仁絵……。
「あの日、爺いに騙され野良犬みたいに追い払われたあたしは、惨めで悔しくて、どうにも腹の虫が収まら無かった。何とか爺いに復讐出来ないかを考えながら、誰もいない電車に1人揺られてた。
1時間くらい経った頃だろうか、すっかり周囲に注意が行き届いてなかったあたしの目の前に、いつの間にか仁絵が無表情に立っていた。
なんでこんな所に仁絵がいるのか、不思議で仕方無かった。
仁絵とはさっきが初対面だし、あたしがこの電車に乗るなんて知る筈も無い。だいたい10歳やそこらの子供が待ち伏せ?って、しかし偶然にしてもこんな遠く迄……
頭に血が上って、後を付けられていた事に気付かなかったのか?等と疑問に思ってると……
仁絵は、まるで偶然を装い声を掛けて来た。
一吾の前の仁絵は、一言も話さず笑わず人形の様に座っているだけで、到底子供らしさ等感じられなかった。
その仁絵が、人が変わったみたいに屈託の無い笑顔を見せた。
面食らうあたしに、仁絵は構わずこう言った!
『敏子さん、5年後にあなたに男の子が生まれます。その子とわたしを結婚させてくれたら、わたしの財産全てを敏子さんにあげます』
仁絵はこう言うと、更に満面の笑顔を向けて来た……頭のおかしいガキだなって、その時はただ気持ちが悪い奴!そう思って適当にあしらった……だけど、5年後にあたしは本当に文也を産んだ」
「どう言う事?」
敏子は首を振りながら、
「その頃は、仁絵が何を企んでいるのか……ただ、気付くと全てが仁絵の言った通りになっていた。あたしはだんだん怖くなって来た。
もう関わりたく無かったし、仁絵にも一吾にも会いたく無かった。
だから文也を殺せば、諦めるんじゃないかって……あの場所にお前を捨てた。あそこなら、勝手に死んでくれると思った……でも、結局お前は死ななかった」
「発想が……親子だな」
敏子は苦笑いを浮かべ話を続けた。
「お前が施設に入って、少しして仁絵が再び現れた。『小夜子さん……残念だったわね。自分で育てられ無いのは仕方ないけど、文也が中学を卒業したら、ちゃんと迎えに行ってあげてね。約束は絶対……守ってね!』って言いながら、ぞっ!とする程の満面の笑みを浮かべた。
あたしは何処に行っても逃げられない……その時そう悟った。
それからはもう何も抵抗できず、あたしは仁絵に命令されるがまま、一吾の介護にあの家に通わされた。仁絵の監視の下で……」
「全部仁絵が……仕組んだって言うのか⁈」
「お前が、何を見て来たかは知らないが、全ては仁絵の筋書き通りだ!」
「だって仁絵さんは生け贄にされたじゃないか!」
「生け贄?……ああ…生け贄って言うなら……それは爺さんの方だよ。仁絵は、両親を殺した爺さんをずっと恨んでた」
「えっ!!」
「なんか話が……僕には複雑過ぎて、付いていけない気がする」
翔太は溜息と共に、情けない声を漏らした。
「爺さんはずっと、仁絵に脅されてた。
『小夜子に会いに行ったら、小夜子が死ぬ事になる』そう呪いをかけたと。
あの日、痺れを切らした爺さんが仁絵との約束を破って、とうとう小夜子に会いに行ってしまった。
あの金を持って、小夜子と逃げるつもりで……だが、思いも寄らぬ小夜子の抵抗に会い、金も置いて逃げて来てしまった。
仁絵は知ってたんだ。爺さんが何年も隠し持ってた金の事。感のいい仁絵は、それが無くなった事に直ぐに気付き、察した。
そして、儀式を早める事を決めた。
池で爺さんを殺し、池の水を爺さんの血の色で赤く染め、飼っていた鯉にその血を飲ませた。仁絵は、その鯉を1匹捕まえるとそのまま喰い尽くした。爺さんの血なのか、鯉の血なのか、仁絵の顔や身体は真っ赤に染まっていた。その悍ましい光景は、今でも忘れられない」
「ゲッ!生で……オエーッ!」
「翔太!シッ!」
桜は翔太の頬を軽く叩いた。
「それが儀式なんだ……そして、隠す様に池の上に家を建て、開かずの間を作った」
「あの家を建て替える様に言ったのは、母さんじゃ……」
「そう見せかけるのも……仁絵の指示だよ」
「なんの為に……」
「仁絵の最終目的はお前だ!」
「俺⁈」
「役に立たない筈のお前に、仁絵は異様に執着していた。お前に、自分の正体を知られる事を嫌がって……って言うより酷く恐れていたんだ」
「何故⁈」
「お前の事は、本当に好きだったんだろうよ」
「…………」
「この世で添い遂げる事が出来なかったお前を……事が済んだら、連れて行くつもりでいるんだ」
「……‼︎」
