匂い
午前9時頃。文也の家の玄関前に桜が立って居た。
その少し後ろに、不貞腐れ気味の翔太が居る。
「何剥れてんのよ!だからわたし1人で大丈夫って言ってるでしょ。敏子さんとだったら話し聞く位は出来るんだから」
「ちゃんと成仏出来てたらの話しでしょ!
どうせ僕が着いて来ると思って言ってる癖に。
危険って分かってる場所に1人で行かせて、何かあったら僕が母さんや志穂子さんに何言われるか分かんないだから……止めても聞かないし!
大体、女子中学生が独り住まいの男の家に1人で行くってのも、どうかと思うよ!」
「分かった分かった」
桜は少し嬉しそうに言いながら、インターホンを押した。
「はい……ああ……少し待って……」
少し間があった後、文也の掠れた声が聞こえて来た。
「文也さん風邪でもひいたのかな?昨日はそんな様子無かったのに」
「随分と掠れ声ね……色々あったから疲れが出たのかもね」
カチッと音がして玄関扉が開いた。
「⁈……」
文也が扉を開き、家の中が見えた時、桜と翔太は唖然とした。
そこには、玄関一面に、足の踏み場の無い程の靴が散乱していた。
「悪いね、どうぞ」
文也は昨日の今日で、随分とやつれていた。
「どうしたんですか?何か有りました?」
「取り敢えず中へ……ああ、靴踏んづけちゃっていいから」
そう言われても……2人は必死に足で靴を掻き分け、自分の靴の場所を作ってから脱いだ。その後は靴の上を1、2歩歩いて床に辿り着いた。
廊下やリビング……いや、家中あちらこちらに何かしらが散乱していた。
3人は無言で廊下を歩く。
リビングに入ると、文也は2人にソファに座る様促すと、自分は部屋の向かいに有る台所へ消えた。
2人はソファの上の物を、気を使いながら除けると、何とか収まった。
暫くして、氷と飲み物が入ったグラスを3つ、トレーに乗せた文也が入って来た。
「あ、お構いなく。すいません」
桜が慌てて立ち上がり、グラスをテーブルに置くのを手伝った。
「ああ、いや!今日も暑かっただろう。熱中症にでもなったら大変だから、まずは飲んで」
3人は冷たい飲み物で一息ついた。
「これは?……」
翔太が口に出した。
『はーっ!』文也は溜息を吐いた。
「今迄も時々あってね。嫌がらせでやってると思ってたんだ。佐登美が来た日からずっと……佐登美が入院してからは無かったから、母親が嫁いびりでやってるとばかり思ってた。
それが昨日、帰ったらこの有様!
はじめは、俺が居ない間に警察が来て、家中ひっくり返して帰っちまったのかとムカついたんだけど。文句の1つでも言ってやらなきゃ収まらないって……だけど、暫くして冷静になって見ると、ずっと家の中で音がしてる事に気付いた。バタンって重い音や、パチッと軽い音。何の音か分からないけど誰も居ない筈の部屋から聞こえて来る。気になって行って見ると、勢い良く飛んで来た何かが、俺の目の前を横切り壁にぶつかって落ちた。1つが落ちるとまた次の何かが飛んだ…そして壁にぶつかって落ちるを繰り返していた。それが一晩中……煩くて参ったよ。おかげで寝不足なんだ」
「そこ⁈……煩いって、嫌々煩いとかじゃ無くて、他にあるでしょ」
「翔太、何言ってんの?文也さん大丈夫ですか?今日は辞めます?」
「あ、いや!大丈夫だよ。寝不足は慣れてるから」
「慣れてるって、そんなもん慣れないですよ。大分疲れてるみたい」
「えー、本当は怖くて眠れなかったんじゃないのー?病院で八重さん見て腰抜かしてたじゃん!本当に恐怖心感じないなんて事有るんですかー」
翔太は文也に、探る様な視線を送り分かりやすく嫌味を言った。
「あれは、腰を抜かしたんじゃ無くて、行成だったから驚いたんだよ!相手が幽霊じゃ無くたって、あの場合は……」
「じゃあの部屋は⁈」
「……⁈」
「あの部屋はどうなの?怖くて封印したんじゃないの?」
「あの部屋は……あんな事があって母が怖がって……母の為にああしただけなんだ」
「じゃじゃ、親友の大倉さんの話は?何年かぶりに会いに来て、すっごい怯えて爺さんの話してたって」
「ああ……あの頃の事は全く覚えて無いんだ。大倉に会いに行った事も……ただ……時々、佐登美にも、魘されてたって言われる事があって……潜在意識の中には有るのかも知れないね。忘れていた恐怖が……」
「あるんじゃん!」
翔太は得意げに言った。
「翔太!!しつこい!今はそう言う話をしに来たんじゃ無いでしょ!」
翔太の頬がプッと膨らんだ。
『恐怖心が分からない!』
昨日の文也の言葉が、ずっと引っかかってる。
格好つけ過ぎじゃないのか!
