静止画の中で……
先の方に、木製の塀が視界に入って来た。
近付くにつれ、まるで時代劇で見る武家屋敷を想像させる全貌が見えて来る。
あまりの世間とのバランスの悪さに、滑稽に見える。
翔太と文也は無言のまま桜の後ろを延々と続く塀に沿って、その距離に辟易しながはひたすら歩いた。
正面に辿り着くと、桜は立派な門を見据え一息ついた。
何かを迷っている様子だが、意を決し重い足を進めた。
翔太と文也もそれに続いた。
次の瞬間!飛び込んでくる光景に、2人は思わず立ち止まった。
敷地の真ん中辺りに大きな池がある。
小高く積み上げた石の隙間からは小さな滝が流れ、その光景は暑苦しい夏の日差しまで和らげてくれる気がする。
その池の東側には金、西側に銀色の大きな建物が建っていて、南側と北側にはそれぞれ2つずつ、朱色をした少し小さな建物が池を囲む様に建っていた。
建物と建物の間は、朱色の渡り廊下で繋がっている。
そのコントラストの美しさにため息が漏れた。
紅葉の木や桜の木等が、その季節ごとに池の畔を色付け、まるでこの塀の中は俗世を拒んでいるみたいに、空気迄違っている。
翔太は、ここだけ時が止まっているんだ!
そう確信した。
1年ぶり位だろうか?久しぶりの桜の家。
前回も感じたが、この感動は今も色褪せていなかった。
桜は良く翔太の家に来る事は有るが、翔太が桜の家に来たのは、これが2度目。
桜自身、余りこの家を好んでいないのだから仕方が無い。
「すげーなー……」
文也の口から無意識に漏れた。
廊下を忙しそうに、桜曰く、勝手に居着いた人達が行き交っている。
皆同じ白い上下の、作務衣の様な物を着ている。
その中の一人の女性が桜に気付くと、
「桜様!お帰りなさいませー」
大声で叫んだ。
その声に、周辺に居た男女4、5人が一斉にこちらに走り寄って来る。そして、いきなり桜の前に跪いた。
「げっ!」
その異様な光景に、思わず翔太が声を出してしまった。
珍しく文也が、翔太の背中を突いた。
翔太は恥ずかしそうに俯いた。
前回来た時はこんな光景無かった気がするが……今回は余りに帰らない桜への嫌がらせじゃないか?
「中林さん……や、辞めてよ!!」
桜は嫌悪の表情を浮かべながら、後退りした。
「柊様が大変心配されておられます。牡丹様もずっとお帰りをお待ちで……」
桜に最初に気付き叫んだ女性、中林だ。
50代位だろか?化粧っ気も無く、疎らな白髪頭が随分と老けて見せている気がする。
「何でよ!」
「何日もお帰りにならず…まだ中学生でいらっしゃるのに、お友達の家を泊まり歩く等、お願いで御座います。お止め下さいませ!」
「泊まり歩いてなんかいないわよ。翔太の家だけよ!大体お祖母様やママが心配なんかする訳ないじゃない」
出来れば自分の名前を出さないで欲しかった。この空気の中で敵視されるのは、翔太にとってあまり好ましい状況では無い気がした。
「何をおっしゃいます!それはそれは心配しておいででした」
「分かった分かった!分かったからどいて!」
「常連の小達様から、桜様ご指名で、毎日確認の電話が有るのですよ。今日も朝1番でお電話いただいていたので、良かったです。助かりました!早速、お電話差し上げないと」
そう言って立ち上がると、桜の方を向いたまま、後ろへ1歩下がった。
それに続く様に、一緒に跪いていた人達も立ち上がった。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!いつも突発で入れないでって言ってるでしょ!それに、今日は先客がいるの!」
苛立った声で、女性を呼び止める桜。
「先客?……その方々ですか?正規のお客様なのでしょうか?事務所の方へは、話しは通してあるのですか?お支払い等は……ちゃんと頂けるのですか?」
女性は怪訝な表情で、翔太と文也の顔を交互に見比べた。
「わたしの個人的なお客様なの。口出ししないで!」
「小達様は特別なお客様ですよ!沢山のご寄附も頂いているのですから、多少の融通をきかせるのは当たり前ではないでしょうか⁈そんな方を差し置いて迄優先させる理由が、一体この方達の何処にあるのでしょう?」
中林は怒った様に、少し強い口調になった。
「結局あなた達の心配ってそれよね。お金お金って!中学生働かせて、金儲けしてる方がよっぽどどうかと思うわよ!翔太!文也さん行きましょ」
桜の正論に、返す言葉を失ってしまった中林達を尻目に、桜は堂々と目の前を通り過ぎて行く。翔太と文也も、そそくさとそれに続いた。
流石だねぇ桜さん。あんな何倍も年の違う人を論破してしまうとは……
文也が思わずくすっと笑った。
追い掛けて来るんじゃないかと、ドキドキしている翔太は、文也の様子に怪訝な顔をした。
桜に付いて暫く歩く、敷地の1番奥になるだろうか、翔太は再び固まった。
それは明らかに周りに逆らって建っていた。
溶け込む気等さらさら無い。
他の建物とは完全に分離されていた。
あからさま過ぎる……これ迄見て来た、時の経つ事を拒否し続けて来た風景とはまるで違う。
裏切られた気分だ!
小振りだが、完璧な洋館が場違いにそこにいた。
桜は持っていた鍵で、扉を開ける。
翔太と文也を部屋へ招き入れ、再び扉に鍵を掛けた。
そこは20畳程はあるだろうか、明るいピンク色の壁紙。
中央には小さめのテーブルと、3人掛け用と1人掛け用の花柄の可愛いソファが置いてあった。
床にもピンク色のカーペット。天井にはシャンデリア。
あちこちに飾られた色とりどりの花。
典型的な女子の部屋!
そして中央奥には、2階へ上がる階段が中腹辺りから左右に伸びている。
まるで舞踏会の会場の様だ。
全体に、こじんまりしているが。
翔太がこの部屋に入るのは初めてだった。
こんな建物がある事さえ、前回は知らなかった。
「翔太!口開けっ放し!!何が言いたいのよ!」
桜は、口を開けたまま見回す翔太の様子に、恥ずかしい部分を見られた気分になった。
「いやー、思いも寄らず女子してるなぁって……へーこういうの趣味なんだぁ……へー」
「う、煩いわね!わたしの趣味じゃないわよ!あの人達が勝手にやったのよ」
桜は赤い顔で、珍しく動揺している。
「とか言って、意外や意外なんじゃないの」
翔太はここぞとばかりに意地悪な顔をした。
しかし、こんな部屋であんな禍々しい事が行われていようとは、世間の人は誰も想像しないだろうなぁ。
ん?そもそも、一般の人間はあの塀の中に入る事は無いから、この部屋の存在も知らないかぁ。翔太は1人納得した。
「余計な事言ってないで、さっさと始めないと、また邪魔が入るわ」
桜は3人掛け用のソファーの真ん中に座ると、テーブルの上にあるシルクの生地で出来た、色鮮やかな掌サイズの小さな座布団の上にある皿に、文也から預かった敏子の遺骨のかけらを静かに置いた。
「それじゃ2人共、ここに座って。わたしの肩に手を置いて」
桜は両方の手で、左右の空いてる席をポンポンと軽く叩いた。
翔太は桜の右側に座り、桜の右肩に左手を置いた。
文也は左側に座ると、
「ごめん!」
と言って、右手を桜の肩に軽く乗せた。
「いい?じゃ目を閉じて」
桜は左右の2人を交互に見た。
2人は無言で頷き、目を閉じた。




