表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/77

5-7

 まさかとは思った。

 妹尾トモキは、ディスオーダーに殺された少女の父親である。十年前、捜査中に坂本とも会っている。病で早くに妻を亡くしたという彼は、男手一つで娘を育てた。だからこそ、娘が死んだときの彼の悲しみというのは相当なものだったに違いない。

 ネットで彼の名を調べると、真っ先にNPO団体の名前が出てきた。『NPO団体 ヒカリの会』娘の名前から取ったとされるその団体は、ディスオーダーをはじめとする危険な電脳薬品から人々を守る活動をしているようだ。妹尾は、その団体の理事長とある。

 妹尾の自宅は江東区にあり、ヒカリの会の事務所と兼用のようだった。

 坂本は捕まえたタクシーにその住所を言うと、しばらくのあいだ目をつむり、眠りについた。


 江東区、亀戸。町工場や古い商店、商社の資材置き場などが乱立する中に、NPO団体ヒカリの会の事務所はあった。

 見たところ、比較的新しい建物のようだった。古いビルをリノベーションしたのだろう。二階建てのそこそこの広さを持った事務所だ。

 都内にこれだけの土地を持つには、それなりの金がいる。娘が死んでから、彼のもとにもいくらかの金額は入ってきたのだろう。

 坂本はそこまで想像して、やめた。あまり深く詮索するものではない。

 それから彼女は、事務所のインターホンを押した。むろんIDタグ検知式のもので、相手側には訪問者が警察関係者であると示されているはずだ。

 しかし、待てども応答はなかった。

 やろうとすれば、警察権限で無理に押し入ることも出来る。令状を持っていれば、の話だが。いまはもちろん出来ない。

 坂本は少し困り顔になって、事務所の周りを見て回ってみた。見ると、昼間だからかもしれないが、事務所内には明かり一つついていない。人気を感じない、とはこのことだろう。

 不審に思った坂本は、押し入りたい衝動をぐっと堪えた。

 するとそんなとき、ある女性が坂本に声をかけてきたのだ。

「あら、妹尾さんのお知り合い?」と。

 坂本はすぐに振り返って、声の主の姿を見た。

 向かいにある文具店倉庫で働く老婆だった。

「ええ、そうなんですが……。彼は、いま出ていらっしゃるんでしょうか?」

「さあ、わたしにはわからんねえ。むしろ知りたいぐらいですよ。妹尾さん、一ヶ月ぐらい戻ってきてないんですよ」

「戻ってきてない? すみません、その話詳しく聞かせてもらっていいですか?」

「いいですけど……あら、おたく警察の方で?」

「はい、一之瀬警備保障のものです」

 坂本はそう言う間にメモ帳とボイスレコーダーを視界上に起動。早速録音をスタートした。

「それで、妹尾さんが戻ってきていないというのは?」

「一ヶ月ぐらいですよ。先月からなんだか忙しそうで、最後にあったときに挨拶ついでに聞いたんですよ。『ここ最近お忙しそうですが、どうかなされましたか』って。今思えば失礼だと思いますけど、それでも彼の反応はおかしかったんです。なんか、無視するみたいで……。いつもは明るくて、笑顔の素敵な方なんですよ。人望も厚くって。いろんなところに講演会にも行ってるってきいて。たぶん仕事だと思うんですけど……でも、妙な感じだったので……」

「妙な感じと言いますと?」

「なんていうか、焦っているというか……何かを隠しているみたいで……私と話すときも妙に挙動不審だったんです」

「挙動不審、ですか……。わかりました、ありがとうございます」

 録音終了。

 メモ帳に書き出したデータも保存する。

 坂本は、だんだんと状況が飲み込めてきた。おそらく犯人は、妹尾トモキで間違いない。


 坂本は、それから千代田区へと戻る途中で、何度も妹尾の番号に通話を求めてみた。彼が代表を務めるヒカリの会の番号。おそらくそれは、妹尾の電脳の番号だろう。それも、事業者向けの番号だ。

 しかし、かけどもかけども繋がることはなかった。

 千代田区に入り、オフィス街へと戻ってくることには、もう日も沈んでいた。


 坂本真矢の自宅は、港区は南青山にある。一之瀬のオフィスまでは電車と徒歩で二十分弱。タクシーに乗ればそれ以下という距離だ。

 東京都内でも屈指の地価を誇る港区のタワーマンション、その中層階が彼女の自宅だ。しかし、坂本自身がそこに帰ることはそうそう無く、半ばセーフハウスと化していた。そしてこのときも、彼女は自宅をセーフハウスとして利用していた。

 古いオーディオ器具と、有名絵画のレプリカが並ぶ室内。一歩部屋に入り込むと、レコードプレイヤーが針を落とし、ショパンの英雄ポロネーズを流し始めた。

 一見すれば、教養あるキャリアウーマンの文化的な家宅に見えるだろう。しかしそれはすべて偽装で、坂本にクラシックの趣味はない。むしろ彼女の青春は、ロックンロールとともにあったぐらいだ。

 坂本はレコードが奏でるアナログな音色を気にすることもなく、白いソファに横たわった。上着は背もたれに引っかけて、仰向けになる。彼女は静かに目を閉じて、電脳にアクセスした。

 スリープモード。眠りにつく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