そんな都合の良い話しが有るのか?
認めたく無いが……本当なら羨ましいじゃないか!
大体どうやったらそんな都合の良い体質になる?
子供の頃に、どれ程のショックを受けたらなれるのか?普通は逆だろう……トラウマになったって話ならよく聞くけど!
翔太は悔しかった。
日々、霊の存在に怯える自分が小心者と馬鹿にされている様で、つい嫌味を言ってしまった。
「何絡んでるのよ」
「別に!」
翔太はプイッ!と横を向いた。
「君には見えるんだろ?何がどうなってるんだ?」
翔太の嫌味もまるで気に留める様子も無く、話しを先に進める文也。
「どうなの?翔太!仁絵さんや敏子さんもどう?居る?」
そう言われて辺りを見回してみる。
特にその場にそぐわない人物?は、見当たらない。
「何か感じる?」
翔太は秋田川に尋ねた。
秋田川は首を振った。
その時僅に翔太の鼻が、微かな匂いを感じた。
「何も見え無いけど……」
「そう」
「1時間位前から、何か静かなんだ」
「何かを察してるのかしら……」
「ただ……」
桜と文也は同時に振り返り翔太を見た。
「何?」
「微かに……匂いが……」
「匂いって……本当に?わたし感じ無いけど……」
「多分、必死に隠してるつもりなんだろうけど」
「その匂いって、君にも分かるのか?」
文也が驚いた顔で翔太を見ている。
「母親が一時期騒いだ事があったんだ。いつの間にか言わなくなったと思ったら、今度は佐登美が言い出して……どっちも俺には……一体何の匂いなんだ?」
「霊の匂いだよ!何処かでこちらを監視している」
「何故?何故わたしに分からないの?」
「隠れてるんだよ!霊の匂いは霊には分からない筈!なのにここの霊は、自分の匂いを知っている。人間が呼吸を止めるみたいに匂いを止めてる……そんな事するなんて普通の霊じゃない」
「一吾さん?」
「んー…取り敢えずここで敏子さん呼び出すのは危険かも」
「そっか……どうしたらいいだろう……残念だけど、諦めるしか無いか」
「翔太!ここに敏子さん居ないのよね」
「うん!多分」
「居るとしたら、亡くなったこの場所以外有り得ない筈。成仏出来てると考えても良さそうね……よし!家行きましょう」
「ここの霊に怯えて、素直に成仏したのかも。ところで家って桜の家?」
「そうよ!」
「えー、お婆ちゃんとかお母さんとか、お弟子さんとかいるじゃん!大丈夫ー?」
「お弟子さんじゃないってば、勝手に居着いてるだけよ。それに、大丈夫よ!わたしの仕事部屋が有るし」
「お弟子さん?仕事部屋?お前等って本当……何者なの?」




