祖母の死の真相
佳代子は、男に捨てられ戻って来ては、また、新しい男が出来ると出て行くを繰り返した。
小夜子の方は対照的に、結婚もする事無くあたしを育てながら、得意の裁縫で自宅で出来る繕の仕事で細々と暮らしていた。
あたしが物心付く頃、佳代子は気紛れに帰って来てはご機嫌取りに、あたしの好きそうな物を買って来る。欲しがれば何でも買ってくれて、無責任に甘やかす。あたしはそんな佳代子が大好きで、佳代子が本当の母親と知った時は、嬉しくて舞い上がった。
その反面、佳代子を咎め説教する小夜子。母親と思っていた女が母親では無かった事にも拍車をかけ、優しい母を追い出す意地の悪い女。そんなふうにあたしの中の小夜子は、どんどん嫌な女に構成されて行った。
時々顔を出しては、小夜子の子育てにケチをつける佳代子。自由奔放な母親に憧れてたあたしは、調子に乗って母親の真似をし随分と反発した。
小夜子は寝る間を惜しみ仕事を増やし、あたしを看護学校に入れてくれた。今思えば、あたしの将来の為には、小夜子は惜しまずお金を出してくれてた。
逆に佳代子は、あたしが大きくなると無心に来る様になった。
働き出す様になって、あたしは家を出た。
そして、母親から聞いた父親の所へ行った。
小夜子や佳代子の事情なんて知らずに、あたしは大きな屋敷に住む、初めて会う父親にすっかり有頂天になっていた。
目の前の一吾に、あたしは調子に乗って聞かれるがままに、佳代子や小夜子の近況を事細かに話した。一吾の企み等知る由も無く。
あたしから話を聞いて、一吾は何故か直ぐに行動を起こす事は無かった。
後から聞いた話、時々は様子を見に来る事はあっても、小夜子に声を掛ける事はしなかったらしい……
小夜子が、まだ小さい文也と暮らしていた頃。
あたしは母親と同じ様に、打算で産んだ文也を育てられずに、小夜子に丸投げした。
母親と違ったのは、小夜子が死んだと知らせが来る迄、1度も文也に会いに行かなかった事。
あの日、とうとう一吾がやって来た。
頑なに隠し持っていた土地を売った金を持って、意気揚々と小夜子に会いに来た。
一吾にとって小夜子は、自分の為に結婚もせずに、待っていてくれた健気な女になっていた。
小夜子にとって一吾は、もっとも男の嫌な面を見せられた張本人。結婚も躊躇させた程の嫌悪その物だった。
その一吾が突然現れた。
30年近く経って、今更……目の前に……
小夜子にとって、一吾の執念は恐怖でしか無い。
「すっごい執念!小夜子さん怖かったわよね。気の毒に……」
「そんな血が……自分にも流れているのかと思ったら……ぞっとする」
敏子は文也を見て『ふん!』と言って話を続けた。
思い通りにならない小夜子に、焦れた一吾は、泣き叫ぶ文也を殴り首を絞めた。
小夜子は必死に一吾に掴み掛かり、文也を引き離す。
文也を抱え逃げる小夜子を、一吾が追い掛ける。
まるで大人と子供の鬼ごっこみたいに、一吾は不敵に笑いながらあっさり小夜子を捕まえると、その首を絞めた。
静寂の中、自分の荒い息だけを聞いた時、一吾は目の前のぐったりと動かない小夜子を見た。
文也も小夜子の傍に転がっている。
我に帰り驚いた一吾は、慌てて小夜子の家を飛び出した。
一吾が駆け出して行った後、その様子を一部始終見ていた佳代子がいた。
その日佳代子は、金を無心する為に小夜子の家に向かっていた。
その途中、28年ぶりに一吾を見かけた。
白髪や皺が増え28年の月日が一瞬迷わせたが、紛れも無く一吾だと、佳代子は確信した。
一吾は佳代子に気付く事は無く、ずっと目の前を歩いている。
小夜子の家に着くと、緊張しているのか玄関前を左右に行ったり来たりを繰り返す。
やがて意を決し扉をノックすると、暫くして小夜子が顔を出した。
一吾を捉えた小夜子は、血の気を無くし白い顔で固まった。
抵抗する小夜子を押し切り、一吾は強引に家の中に上がり込んで行った。
その様子に佳代子は、2人は自分に隠れてずっと続いていたのかと疑った。
怒りに任せて部屋に乗り込んだ。
だが、直ぐに部屋の異変に気付くと、佳代子は空かさず隣の部屋に身を隠した。
小夜子の叫び声と文也の泣き声。そして、一吾の怒号。
佳代子は、その中に身を投じる気にはなれず、じっと、中の様子を伺っていた。
1度大きな音がした!
