静かな不安
2人は大河内家で昼食迄ご馳走になっていた。
沙織の手料理は、志穂子の手料理となんら劣らず、お洒落でセンスがあって同じ位美味しい物だった……多分!
ただ、沙織の言葉があまりに衝撃過ぎて、料理の味が半分も分からずにいた。
食事をする3人の、余りに浮かない表情に堪え兼ねた沙織は、話した事を後悔した。
『気のせいかもね。きっと気のせいよ!』と、何度も言っていた。しかし、仁絵を感じたのは紛れも無い事実だろう。
大河内も『そんな筈は無いだろう。気のせいだよ』と笑ったが、心からでは無い事は皆分かっていた。
夕方、夕飯も一緒にと言う夫妻の言葉に、2人は必死に遠慮した。
「また、いつでも遊びにおいで」
大河内夫婦は翔太と桜と共に、バス停迄歩いて来ると、バスに乗り込む2人に優しい笑顔で手を振った。
「ありがとうございます」
桜も笑顔で振り返し、翔太は黙ってお辞儀をした。
翔太は話しをする気になれず、ただバスの振動に身を任せていた。
石上の家で感じた違和感が、ずっと頭から離れないでいる。
隣で話す桜の声も、遠くに聞こえていた。
バスを降りると、桜の声はまだ続いていた。翔太の沈黙も破れた。
一体どうなってるのかしら、頭の中がごちゃごちゃだわ。
1度整理しないと……桜は翔太の家に向かう道すがら何やらブツブツ言いながら歩いている。
翔太はその後ろを、今日も帰らないのね……と諦めモードで歩いていた。
祖母の八重子さんが亡くなって、一吾さんの娘が頻繁に東城家を訪れる様になった。
おそらくこの娘って言うのが、敏子さんじゃないかって、以前に翔太と話してたのよね。
仁絵さんは、屋敷に出入りする娘の存在を知らないと言っていた。
帽子の女は、一吾さんの死亡推定時刻に屋敷にいた。
その日を最後に帽子の女は現れ無くなった。
沙織さんが感じた様に、帽子の女と最後の帽子の女が違う人間だったとしたら……そして、最後の帽子の女が仁絵さんだったとしたら
仁絵さんは嘘を付いていた!
それはお爺さんの死亡推定時刻に居たのは、仁絵さんだった事を意味してる。
一吾さんを殺してしまった仁絵さんが、帽子の女に変装して家を出た。
その後、何処かで着替えた仁絵さんが帰宅。
そして、亡くなってる一吾さんを発見!
これが本当なら、これって全然計画的よね……
その事を敏子さんは知っていた?
知っていて仁絵さんを脅していた?
そうなると、生け贄の話しも……
一吾さんの復讐?だったのかしら
仁絵さんは娘の姿を見た?と言うより、元々娘を知っていたのかしら
「ねぇ翔太!仁絵さんは、敏子さんがお爺さんの娘だって知ってたのかしら」
「八重さんが生きてる間に会いに来た時は、仁絵さんは小学生だったって言ってたけど……」
「その時、仁絵さんもその場に居たの?」
「いや、はっきりとは言って無かったけど……」
「そう。でももしその場に居たとしたら、小学生位なら顔覚えてるわよね。そうなると、敏子さんが言っていた、病院で偶々出会ったって言うのも嘘臭いわね」
「うん……そうだね」
「文也さんといつになったら連絡取れるかしら?」
「いつもの伝手で聞いてみたら」
「そうね!」
そう言うとおもむろにスマホを取り出し、何処かに電話をかけ始めた。
「あ、こんにちわ。桜です!……またお願いしたい事があって……4日位前に、石上文也って言う男性が警察に呼ばれて、話を聞かれてるらしいんだけど……ええ……そうなんです……よろしくお願いします。はい、じゃ!」
そんな簡単にOK?って、一体誰と話してたの?
恐るべし謎の組織!
翔太は自宅の前に着くと、インターフォンを押した。
「翔ちゃんお帰りなさい。桜ちゃんは?」
志穂子さんのほっとする声が聞こえて来た……が、最後の言葉に少し騒ついた。
「志穂子さん、ただいま」
桜がいきなり画面の前に立ち塞がり手を振った。
そうやって期待するから、本人帰りたがらないんじゃないのか!
チョコとマシュ迄、僕より桜を歓迎する様になったし……2匹の薄情さにはいささか腹が立っていた。
しかし、こんなに帰りたがらないのは、やっぱり自分の家じゃ安らげないのかなぁ?
ここじゃ屈託無く笑ってるけど、家で笑う事有るんだろうか?
家族も何も言って来ないし、心配じゃ無いのか?
夕食後、絶妙なタイミングで桜のスマホが鳴った。桜は画面を確認すると、待っていた相手だったのか直ぐに応対する。話しながら席を立ち扉に向かって歩き出すと、扉の前を行ったり来たりしながら暫し話し込んでいる。
茜は締め切りに追われているらしく、早々に仕事部屋に篭ってしまった。
寛いでいた鯖トラが、飛ぶ様に階段を上がって行ったが、暫くしてションボリ降りて来た。
志穂子は鼻歌を歌いながら後片付けをしている。
翔太はリビングのソファーに腰掛け、秋田川に石上の家の話しをしてみた。
「前回行った時に感じた、邪悪な感じが全然無くなってたのは、なんでなんだろう。邪悪どころか、なんの気配も無くなっちゃって」
「んーしかし、完全に無くなった訳ではなさそうだな…」
茜に見放された鯖トラが、翔太の足に絡み付いて来た。
「えっ!痛っ!どう言う事?お爺ちゃん何か知ってるの」
翔太は足で、鯖トラを押さえ付けた。
「いや!はっきりとは分からないが、完全に消えた気がしないんだよ。何か胸騒ぎがするんだ」
「確かに……重蔵さんが敏子さんを刺したのだって、何か可笑しい。何かが動き出してる気がする」
「気を付けろ翔太!」
「うん!分かってる」
翔太は秋田川の目を見て頷いた。
「翔太!翔太!今、例の伝手からの電話だったんだけど……」
「ああ、例の謎の組織!」
「え、何?謎の組織って!ううんそれより、入院してた敏子さんが……今朝亡くなったそうなのよ」
「亡くなった!!」
「文也さんの警察での聞き取りも大まか終了みたいで、今夜には敏子さんと自宅に戻ってるらしいわ。ただ……重蔵さんが否認してるんですって」
「敏子さん刺したの重蔵さんじゃ無かったの?真犯人は文也さんとか?」
「ううん!そうじゃ無くて……呪いだって言ってるらしい。誰かが自分の中に入って来て、そいつが敏子さんを刺したんだって言い張ってるらしいわ」
「……!」
翔太は思わず秋田川を見た。
秋田川は無言で頷いた。




