生け贄
「ああ……多分、そう言う事だったんだと思う」
深いため息をついて文也が話し出す。
「あの頃母は、急に呪とか儀式とか、手当たり次第にはまり始めたんだ。家の中に祭壇を作り、朝から晩まで俄か祈祷師みたいな格好で髪振り乱して拝んでた」
辛い記憶を辿りながら話す姿には、以前の様に苛ついたり隠したりするそぶりは無かった。
「仁絵も、最初はお守りをする感覚で、母に付き合って一緒になって祭壇に手を合わせたりしていた。
それがある日突然『生け贄が必要だ!生け贄だ!』と母が騒ぎ出した。
そして当たり前の様に、生け贄の役は仁絵に当てられた」
「生け贄……」
「仁絵もこの時はまだ、あんな事になるなんて思ってもいなかったから、ただ母が落ち着くのを待っていたんだと思う。
僅かな食料と水、そして簡易トイレだけが与えられあの部屋へ」
「あの部屋……」
翔太と桜はため息を漏らした。
「食事も碌に与えられず、日を追う事に中の仁絵を想像するのが恐ろしくて、何をしていても何処にいても、仁絵の事が頭から離れなかった」
翔太は文也をじっと睨んだまま。
「久々に帰宅した時、我慢出来なくなって『いい加減にしてくれ!』と、初めて扉を開けた。
そこには、ムッとした臭いと、痩せ細り息も絶え絶えな仁絵の姿があった。
仁絵は、驚いた顔をしながらも俺の顔を見ると嬉しそうに笑って『大丈夫だから』と、か細い声で一言だけ言った。
その顔が、今も目に焼き付いている」
文也の目から涙がこぼれ落ちた。
「その時、何故助けなかったの⁈」
「そこまでだったんだ、俺に出来る事は、勢いに任せて開けては見たものの、その先は何も考えて無かった。
既に動く事もままならない状態で、汚れた部屋や衰弱してまるで老婆の様な姿を、仁絵は俺に見られる事を拒んだ。出て行ってくれって言われて、どうして良いか分からないまま、俺は立ち竦む事しか出来ないでいた。
やがて、ヒステリックに叫ぶ母の声と共に、扉は再び閉じられ鍵を掛けられた!」
文也は肩を落とし、俯いたまま。
「それから2週間程して、仁絵が死んだと職場に連絡が来た」
「なんて事を……」
文也はポロポロと涙を流しながら、何度も頷いた。
「そうだ!俺は仁絵を見殺しにしたんだ。あの後ずっと家に帰る事を拒み続け、現実から目を背けた。何も無かったふりして夢中で働いた。あの時の仁絵の様子を見て、母達も長くは無いと察した。もう自分で食事をする事すら出来無くなっていたし……自分達に責任が掛からない様に、暫くの間あの家を離れていたそうだ。帰ってすぐ部屋を覗いて息をしていない仁絵を確認した」
「酷い!殺人じゃない!放っとけばいずれ仁絵さんが死んでしまうって……分かってて」
「ああ確かに、死ぬだろって思ってた。仕事中もずっと、ずっと考えてて、いつ死ぬんだろう……もう死んでるだろうか……とか」
「…………」
「亡くなった時、少しホッとしてる自分がいた。でもすぐ、今度はいつ死んだんだろう?死後どの位経ったんだろう?警察には何て説明すれば……怖くなって」
鮮明に蘇る記憶に震える文也。
それをただ冷めた目で見下ろす翔太。
「どうしていいか分からず、ただ呆然とするしかない俺に母が畳み掛けた。
仁絵の死に気付かなかった言い訳を、母が考えたシナリオで、口裏合わせををする様に言われ……俺は従った」
「結局!自分の事ばっかりね。浮かばれないわ」
桜は何度目かの溜息を深くついた。
「爺さんから……仁絵を殺せ!と、お告げがあったと母が言っていた」
文也が思い出した様に付け加えた。
「お母さんは、何故そんなにお爺さんの影に怯えてたの?会った事も無いのに……」
「あの……」
暫く何も語らず、何の反応も無かった翔太が唐突に声を発した。
「何よ翔太!」
「さっきお婆さん……あ、八重さんの方ね。で、八重さんが言ってた事と、文也さんが言ってた事が、どうも頭の中でグルグルしてるんだけど……」
桜と文也は、怪訝そうに翔太を見た。
「2人が言ってた事って何?」
「ああ、あの後僕にだけ、八重さんが言ってたんだ。爺さんが唯一愛人に産ませた娘が、一度だけ会いに来た事がある……って」
「娘?」
「うん!その娘って言うのが、やたら東城家の財産に執着してたらしくて、八重さんが思うに、爺さんの愛人の母親から、羽振りの良い思い出語りでも聞いて来たんだろうって」
桜は文也を見た。
「お母さんの父親って……どっかの資産家って言ってたわよね。何はともあれ、お母さんはそう信じてたのよね……何で気付かなかったのかしら……翔太グッジョブ」
そう言って桜は、自分より背の高い翔太の頭を両手でもしゃもしゃにかき回した。
「辞めろよ!」
そう言って翔太は、後ろへ跳ね除けた。
「爺さんが、母さんの父親だって言いたいの?……」
まるで見当違いの話をはしゃいで話す2人を、文也は怪訝な顔で割って入った。
「心あたり無い?」
「そんな話、聞いた事無いし……って言うか、あり得ないでしょ」
桜は腕を組み、何かを考えている風で動かなくなった。
その間、翔太も文也もそれぞれ頭の中を整理しながら、難しそうな顔で考え事をする桜の言葉をじっと待った。
「すっかり遅くなっちゃったわね。取り敢えず今日はもう終わりにしましょう。文也さん後で連絡します」
漸く呪文が解けた様に動き出した桜から出た言葉に、翔太と文也はガッカリした。
「あ、ああ」
物足りなさを感じながら、文也はそう答えるしか無かった。
文也と別れ、翔太と桜は翔太の家に向かうバスに揺られている。
疲れているのか2人は無言のまま、すっかり暗くなった窓の外を眺めている。
明るい街並みを抜け、やがてバスは灯りの少ない暗闇に向かって消えて行った。




