
「ママは?」
「お友達は、お帰りになられたのですか?」
桜は入り口を塞ぐ様に立っていた中林を無視して、部屋の中へ強引に入り込んだ。
「ママに話しが有るの、席を外して」
中林を部屋の外へ追いやった。
「桜様!」
振り返る中林、その声は扉に遮られゆっくり消えて行った。
桜は鍵を掛けた。
部屋の中は全体的に薄暗い。
桜の部屋とはかなり違っていた。
部屋の中央に3人掛け用のソファーとテーブル、向かい側に1人掛けソファーが置いてある。3人掛け用のソファの真ん中に、白い着物に赤い袴を着た、所謂巫女の格好をした桜の母、牡丹が座っていた。
長い髪を1つに結び、白い顔に赤い唇が引き立ち、年齢的には40半ばくらいだろうか、しかし、まだ30前後でも通用しそうな美しい肌と、綺麗な顔立ちをしていた。
桜は、この母親に良く似ていた。
「ママ」
「あらー桜ちゃん。久しぶり」
そう言って、牡丹は屈託無い笑顔を桜に向けた。
「聞きたい事が有るんだけど……」
「なーに?」
見た目とは裏腹に、牡丹はかなりおっとりしている。性格は、桜とは正反対。
「家みたいな仕事してる人達って、他にもいるの?」
「えー聞いた事無いわぁ……それよりねぇねぇ、聞いて!木崎さんって知ってるでしょ?強面の眼光鋭いおじ様。その木崎さんがねー、お母様を呼び出した途端、ママーって…もう可笑しくって」
コロコロと女子高生みたいに笑い転げる牡丹。
おい!客を笑い者にしちゃ駄目だろう。
桜は、悪気無い母親に……少し引いた。
人選間違えたなぁ……
桜はどうもこの母親のテンポに調子を狂わされる。
諦め掛けた時、扉の方からカランカランと音がした。
誰かが紐を引いている。
「今日は賑やかね。桜ちゃん扉を開けて差し上げて」
桜が扉に近付きドアスコープを除き込むと、そこに、祖母の柊が立っていた。
その後ろに何故か中林もいた。
桜が鍵を解除すると、ゆっくり扉が開く。
柊の服装はほぼ牡丹と一緒。ここの仕事着みたいなものだ。
歳は70前後、白髪混じりの髪はやはり後ろに1つに結んでいる。
若い頃はそれなりに、美人だっただろう面影は残っている。
「桜!今迄何処に居たのですか?」
後ろの中林が、勝ち誇った顔で桜を見ている。
「友達の所です」
柊がため息をつくと、部屋の中へ入って来た。
中林もそれに続く。
「あなたはいいわ。下がって!」
柊は中林が部屋に入るのを遮り、扉を閉めた。
中林は驚いた表情のまま、扉が閉じた。
「桜ちゃん!さっきの話。お母様なら分かるんじゃない?」
「さっきの話とは?」
柊は、牡丹の隣にどっこいしょと座った。
そうだ!最初から祖母に聞けば良かったのだ。
何故母親に聞こうと思ったのか?
