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5-5

 さすがに限られた者にしか情報を解禁しないデータベースというだけあって、そこまで行くとゲートが彼女を阻んだ。エレベーターを降りて資料室に入ろうとすると、すぐに視界上に警告が表示。立ち入り禁止であると告げられてから、まもなく白衣姿の男がやってきた。

「すみません、そこから先は許可がないと入れないんですよ」

 男は瓶底メガネのような義眼を瞬きながら言った。

 白衣に精密義眼。色白い生身の肌。いかにも研究者肌といった感じの男だった。拡張現実(AR)表示させているタグにも、九大医学部卒で警視庁に入った、と書いてある。どうにもその手の仕事がやりたくて入った人間のようだった。うす気味悪い笑みは、まるで彼がこれまで見てきたホトケの数を表しているようだ。

「あら、そうなの。でもねぇ、私も入れないと困るのよぉ」

「そうは言いますがね。上の許可を取ってください。お願いします」

「あらそう。じゃあ、あなた今、直属の上司に上に伝えるように言ってくれないかしらん? 坂本真矢がデータベースにアクセスしたいって。ちょっち十年前の事件で調べたいことがあるのよ」

「お宮ですか?」

 迷宮入り事件のことだ。そうではなかったが、坂本は一応首を縦に振った。

「まあ、聞いてみます。ちょっと待っててください」

「お願いね。いい答えを待ってるわ」

 男はそれから白衣のポケットに手をつっこんで、ノラリクラリと通路を歩いていった。彼の電脳中では、いまごろ上司とやりとりをしていることだろう。

 そうして彼が廊下の角を曲がろうとしたとき、突然足が止まった。それから彼は震えながら、坂本のほうへと振り向いた。ただでさえ色白い彼の顔は、なおさら白くなっていた。

「あの、すっごいスピードで許可が下りたんですけど……あの、おたくはどちら様で……?」

「しがない外注企業の中間管理職よ。良いお返事が聞けてうれしいわ」

 坂本は、ぎこちなくウィンク。さすがに抗齢処置アンチエイジングもムリなところにはガタが来ている。

 そうして彼女は、科捜研のデータベースへと足を踏み込んだ。


 データベースルームは、いわば図書館のようなものだ。省庁付けの図書室の、さらに分館とでも言うような立ち位置である。

 室内は空調が効いており、必要以上に寒かった。それはすべてブックシェルフのように立ち並ぶ外部記憶装置メモリーを保護するためのもので、人間のことなど考えられていない。それどころか、坂本が入ってきたことを関知し、室温管理用の義脳が空調のスイッチを強にしていた。

 仕方なく彼女は、上着のボタンを交うだけして、書棚のなかへと入っていった。

 しかし、いつ来ても壮観であると坂本は思った。

 地面と天井から、所狭しと生えている黒いブックシェルフ。その一つ一つが緑色の作動ランプを輝かせ、妖しげに立ち尽くしている。

 書棚一つにつき、およそ五年分のデータが入っている。それらはすべて科捜研が収集した警察関係機関の捜査データであり、どのような事件であっても、仮想空間(VR)上で捜査状況を完全に再現が可能だ。

 坂本はそんな量子コンピュータの群の中から、十年前のデータを持つ筐体に相対した。この群の中ではまだ若いほうだ。

「さてと、懐かしさに浸ってみますか」

 彼女はつぶやいてから、上着のポケットから有線ケーブルを取り出し、それを自身のこめかみとブックシェルフとに繋げた。

 没入ジャックイン

 十年前の捜査資料に、彼女はアクセスする。


     *


 見えたのは、薬剤師逮捕の瞬間だった。民間警察の職員が、さながら総回診のごとく列を成して院内へと流れ込んできた。受付の女性が何事かと顔を上げたが、すぐに首を引っ込めた。彼らスーツ姿の行進の頭上に《警察企業》のタグを見たからだ。

