扉
敏子に最後の別れを告げた3人は、呆然と見送った。その姿が消えた後もなお、じっと敏子の居なくなった辺りを眺めたまま……。
想像を遥かに超えた話が、3人を重苦しい空気にさせていた。
その息苦しさに、翔太はため息が漏れた。
「最後の最後に……次は良い母親になるから許して……って、何を今更!2度と親子に生まれて来るのなんか……ごめんだ!」
文也が掠れた声で、最初に口を開いた。
「敏子さんも脅されてたんだ……」
敏子へのイメージが未だ掴めず、翔太は混乱していた。
「最初に、何かを間違えてしまったのよ……敏子さん」
そう言って、桜はため息を吐いた。
「仁絵さんとは実際会った事無いけど…知ってる人に話を聞いた限り、悪く言う人いなかったから…母親の為、仕方無かったにせよ、本当…意外過ぎだわ」
「俺の前では、ずっと健気な女を演じてたのか……」
唯一、3人の中で仁絵を知ってる文也。衝撃を隠せずにいる。
「仁絵さん……なんだかんだ言っても、文也さんには、そんな姿知られたく無かったのよね」
桜はちょっと切ない気持ちになった。
「お互い、恋愛感情何て微粉も無いと思ってたよ」
「そうなのかしら……わたしは、敏子さんの話も一理あると思うわ」
「どっちにしても、生贄はごめんだ!」
「確かに!でも、おかげで色んな事が分かったわ」
「敏子さんが、毎日出掛けてたのは呪いから逃れる為だったんだ……昼間だけって言うのはなんか理由があるのかなぁ?」
「扉を開けられるのは、仁絵さんと亜耶さんだけだけど、2人がこちらに来ている間は扉が開け放しになるわ。それを他の霊に見つかる可能性が有るわ」
「見つかると、何か不味いの?」
「扉を通った霊の数だけ、扉の力が弱くなって行くの。弱くなってしまったら、折角の扉自体がやがて消滅!霊達がより活発に行動する夜に何て開放したら、昼とは比べ物にならない程の夥しい数の霊が流出してしまうわ。昼間だって少しずつだけど、抜け出す霊は止められない。だから、扉を維持する為、定期的に生贄が必要になるのよ」
「だけどさぁ、そもそも仁絵さんと亜耶さんがこちらに来てしまったら、扉何かもう閉まってもいんじゃないの?」
「それが、そうも行かないだよ!」
桜とは違う聞き覚えの有る声が、翔太の背中の方から聞こえて来た。翔太は飛び上がり、振り返った!
今迄全く姿を見せなかった秋田川が、突然言葉を発したのだ。
桜が怪訝そうにこちらを見ている。
「こちらに来たまま扉が閉まってしまうと、霊力は弱まり、やがては2人の魂も消滅する!……らしい」
「らしいって、どうしたの急に!いつも突然なんだから!……にしても詳しいね」
「いやー、わたしも色々調べていたんだよ!」
「何?ガンコツ先生?いるの?」
「見えないの?」
桜は頷いた。
「わたしは翔太の守護霊だからね。他の霊と違って、わたしが姿を表したいと強く念じなければ、いくら翔太の目を借りていても見えないらしい……ああ、そろそろ行かなきゃならないんだ。未だ調べたい事があってね。また暫く姿を消すよ!」
そう言って秋田川は左手を軽くかざし『じゃ!』と言ってまた姿を消した。
「へー……自由だなぁ……そんで話戻すけど、だから昼間に敏子さん探して家の中を歩き回ってたのか」
翔太は改めて桜に向き直った。
「え?何?ガンコツ先生と何話てたの?後で聞かせてよね!で、あの時、翔太が見た女性って仁絵さんだったのかしら?それとも亜耶さん?邪悪な感じは無かったって言ってたけど……」
「どちらの顔も見た事無いし、多分亜耶さんが亡くなった年齢は、仁絵さんと変わらないんじゃないかなぁ……んー何とも言えないけど…… ただ、あの家の奥底で見張ってる霊は、相当な物だったよ」
