帽子の女
「どうしたの?」
リビングを行ったり来たりしながら考え事をする桜。
ソファに腰掛けそれを目で追う翔太。
無視したかったが、声を掛ける迄辞めそうも無い桜の無言の圧力に、根負けして声を掛けた……今ここ。
魔法の箒で文也と3人で話しをした日から5日が経つ。
その間に夏休みの宿題を片付けるべく、2人は外からの誘惑を遮断し没頭していた。
ある程度目処が付いたところで、桜が文也に連絡を入れた。
「文也さんに連絡が取れないのよ」
「それを、何故僕ん家で考えてるの?」
「そう言う問題じゃ無いのよ!ここがあなたの家とかそう言う事全然問題じゃ無いの!」
「いやいや、自分の家で悩めば?朝っぱらから鬱陶しいし、そろそろ家に帰りなよ!」
「何て冷たいの翔太!いつからそんな子になってしまったのー」
茜が頭を抱え大袈裟に嘆いて見せた。
「本当よ〜翔ちゃん!婆ぁーばそんな翔ちゃん見たく無いわー」
志穂子が茜のノリに合わせて鼻をすすり、泣き真似をする。
志穂子さん迄⁉︎母さんや桜の安っぽい茶番劇に付き合って……
翔太は突っ込む気にもならなかった。
「翔太は優しい子だ!」
1テンポ程遅れて、聞こえてはいないが茜と志穂子に向かって秋田川が抗議した。
「ありがとうお爺ちゃん!」
一通りの流れで終わったつもりでいたが、蒸し返す感じで少し気にはなったが、翔太にだけ届いた祖父の優しさに、取り敢えずの感謝の言葉をかけておいた。
「真剣に聞いてよ翔太!あの時わたし、ちゃんと連絡するって言ったわよね?なのに何で連絡取れないのよ!なんかあったんじゃないか⁈って、普通不安になるでしょ?」
「さっきまでふざけてたのはそっちだろう。なんかその感じ、恋人と連絡取れなくて苛ついてる彼女みたいだよ」
「それが真剣じゃ無いって言ってんの!」
桜は腕を組み頬っぺたを膨らませ、翔太を睨みつけた。
「そんなに不安なら、家に行ってみたらいいじゃん!知らない訳じゃ無いんだから。あ、因みに僕は遠慮しておくけど」
翔太は自分を守る言葉を、忘れずに付け加えた……つもりだったが、翔太の口から期待通りの言葉を引き出した桜は、小躍りして喜んでいる。
「何言ってるのよ!言った責任は取って、翔太が居ないと始まらないわ。そうね善は急げよ!今から文也さん家に行って見ましょう」
桜は抵抗する翔太の腕を掴み立ち上がらせると、後ろから背中を押し煽った。
「いつ迄もパジャマのままでいないで、着替えて着替えて!」
「桜ちゃん、良いお嫁さんになるわねー。将来翔太のお嫁さんに来てくれないかしら……」
「本当にそうなってくれると嬉しいんだけど」
茜と志穂子は目を細め、2人を微笑ましく見守っていた。
「ちょっと!そこの2人‼︎やめてくれるかなー」
翔太は振り返り茜と志穂子に抗議した。
「いいから!さっさと着替えて来なさいよ!」
桜は翔太を2階へ上がる階段迄追いやると、行け行けと両手を振った。
翔太と桜は久々に石上家の前に立っていた。
と言うより、呆然と立ち竦んでいた。
自宅の周りに張り巡らされた、立ち入り禁止のテープが2人の行く手を阻んでいた。
テープには警視庁の文字。
「何かあったのかしら?って言うかあったのよね……翔太、何も見えない?」
「んー……以前みたいに邪悪な感じも無いし……なんか空っぽって感じ?」
「どう言う事?」
翔太は肩を竦めた。
2人はトボトボと、石上家の周りを遠巻きに歩いて見た。
「あれ?君達!」
背後から微かに聞き覚えのある声が聞こえて来た。2人はその声に振り返ると、そこには大河内が立っていた。
「あっ!ああ、お久しぶりです。あの時は本当にお世話になりました」
桜は振り返った瞬間戸惑った表情をしたが、一瞬で笑顔を作った。
遅ればせながら、翔太も慌ててお辞儀をした。
「ニュース見て来たのかい?びっくりしたろう。いやー大変だったんだよ。救急車が来たり、パトカーも何台も来て、そりゃー大騒ぎだったんだ」
「ニュース⁈ですか?何かあったんですか?」
予想もしない大河内との再会と、ただ事では無い雰囲気に桜は恐る恐る尋ねた。
「え?知らないのかい?いや、今、自治会でその件の話し合いの帰りでね。ま、ここじゃなんだから家においで、時間あるんだろう?」
そう言って大河内は、2人に向かって愛嬌の良い優しいおじさんという感じで、おいでおいでしながら自宅に向かって歩き出した。
「えっ?あ、はい!」
桜は慌てて大河内の後を追った。翔太もそれに続いた。
立派な門に大きな家、またこの家に来る事になるとは、思ってもいなかった。
「沙織、俺だ!開けてくれ」
大河内はインターホンを押し、中に居る妻に扉を開けさせた。
客が居る事も付け加えると、沙織は軽く会釈をしながら出て来た。顔を上げ、大河内の後ろに居る翔太と桜を捉えると、沙織の顔は満面の笑顔になった。
