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5-6

 すでに日本から死刑制度が廃止されてから久しいが、しかし東京拘置所にはまだその名残が残されている。いわば、刑執行までの死刑囚が来るべき時を待つ場所だ。

 死刑は廃止されたものの、代わりにそれと異なる刑罰が生まれた。それを完全隔離と呼び、主に日本における重罪人の多くはそのような処罰にかけられる。

 完全隔離とは、あらゆるモノから当人を引き剥がすこと。それは娑婆からでもあり、そして当人の肉体からでもあった。完全隔離を宣告された受刑者は、もれなく電脳化手術を施され、そして肉体との接続を切られる。脳核だけにされて、その状態で拘置所に保管されるのだ。

 東京拘置所に残された死刑囚の名残とは、それだ。かつて死刑囚がとらえられていた監獄は、いまや高い天井を有する尖塔の中のようになっている。そして、小型のエレベーターが中央に通ったその壁面には、一つ一つ抽斗ひきだし様のモノが備え付けられている。それが電脳の保管庫であり、その抽斗の一つ一つに重罪人の脳核がしまわれている。肉体とも娑婆とも切り離され、永遠の孤独へと投げ込まれた狂人の末路だ。


 坂本真矢は、また電車とタクシーを乗り継いで拘置所までやって来ると、IDタグを表示して難なく所内まで入っていった。刑務官たちは、坂本の姿を見るたびに訝るような顔をしたが、彼女が笑いかけると、何でもないというように居直った。

 東京拘置所完全隔離棟は、非常に奇妙な建物だ。教会の尖塔のような場所で、そこに何十人という受刑者の脳核が保管されている。

 警察庁はこの完全隔離システムが発足した二十年ほど前に、重大犯罪者の脳核を走査スキャンし、そのデータをもとに殺人などの重犯罪を未然に防ぐプロジェクトを立ち上げた。しかし、二十年経ってもまだ何の情報も漏れてこないあたり、プロジェクトは頓挫したように見える。あるいは、極秘裏で進められているか。


 坂本は、所内にある隔離区画に入った。尖塔のように高くそびえるそこは、どこまでも高く連なっているように見える。

 彼女は塔の中央に鎮座するエレベーターに乗り込むと、マイクに向かって言った。

「久城修の脳核へ」

《受諾しました。九一〇号、久城修の電脳にアクセスします》

 エレベーターが動く。

 ゆっくりと床板が上昇し、ちょうど地上四階ぐらいのところで停止した。それから円形の床板は回転して、『九一〇』のところで停止した。

 番号の書かれた抽斗が、自動的に坂本に向かって開いた。その中には、養液に浸されたチタンと肉の固まりがある。表面には赤で整理番号がマーキングされている。

 開いた抽斗のすみには、電極を挿すコネクタがあった。コネクタにはすでに電子防壁が搭載されており、受刑者が異常な反応を示した場合、すぐにでも接続切断カットアウト。最悪の場合、処刑もやぶさかではないこともある。

 坂本は上着の内ポケットからケーブルを取り出すと、それを自身のこめかみとつなげた。久城とは、実に十年ぶりの再会になる。


 観戦隔離の受刑者と面会するのは、実に奇妙な感覚だ。そこに視覚や聴覚といった五識はなく、ただなぜか相手に言うことを知る(﹅﹅)ことが出来る、という深い知覚があるだけ。目に見ることも、声に聞くことも、肌に触れることも出来ない。しかし、確かにそこに一つの人格があるのだと、そう知ることはできるのだ。

 しばらく、虚無の中に沈黙があった。だがまもなく、湖面に小石でも投げ落としたように波紋が広がった。

《珍しい人が来るものだ。坂本真矢とは。何をしにきたんです?》

《暇つぶしにでも付き合って貰おうと思って。完全隔離の気分はどうだい、久城修》

《何も感じないよ。本当に、夢を見ることさえない。坂本さん、あなたはものすごく眠くて、倒れるように眠ったことはありますか?》

《バタンキューってやつ? あるわよ》

《バタンキュー……? よくわかりませんが、まあいいでしょう。ともかくそうなった時、目が醒めるまでまったく時間の感覚が無く、突然眠りから醒めませんか? 夢を見ることもなく、眠ったという感覚もなく、時間というものを感じる意識すらもない……。完全隔離とはそういうものなんです。ちなみに坂本さん、今は西暦何年ですか?》

