知らせ
俺の夏休みはこれで終わりか……
佐登美がああなってしまって、佐登美に会う事もままならないし、1人でどう消化したものか考えあぐねてはいたが、こんな事になるとは……
しかし、もう何日目だろう
文也は毎日、敏子の病院に寄ってから警察署に来ては、毎度この殺風景な部屋に通され、毎度同じ話しを聞かれていた。
もしかして?俺が疑われているんだろうか?
何度も同じ説明を、うんざりするくらいさせられていた。
母さんは、あれ以来ずっと意識が戻らない。
微かな呼吸をしながら、辛うじて生きている感じだ。
あれ程悪態をついてた口も、今度いつ開くのか……
「それで、君のお父さんだけど……」
目の前に居るのは、以前病院に来た2人とはまた別の刑事で、久我の落ち着きと常識を持った、日下くらいの年齢の刑事だ。
名前は、鳥居修一と言っていた。
「お父さんじゃ無いですよ。母親の内縁の夫です」
毎日毎日、説明説明って、もう逆立ちしたって何も出ないよ!
一体どうなってるのか、こっちが説明して欲しいくらいなのに……
「そうなんだ。じゃ、その内縁の夫の森内重蔵がさ、否認してんだよね」
「否認?って、何を今更……それで俺を疑って
る訳ですか?」
「疑ってる?嫌々、別に君を疑ってるつもりは無いんだよ。ただね……妙な事を言ってるんだよ」
「妙?……」
「君のお母さんと森内は、毎朝きっちり8時に家を出るそうだね。別に2人共仕事してる訳じゃ無いんだろう」
「普段俺の方が仕事で先に出ちゃうから、母達が出掛けてるのなんか知りませんでした」
「んーそっか。でね、その森内が言うには、8時を過ぎると……何か、出るらしいんだよね。君の家!聞いた事有る?そんな話」
思わせぶりに話すと、ゾクゾクっと肩を窄め、誰も居ないであろう斜め上を手で払ったりしている。
「以前母親が、そんな話を騒いでた時期がありましたけど……最近は静かになったと思ってたのに……そう言えば、佐登美もそんな事を……」
佐登美の病院での事を考えると、以前の様に思い切り否定も出来なかった。
「でもねー、警察がハイ!分かりました!犯人は呪いか霊の仕業でしょう……って訳行かないのよねー」
「でしょうね……」
鳥居は、妙に砕けた話し方をする。ふざけてるのか?と疑ってしまうくらいだが、相手の緊張をほぐそうとしてるのか?元々なのかは定かではない。
しかし、そのせいで、文也もついつられて軽く返答してしまったりする。
「俺は見ましたよ。重蔵さんが母を包丁で刺すところ」
「うーん、だよね!それは何十回?いや何百回くらい聞いてる」
「何百回は言って無いと思いますけど…」
「あはは…そうかい。で、森内だけどね。過去に精神的な病気してたって話し聞いて無いかい?」
「精神的な病気?聞いて無いです!今回の事を言いたいなら……重蔵さんはどちらかと言うと、そう言うの信じないタイプだと思いますよ。母に付き合ってるって感じだったし」
「うーんそっか、分かりました……色々ありがとう。大変な時に悪かったね。これ以上は何も変わった話しはなさそうだし、取り敢えず今日で終わりにしよう。お母さん元気になるといいね。お大事に……御苦労様でした」
鳥居はおもむろに立ち上がると、扉に向かって歩き出した。
文也は突然の解放に面食らっていた。
「どうぞ、気を付けてお帰り下さい」
と言って、扉を開け文也を促した。
文也は拍子抜けした感じで扉に向かって歩いて行くと、丁度開け放れた扉辺りで、駆け込んで来た男性と出会い頭にぶつかった。
文也は大きく弾き飛ばされて、後ろによろけたが、鳥居に支えられ転ばずに済んだ。
鳥居はがっしりとした体格で、身長も175cmある文也よりも10cm程高いだろうか。
男の方は肥満体格が功を奏してか、何も無かった様にその場に突っ立っていた。
「北方君、危ないよ!その体格で思いっきり体当たりしたら、危うく警察署内で殺人事件が起こるところだったからね!気を付けなさい!」
鳥居が間の抜けた注意をする。
「あ、すいませんでした。あの、石上文也さん?」
「えっ?あ、はい!」
文也は軽くお辞儀をした。
「病院から連絡があって、先程お母さんが……亡くなられたそうです」
「えっ⁈」
鳥居も文也と一緒に声を上げた。
「亡くなった?何故もっと早く連絡を寄越さない?何て病院だ!警察署に居る事は分かってるだろう」
鳥居は憤慨し、声を荒げた。
「いえ!あのー……1時間程前にも連絡したそうなんですが、いつになっても来ないからと病院から再度連絡が……」
「何故1時間前に言って来ない?」
「いや、それが……」
「誰だい?その連絡受けたの」
「それが…………日下さんで……」
『日下⁈』その名前を聞いて、文也は病院での一連のやり取りを思い出した。
一体どう言う事だ?俺の事が気に入らなそうだったが……それだけで⁉︎…
警察と言う責任有る職に付いてる人間が、子供みたいな事をいつまでも……常識の判断が付かないとは、文也は怒りが込み上げるのを感じた。
「日下?……それで、日下は何と言ってるんだ!」
「はぁ……ただ忘れてたと……」
「忘れた?……何故そんな大事な事を忘れる?……」
そう言って文也を見た。
「日下さんって、病院に来てた刑事さんですよね。最初から俺に敵意剥き出しでしたから……態とですよね」
文也は怒りで震えていた。
「あのぉ……それで……課長に、忘れたは無いだろう。無責任過ぎるって指摘されて……そしたら、どうせグルだ!前の2人も絶対殺ってる!先に落としちまえばいいんだよ!やり方が生温いんだ!これで少しは懲りて素直に話すだろう……って……」
北方は、言って良いものか迷いながら、結局申し訳無さそうにしながらも、全部話してしまった。
文也が怒りで飛び出す……前に鳥居が飛び出した。
「日下ーっ!!」
鳥居は腹の底から日下の名前を叫んだ。
踏み出す足の圧力が、廊下に大きく響く。
大きな身体の鳥居の背中は、迫力があった。
さっき迄の人懐っこく砕けたイメージが、文也の中で激しく覆った。
北方に止められるかと思ったが、文也は怒りが収まらず鳥居の後を追った。
北方は止めるどころか、恐縮しながら道中ずっと平謝りしていた。
デスクが並んだ部屋の中に、鳥居はズカズカ入って行く。流石に文也は入り口で止まり、日下を探した。日下は椅子の背もたれに反り返ったまま、横を通る女性警官に何やら話し掛け、怪訝な顔をされていた。
その反応を見て、何やらヘラヘラ笑っている。
そんな事に夢中になっているせいか、鳥居に全く気付かない。
「日下ー!!」
鳥居がもう一度大きな声で怒鳴った。
日下の耳元で……
日下は飛び上がって椅子から転げ落ちた。
鳥居は日下の胸倉を持ち上げ、目線を合わせると、
「お前!取り返しが付かない事したなぁ…忘れるなよ!ただじゃ済ませねーからな!」
そう言って手を離すと、日下は力が抜けたまま床に崩れた。
文也は鳥居の豹変に面食らったが、少しだけすっとした。
そして、我に返り病院へ向かった。