 刑事たちは、しっかりとその令状へのリンクも張り付けていた。アクセスしてみれば、すぐに何の用があって、何の権限があってやって来たかわかる。だから受付嬢は何も言えなかった。

 坂本はその様子を、ある捜査員の視点から見ていた。その視界の持ち主はもちろん坂本ではなく、まったく別企業の捜査官だ。電脳は当時の彼の情報と完全に同期しているわけではなく、ただ視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の五識が感ぜられるだけ。そこから生じた当人の感情などは、まったく再現されていない。むろんそれは保安上のためだ。

《スキップ。シーン4へ》

 脳内でつぶやくと、それに義脳が応じた。

 視界が暗転。四番目のシーンへとスキップする。そこは、ちょうど薬剤師が移送されていくところだった。ジャケットを被せられ、顔を隠された男が護送車へと運ばれていく。

 どこからか嗅ぎつけたマスコミが、撮影用のドローンを飛ばしている。捜査官の一人がドローンから身を隠すようにして、薬剤師に被さった。 

《スキップ。シーン8》

 またしても視界は暗転。

 今度は逮捕後、尋問室に閉じ込められた薬剤師が映った。

 坂本は、その光景をマジックミラー越しに見た。企業の尋問官が、薬剤師の男と相対している。ミラー越しにこちらの姿は見えない。だから、坂本ーー正確には今彼女が憑依している人間の記録メモリーーの姿は、彼らからは見えない。

「どうしてこんなことをした」と尋問官。

「きょ、強要されたんです……」

「誰に」

「大学時代の先輩です」

「名前はわかるか。そいつについてわかることは?」

「活動家です。大学時代からネオ・ラッダイトに傾倒してました。義体化を昔から毛嫌いしてました」

「名前は?」

「クシロ……クシロ・シュウです」

「字はどう書く」

「久しい城で久城。シュウは修得の修です」

「にんべんのか?」

「ええ」

 男はうなずき、それから尋問官がメモを取った。

《スキップ。シーン24》

 跳躍。

 視界暗転。時刻は約二週間後へ。問題の久城修の逮捕へと飛んだ。

 この事件は、いまでも記憶に残る一斉検挙であったと、坂本も覚えている。これで一時的にネオ・ラッダイトの活動は沈静化した。しかし、それももう十年前のこと。彼らは虎視眈々と時を待っていた。その現れが、先日のクグツ暴走事件だろう。彼らがまた十年前の事件の再現をーー復讐を考えていてもおかしくない。

 ーーだとしたら、今回の犯行もネオ・ラッダイトによるものなのかしらん?

 坂本は思ったが、しかしどこか引っかかる。


 それからしばらく、坂本は捜査記録を垂れ流しにしていた。捜査員の主観から見る、当時の光景。しかし不思議なことに坂本の主観による映像はない。彼女の捜査記録は、ある事情により削除されている。

 もし今回の一件が十年前の再現だというのなら、いったい誰がそんなことをしているのか。いや、そもそもこれが十年前の事件の模倣とでも言えるのだろうか。まだ坂本の知りうる限りでは、被害者は桜井咲のみだ。

 ふと思い立ち、彼女は都内病院の資料にも目を通してみた。映像を垂れ流しながら、目は拡張現実(AR)のドキュメントファイルを追う。

 残念ながら、そのような事例は無い。自傷行為と心身の不一致といった症例は腐るほどあったが、その中でも肉体へ拒絶反応を起こすもの。それも急激に反応を起こしている症状は、ここ最近では一件もない。

 であれば、被害者は桜井咲だけになる。

 あるいは、これから被害者は増えていくのか。

 そう考えたところで、坂本は離脱ジャックアウト。意識を現実へと戻した。

 とたんに肌寒い感覚が戻ってくる。思わず身震いしてから、彼女は電極をこめかみから抜き取った。

 次に行く場所は、もう彼女の中では決まっていた。

 東京拘置所だ。


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