「仁絵は自分が死んだら、歳の離れた、到底愛される事の無い女と、お前を再婚させろ!と言っていた。悪い虫が付かない為の、仁絵の精一杯の浅知恵だ。なのにお前は、勝手に佐登美と籍を入れてしまった!仁絵は怒り狂ってるのサ!」
「歪んだ愛だなぁ……」
翔太は肩を竦めた。
「それで、佐登美さんとの結婚を焦ってたの?」
桜は何となく納得した様に文也を見た。
「前科があるから、またいつの間にか知らない女と結婚させられると思って……だけど、佐登美には強引過ぎた。その上あんな事になって……可哀想な事をしてしまった」
3人は深いため息をついた。
「仁絵は死んだ母親と交信が出来ると言って、よく部屋に篭っては母親と話しをしていた」
「死んだ母親と交信?って、誰かさんと似てない?」
「わたしは交信してる訳じゃないわ……ただ……仁絵さんがそう言う言い方しただけかも……でもどう言う事なのかしら」
「お前だったのか?お前も……そうなのか?こうして、あたしを呼んだのはお前の力か?」
「えっ、ええ……」
「死者を呼ぶ力!……仁絵はそう言う能力を持った一族の、最後の生き残りなんだそうだ。死に別れた家族や恋人に、もう1度会って話が出来たらと願う人間は少なくない……それを、表立って行われる事は無いが、ある伝手によりある者だけが、その能力の恩恵に預かれていたそうだ。
一族が居た村は、その収入で結構な潤いを見せていたとか……ある時、いつもの様に舞い込んだ依頼を、まだ子供だった仁絵の母親、亜耶に初めての仕事としてあてがわれた。
そして亜耶は、霊を呼ぶ事に無事成功……と思われたが、後にこれが大変な事態を惹き起こす。
亜耶は……悪霊を呼んでしまったんだ。
それ以来、謎の病が村を襲い、村人は次々と倒れた。作物も育たなくなり、飢餓に苦しむ村人は、一族が居なくなれば悪霊も居なくなると考え、嬲り殺しにする事を決めた。
一族は村に監禁され、僅かな食料で奴隷の様に扱かわれ、一人また一人と命を落として行った。
そんな中、母親は亜耶を連れ、命かながら村を抜け出した。何とか追ってを巻いて、亜耶の父親の親族に亜耶を預けると、自分は海に身を投げた。村人は激昂し、残った一族を皆殺しにした。
しかし、村は悪くなるばかりで、後にその村事態も消滅した」
「酷いなぁ……同じ様な能力持ってるのに、桜の所とは随分違ったもんだね。だいたい、悪霊って何!本当に亜耶って子……仁絵さんのお母さんが呼んだの?」
「今迄悪霊なんて聞いた事無いし……
関係あるとは思え無いけど……だいたい、家以外にそう言った能力を持った一族がいるって話、聞いた事無いのよね……」
「仁絵は、その母親の亜耶を生き返らせる為に、ずっと指示を仰いでいたんだ」
「生き返らせる?って、儀式ってそう言う事?一体どうやって……」
「あの開かずの間の真下、丁度池があった辺りに、1m四方の空洞があるんだ。扉は無く何処からも入れない。唯一、キッチンの床を外し、床下から回るしか入る手は無い。あの家を建てる時、あの世との扉を作る為、仁絵が作らせた…本当の開かずの間」
「知らなかった……」
「そこに……墓から掘り起こした爺さんの骨を埋めた。全て母親に指示され、仁絵が1人でやった」
「で、何で俺が必要なんだよ!」
「最初に……あの世との扉を作るには、2つの異なる同じ血が必要なんだそうだ!」
「……ん?……」
「どう言う事?」
「同じ血族の、違う人間の血だ」
「あー……そう言う事かぁ。でもそれって、文也さんじゃ無くて、敏子さんでもいいんじゃないの?」
「仁絵と関係を持った人間じゃ無きゃ、駄目なんだよ」
「えっ!……へー……」
翔太は思わず文也の顔を見て、赤い顔をして下を向いた。
「えっ⁈俺は仁絵に指一本触れて無いけど」
「仁絵さん……一吾さんと関係があったって事?……」
「って事は…結局儀式は出来なかったの?」
「いや!儀式はやったよ!別の方法で……生け贄と関係を持った、仁絵自身が生け贄になる事で」
「それであんな事に……」
「文也さん……助かったね」
翔太が親指を立て、力強く頷いた。
「……」
文也は複雑な顔をした。
「結局!文也じゃ駄目だったんだよ」
「駄目?」
「あたしは、一吾の娘じゃ無かった!」
「⁈……」
「佳代子は、小夜子に嫉妬し一吾を独占しながらも、自分は他の男と浮気してたんだ。母親としてもダメだったけど……女としても最低だったね。一吾は最初から知ってたんだ」
「知ってて弄んでたって事……」
「で、儀式の結果は?」
「あたしが生きてないって事が何よりの証拠だね……儀式は成功した。仁絵が死ぬ時、あたしに呪いをかけたんだ。蘇った時、最初に犠牲になるのはあたしだってね」