それは桜にとって、母親よりもこの祖母の方がより苦手だからかもしれない。
理由は、母親とは真逆。全てを見透かす目と厳しい物言いが年を重ねる度、祖母との距離を遠去けていた。
出来れば楽な方で済まそうと無意識?いや、意識的に行動していた。そんな自分の一面に……我ながら少し呆れた。
「家の他に、こう言う仕事してる人が居るのかなって……って言うか、同じ能力を持った人間が他にも居るの?」
柊は目を見開き、桜を見たまま固まった。
「何故そんな話を?」
「同級生の義理のお兄さんの事なんだけど……文也さんって言って、その人の元奥さんが、そう言う家系の最後の生き残りだったとか」
「…………」
柊は難しい顔をして考えこんでいる。
「そんな話、聞いた事無いわよね……」
柊は牡丹の話を遮り
「その方は今?」
「もう亡くなってしまっているんです」
「そうですか……」
「お婆様は何か知ってるの?」
「もう少し詳しく……桜が分かってる事を聞かせてくれないか?」
「……はい」
桜は柊の様子に何かを感じ、頷いた。
「その一族は、ある村で降霊の仕事をしながら暮らしていたらしいんです。村の方も一族が行う降霊の収入で、とても潤っていたとか。
ある日、子供の能力者が初めての降霊を行う事になったんです。
それが後に、村を滅ぼす原因になってしまう事に……
その子供は……悪霊を呼んでしまったんです。
黒い雲が村を覆い尽くすと、それ以来何日も雨が降り続きました。そして、河が氾濫し土砂崩れを起こしたりと災害が続き、疫病が流行り何人もの人が亡くなりました。
やがて、全ての災いの元凶は一族に有ると激怒した村人は、一族を奴隷の様に扱い虐待しました。危機を感じた子供の母親は、子供を連れ命かながら村を脱出すると、父方の遠い親戚に子供を託し、自ら命を経ってしまったんです。その子供って言うのが、元奥さんのお母さんなんだけど、この方も事故で亡くなってるの」
柊は目を閉じ、桜の話に何度も頷いた。
桜の話が終わると『ふぅ……』と息を吐き、ゆっくり話し出した。
「関連があるのか、確かな事は言えないが……わたしの曽祖母は、一卵性の双子だったそうだ。そして、波動の印はその双子の両方に現れた。印を持つ者が同時に複数生まれる事は、一族にとって『不吉』を意味していた。しかもその印と言うのが……片方はくっきりと正規の印を表していたのだが、片方の印はそれとは全く違っていた。
古くから一族に伝わる幻の印『悪魔の刻印』と呼ばれる物だった。それは、一族にとって最も恐怖。
それ以降正規の印と同様、その子から代々印は受け継がれ、やがて、悪霊を呼び寄せてしまうと言う恐ろしい物。
双子は当時世間的にも良く思われていなかった事もあり、1人は生涯霊を呼ぶ事の無い様一族とは一切縁の無い村、正式な名前は知らないがそう言った事情の子供を、大金を貰って受け入れる……通称、子捨て村と呼ばれる村に里子に出されたと聞いていた」
「双子?……子捨て村って……」
桜は怪訝な顔で呟いた。
「お母様!わたしそんな凄い話聞いた事無かったわぁ」
「お前に話す必要性が無いじゃないか」
「あら!確かに!」
牡丹は屈託無くふふふっと笑った。
「桜の話を聞く限り、きっとその一族は、双子の片割れの子孫で間違い無いだろう。何処かで話を聞き付けた里親が、試しに霊を呼ばせたら成功した。それからは、金儲けの為に利用した!そんなところだろう。なんの教えも無いまま……そして、とうとう悪霊を呼んでしまった!……可愛いそうに」
「怖いわねぇ」
牡丹は仕切りに、桜と柊の顔を交互に覗き込み頷いた。
完全に話に付いて行けていない牡丹。桜と柊の世界に、今自分が居ない事に漸く気付いた。
必死に合いの手を入れるが………桜や柊には届いていない様子。
牡丹は焦りを感じていた。
「悪霊を呼び出した本人が、悪霊になってしまうなんて……」
「なんと……桜!」
「仁絵さん……あ、元奥さんの事ね。仁絵さんは、母親の指示を受けながら生け贄を使って、あの世との扉を開ける事に成功してしまったの……そんな事が本当に出来たなんて、そして、これからも扉を開ける為、生け贄を求め続けるって……」