《あなたが逮捕されてから、ちょうど十年よ》

《十年か。じゃあ、このあいだ目が醒めた時から、意外と時間は経ってないんですね》

《このあいだ、というと?》

《面会者がいたんです》

《あなたに?》

 坂本は訝るような声色で言った。いや、正確には声にはなっていない。電気信号として、彼女の考えは久城の電脳に届けられる。

《ええ。誰だと思います? ……って、そんなことより、またどうしてあなたが僕のもとへ?》

《あなたが逮捕された事件、覚えてるでしょ?》

《ああ、ディスオーダーですか。いまでも覚えてますよ。惜しいとこまでいったんですけどねぇ……。もしあれが爆発的に拡散できたら、僕らネオ・ラッダイトは世界史に名を残すことすら出来たでしょう》

《悪名高いテロリストとして、ね》

《英雄として、ですよ》

《それはどうかしら。だってさ、あなた結局、彩山堂病院での一件はテストだったんでしょ? 試験段階で警察にバレたんだから、大したこと無いわよ》

《確かにそうですね。まあ、いいですよ。……でもあなたがここに来たってことは、また起きたんでしょう? 無秩序ディスオーダーが》

《イヤなくらい勘が鋭いわね。そうよ、ディスオーダーらしき症例が十年越しにまた現れた。しかもその被害者というのが――》

《桜井医師の娘でしょう?》

《……どうしてわかったの》

《簡単ですよ。だって僕は、その犯人と話をしているんだから》

《犯人と話をしたですって? やはりあなたが――》

《いいえ、今回ばかりは僕が犯人ではないです。見ての通り、僕はただの脳核。何も出来ませんから。ただ、つい最近ある方と面会したんです。僕を恨んでる方ですよ。彼は言いました「俺はお前にも、この世界にも復讐する。そうすれば、すべて元通りになる。神は俺を見放していなかった」って》

《それは誰?》

《答えるとでも?》

《答えなさい。それは誰? 犯人は何者なの?》

《それぐらい調べたらどうですか?》

《答えなさい》

《僕の口から言ったら、駄目なんです。守秘義務がありますから、こうなるんですよ》

 久城はごまかすようにつぶやく。

 そして直後、暗転した視界ペイント・イット・ブラックに赤い文字列が現れた。

通信断絶カットアウト

 坂本の意識は、強制的に現実へと引き戻された。


     *


 現実に意識が戻ったところで、坂本は軽い舌打ちをした。彼女がここまで感情を露わにするのは珍しいことだった。

 それから彼女は、拘置所のエントランスにまで戻って、そこで一人の所員を捕まえた。三十代ぐらいの若い刑務官だ。

「あの、すまないけど、ちょっと面会者のリストを見せてほしいのだけど」

「面会者のリスト、ですか。事前に令状をいただければ、アクセス権限は貸与できますが。あなたは……?」

「一之瀬警備保障の坂本といいます。捜査で必要な資料でして。久城修の面会者リストが見たいんです」

「久城修の、ですか」

 とたんに刑務官の顔がゆがんだ。

 彼はそのとき、坂本の頭上に映るARタグを見ていたのだろう。準警察企業・民間武装組織、そこの中間管理職。そんな人間が、どうしてと思ったのだろう。

「お願い。かなりヤバい事態なのよ」

「ですが……」

「頼むわ」

「いや、ですから……」

 刑務官は少し困ったような顔をして、あたりを見回した。上司はいないようだ。

 彼は耳打ちするように、坂本に言った。

「わかりました。特別に与えますので、それで勘弁してください」

「ありがと。恩に着るわね」

 言って、彼女は軽くウィンク。

 制限付きアクセスキーを得ると、リストにアクセス。それを眺めながら、拘置所を出た。そしてまたタクシーを拾うと、次の行き先を言った。

 リストにあった名前。それは――

 妹尾トモキ。十年前にディスオーダーで死んだ妹尾ヒカリの父親だった。


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