「あら、いらっしゃい!久しぶりね。嬉しいわぁ、嫌な事件があって気持ちが塞いでた時だったから、可愛いお客様が来てくれてほっとするわ」
相変わらず、年齢の割には可愛らしい仕草に懐かしさを感じた。
妻の笑顔を見て、大河内は満足そうに2人を家の中に招き入れた。
以前と同じ、高級そうなアンティークの家具が揃ったリビングに通され、あの時と同じどっしりしたソファに座らされた。
手際良くお茶を運んで来る沙織。前回と同じタイミングで入って来た事には、デジャヴを見ている気がした。
お茶を飲み一息つくと、大河内が話し出した。
「4日前の朝、あの家の奥さんが刺されたんだ」
「刺された⁈」
翔太と桜は同時に叫んだ。
思いもかけない言葉に、2人は飛び上がりそうになった。
「刺したのは、旦那らしいが……息子も一緒にいたとかで、毎日警察に呼び出されて遅く迄事情を聞かれているらしい」
「重蔵さんが、敏子さんを……どうして?」
「4日前って事は、わたし達と会った次の日よね。一体3人に何が……」
缶詰状態で宿題してた時期か……翔太は頭の片隅で考えていた。テレビもスマホもいじらせてもらえなかったからなぁ。
「詳しい事は、まだ分かってないんだ。ただ……3度目だろう、あの家でそんな騒ぎが起きたのは」
「3度?ああ、以前にもお爺さんが事故で亡くなってるんでしたっけ?」
「そうなんだ。ところで……仁絵の事はあれから何か分かったのかい?」
「ああ、はい。少しだけ……」
桜は仁絵は既に亡くなっている事を告げると、亡くなった事情を少しだけ説明した。
ただ、その死に文也家族が関わっている事は、まだ伏せておいた方が良いと考えた桜は、敏子が文也の為に考えた、警察への言い訳を説明した。
「そうか……やはりなぁ。そっか残念だ」
それだけ言って、大河内は掌で目の辺りを覆った。
「そんな気はしていたけど……寂しいわね」
沙織はハンカチで涙を拭った。
翔太もつられて目頭が熱くなった。
暫ししんみりした空気が辺りを覆った。
「あの……東城一吾さんには、外に娘さんがいたらしいんですが、見掛けた事は有りますか?」
「娘⁈あの爺さんに娘?まー、居ても不思議は無いけどなぁ。あの爺さんなら外にいくらでもこさえてそうだし」
大河内は腕を組み、思い当たらないと言う風に首を振った。
「娘さんかは分からないけど……お婆さんが亡くなって暫くして……やたら派手な女の人が出入りしてする様になったのを、何度か見掛けた事が有るわ……いつも大きな帽子を目深に被って、人を避ける様に家の中に入ってしまうから、顔は良く分からなかったけど……」
沙織が記憶を手繰り寄せる様に、話し出した。
「そんな事あったのか?」
「ええ、昔あなたにも話した事あった筈よ。
見掛けるのはいつも昼間だから、あなたは仕事でいらっしゃらない時間帯だったから。多分、仁絵ちゃんの居ない日を見計らって来てたんだと思うの。仁絵ちゃんにあの女の人は誰?って聞いた事があったんだけど……仁絵ちゃん全然知らなかったみたいで驚いてたわ」
多分……敏子さんよね。
桜は小声で翔太に告げると、翔太は黙って頷いた。
「あの日も……来てたのよねー……」
沙織は言って良いものか、遠慮勝ちに話し出す。
「あの日?」
桜はお茶を一口啜り、沙織の方を見ながらティーカップを置き、そう問いかけた。
「お爺さんが亡くなられた日!警察は早い段階で、池で足を滑らせた事故によるものと断定してたから……思い過ごしかと思って誰にも言えなかったんだけど……あの日、庭の手入れをしていた時、あの女性が家から出て来るのを見掛けたの。暫くして仁絵ちゃんが帰って来て、池で亡くなってるお爺さんを発見して大騒ぎに……で、その死亡推定時刻って言うのが、わたしが女性を見掛けた時間帯と一緒なのよ。
それ以来、その女性を見掛ける事もなくなったし……」
沙織は、やっと話せてほっとしていた。
ずっと言えない後ろめたさを感じていたが、警察の決定に物申す程、沙織は自分の意見を主張する押しの強い女性ではなかった。
それが本当なら、敏子さんがお爺さんを……
それを仁絵さんに擦り付け様としたって事?……
桜と翔太は顔を見合わせて小声で話した。
「でも……あの後よくよく考えてみると……最後の日に見掛けた女性って、今迄と少し雰囲気が違ってたのよね……」
沙織はこめかみを抑え、思い出しながら話している。
「そうなんですか⁈そっか、元々顔を見た事無かったんですものね。摩り替わってても分からないですよね。でも……そうすると、誰?……」
「わたし、その時何故か、仁絵ちゃんじゃないかって思ったのよね……」
「えっ‼︎」
その場に居た3人が一斉に声を上げた。