「悪霊って事か?」
「結局、一吾さんにはそんな力無かった訳だし……確率的には、仁絵さんか亜耶さん?それとも得体の知れない邪悪な何かがあの扉に気付いてしまった!……とか?まー、一連の事を考えると、全ては亜耶さんが仁絵さんに指示し、仁絵さんはお母さんの為にやっていたって事みたいだし……やっぱり奥底の悪霊は亜耶さんかなぁ」
「でもどうして八重さん嘘ついたんだろう。一吾の呪いって」
「仁絵を庇ったんだろう。あの婆さんが仁絵を愛してたのは本当だろうし、それを良い事に仁絵にいいように使われてたのかもな」
「仁絵さんの仕業だったら……酷過ぎるわ!」
「君と仁絵は、何らかの関係があるのかい?」
「遠い親戚だったたりして?」
有り得ないと思いつつ、翔太は軽い気持ちで言って見た。
桜は空かさず
「そのへんのところ…取り敢えず、母に聞いて見るわ。もう1つの一族の事!何か知ってるかもしれないから」
思いも寄らない桜の真面目な答えに、翔太はふと、有り得なくも無いのか?と驚きを隠せなかった。
「じゃ今日はこれで解散って事で……お前達には、本当世話になってばかりですまない」
文也は、桜や翔太に向かって深々と頭を下げた。
「ちょっと文也さん!解散って何処行くの?」
「え?……何処って?」
「あの家に帰るの?話を聞いた後だって言うのに?どう考えたって危険だわ」
「大丈夫でしょ!今更何がって事は……それに、夜なら扉は閉まってるんだろう」
「だって昨夜、一晩中物が飛び交ってたって、それって夜も扉が開いてるって事じゃないの?
今迄無かった事が起きてるのよ!何かが変わって来てるんだわ!敏子さん殺して、次の目的は……やっぱり文也さんなんじゃないかしら?」
「おい桜!じゃ文也さんは何処行くのサ!いつ……いや、解決するかも分からないのに」
「だからよ!あの家は危険だわ。引っ越すべきよ」
「そんな急には無理でしょ」
「ここに……」
「あー大丈夫だよ!会社に寝泊まり出来るから……今日からそっちに行くよ」
桜の言葉を遮り、見兼ねた文也が2人の話しに割り込んだ。
「会社だって夏休みでしょ?相談したい事も有るし、暫くはここに3人で寝泊まりしましょう」
「えっ⁈僕も?」
「あったり前でしょう!女子が男性と2人きりなんて有り得ないでしょ」
「いやぁ……3人なら良いって意味が分からないんだけど…またあのおば様達が大騒ぎするよ!」
「あ……の……大丈夫だよ。本当……」
自分の事で2人が揉めてる事が申し訳なくて、間に割って入ろうとする文也。
「いいから!取り敢えず、母の手が空いていたら話しを聞いて来るわ。だから、絶対帰らないないでね。翔太!ちゃんと見張っててよ!」
そう言うと、桜は慌ただしく部屋を出て行った。
2人は無言で見送った。
翔太はおもむろに、ポケットからスマホを取り出すと、ドキドキしながら自宅に電話を掛けた。
志穂子の上品な声が聞こえ、翔太はほっとして事情を伝えた。
いつも編集社からの催促の電話で、茜が電話に出ると機嫌が悪いのだ。
翔太と分かると尚更『紛らわしい!』と怒られる。
『理不尽だ!』
志穂子さんの携帯に直接かければいいじゃないかと思われるが、何故か志穂子さんは、携帯の電源を切って自分の部屋に置きっ放しにしている事が多い。殆ど自宅に居るのだから、自分に用が有れば自宅に掛けて来るだろうと言う謎の理論を翳し、携帯の意味をまるで成していない。
「悪いな!」
「ううん、言い出したら聞かないから」
翔太は諦め顔で肩を竦めた。
文也は同情する様に笑った。