「悪霊……生け贄?……扉……」
柊は桜の言葉を繰り返しながら、止めどない違和感を探っていた。
「先日文也さんのお母さんが亡くなったの、内縁の夫に刺されて……内縁の夫は、殺したのは自分じゃ無い!誰かに体を奪われたって、言ってるらしいんだけど」
「悪霊は、人に憑依するもんだよ」
「……でも、警察じゃ信じてもらえないわ。気の毒だけど」
「それで、その最後の生き残りだった仁絵さんと言う人は……そもそも印はあったのかい?」
「え⁈……どうだろう。わたし、仁絵さんに会った事が無いの。聞いた話だけなんだけど……良くお母さんを呼び出してはいたんだから……多分?」
「いつでも呼び出せるのに、何故生け贄を使ってまで、扉を開ける必要があったんだ?所詮扉を開けたからと言って、肉体は戻らないだろうに」
「本当に、どうしてそんな回りくどい事をしたのか……」
「扉は時間が経てば閉じる。閉じる前に生け贄を差し出さねば……2度と開か無い。
時間は徐々に短くなり、その度……一体何人が犠牲になるのか……
態々儀式してまで扉を開いたのには、何か理由があるのだろうが……しかし、それには相当な執念と行動力、そして、特別な力が無ければ成し遂げられるものでは無いのだが……一体どんな人間だったのか?その仁絵と言う娘は……」
「何か分かったの?」
無言のまま、難しい表情で入って来た桜に、翔太がいち早く声を掛ける。
桜は溜息をついて首を振った。
「分かったって言うか、余計に分からなくなったって言うか……」
「どう言う事?」
「祖母によると……どうも本当に親戚みたいなの」
「へー……てことは、仁絵さんが生きていれば、桜と文也さん、何気に遠ーい親戚だったって事?」
「ああ……そうなんだ……」
文也は、不思議な巡り合わせに驚きを隠せず桜を見た。
「その様ね!あの時八重さん、息子夫婦が亡くなった時、お嫁さんの亜耶さんは天涯孤独で、誰もお葬式に来なかったって言ってたわよね…敏子さんの話では、父方の親戚に預けられてた筈なんだけど……家の家系は、父方と疎遠になる事が多いから羨ましいなぁって思ってたのよね。でも、やっぱり違ったのかなぁ」
「天涯孤独って、親戚みんな亡くなっちゃった?それとも亜耶さん……あまり可愛がって貰えて無かったのかなぁ」
「仁絵さんの引き取りを拒否しただけじゃなく、お葬式にも来ないんだから、想像は出来るわね」
「亜耶さんが村を出た理由も、厄介払いだったのかもな」
突然、カランカランと乾いた鐘の音が、静かに部屋中に鳴り響いた。
翔太と文也は一瞬軽く飛び上がったが、桜は慣れている様子で平然と扉に向かって歩き出す。
誰かが外の紐を引いてる様だ。
桜が扉から外を覗く。
遥が立っていた。
傍には夕食の用意だろう配膳台が置かれている。
桜が扉を開けると
「お待たせしました!」
元気な声と共に、ガラガラと配膳台を押す遥が入って来た。
「遅くなり申し訳ございません。お腹空きましたよねー、大盛りにしてきましたからね。沢山召し上がって下さいね」
遥は配膳台の上にある3つの黒塗りの弁当を抱え、忙しなくソファの前のテーブルに並べた。
空かさず配膳台に戻ると、味噌汁をよそい、そっと弁当の横に置く。
一通り配膳が終わると、1人立ち尽くす桜に向かって、
「どうぞどうぞ」
と追い立て、ソファに座らせた。
桜が座るのを確認すると、遥は配膳台の横に立ち、にっこり笑顔を作り
「召し上がれ」
と言った。
3人はニコニコ立ち尽くす、遥が気になった。
「遥さん。後は自分達でやるから大丈夫よ」
「え?……いえ、でも」
「大丈夫、大丈夫!どうせ遥さんもご飯未だなんでしょ。急にお客さん連れて来て、迷惑かけてごめんね!後はゆっくりして」
「でも……あ、はい!分かりました。お食事が終わった頃に、また来ますね。お布団の用意を致します。では、また、失礼します」
遥は3人の顔色を読んだのか、速やかに部屋から出て行った。
「大丈夫?さっきのおばさんに探り入れて来いって言われたんじゃない。怒られちゃうよ」
「有り得るわね」
桜は遥が去った扉を見詰め、ため息をついた。