その後、何も聞こえなくなった。
気になって身を乗り出そうとした時
険しい顔の一吾が勢い良く飛び出して来た!
佳代子は慌てて身を隠す。
一吾が居なくなった後、佳代子は恐る恐る、静かになった部屋を覗いた。
「ひっ!」
その光景に軽く悲鳴を上げ、腰を抜かし尻餅を付いた。
尻餅をつきながら必死に後退りする。
その時、テーブルの上の巾着袋が目に入った。
確かここに向かう時、一吾が大事そうにかかえていた物だ。
佳代子は四つん這いになって、傍に転がる小夜子に怯え、震える身体で必死にテーブル迄辿り着いた。
そっと巾着袋を手に取ると、結構な重さがあった。
中を覗くと、ゴムで括られた札束が何個か入っている。
佳代子は興奮した!あの時見た札束が今ここにある。
夢を見ている様だった。と、同時に、あの時いくら頼んでも1円もくれなかった金が、何故ここにあるのか……動かない小夜子を見下ろし怒りが湧いて来た。
その時、小夜子が大きく息を吸い込み激しく咳き込んだ。
佳代子は咄嗟に、側にあった電気コードを小夜子の首に巻き付け、両手で思いっきり引っ張った。
小夜子の足はバタバタと交互に床を蹴る。両手で首に食い込むコードを必死に掴もうと爪を立てる。
暴れる小夜子に負けまいと、佳代子は一層両手に力を込めた。
徐々に小夜子の動きが弱々しくなって、やがてぐったり動かなくなった。
それでも佳代子は力を緩めず締め続けた。
電話のベルが鳴った!
佳代子は心臓が飛び上がった気がした。
同時に間両手が離れた。
我に返り、暫くゆっくり部屋の中を見回した。
小夜子はさっきと違って、目を見開いたまま動かない。
足で蹴ってみる。なんの抵抗も無く、そのまま横に移動した。
佳代子は必死に考えた。
小夜子を扉迄引き摺り、首に巻いたコードを小夜子ごと持ち上げ、扉の取っ手に巻き付けた。
大柄な佳代子が、小柄な小夜子を持ち上げるのは容易に出来た。
佳代子は床にへたり込み、大きく息を吐いた。
その時、こちらを見ている文也と目が合った。
佳代子は巾着袋を握り締め、小夜子の家を飛び出した。
「小夜子さん……やっぱり自殺じゃなかったんだ」
「犯人がお姉さんだったって事?……酷い話。文也さんは、お爺さんに首を絞められた記憶だけが強烈に残ってしまっていたのね……」
「それも良く覚えて無いんだけどなぁ。だけど……その話、どうして母さんが知ってるんだよ」
「佳代子が酒に寄ってあたしん所にやって来て、勝手に話し出したんだよ。その頃のあたしは、小夜子の死も母親もどうでも良かった。ただ、あんたを殺さなかったのは、多少の情があったのか?と質問したら、放っときゃ勝手に死ぬだろって……」
「つくづく最低だ……」
「ふん!」
「佳代子さんは今……生きてるんですか?」
「死んだよ!持ってた金は男に持ち逃げされて、あたしん所に何度か金の無心に来たけど……追い返した。暫くして、川に浮かんでる所を発見されたって……自殺だか、事故なんだか。どっちにしろ……バチが当たったんだね」
「…………」
3人は何も言わなかった。
「でも……それもこれも……全部あいつが仕組んだ事だよ!」
「あいつ?」




