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その日、松本製作所には一台の業務用トレーラーがやってきていた。午前十一時頃だったろう。倉庫の内に入ってきたトレーラーの荷台には、ひときわ大きなコンテナが繋げられていた。
「ひゃー、なんていうか、デカいわね」
コンテナを見上げて、エレン・クロガネはつぶやいた。
こんな大荷物が松本製作所に運び込まれるのは、実に三年ぶりのことだという。ちなみに、その時に荷物こそART-X・クロガネだった。
今回運び込まれたのは、クロガネに追加する新装備だった。サオトメ・インダストリーズが試験用に開発した非致死性兵器らしいのだが、試験型のため買い手もなく、無駄に倉庫の費用を食うばかり。それゆえサオトメ社も処分に困り果てていたというシロモノだ。それをどこからか坂本部長が買ってきたという。しかし、坂本はそれがいくらしたのか、またどんなルートでそんなモノを得たのか、まったく明かしてはくれなかった。
「きっと銃とかそういうのだと思ってたんだけど……このデカさは何なんだ?」
そういうのは、当のクロガネのパイロットである黒田恭介。彼は今朝から、坂本に命じられて松本製作所に来ていた。パイロットとしてちゃんと新装備の導入に立ち会いなさいとか何とか。
コンテナからブツを出すにはずいぶん時間がかかりそうだった。何しろかなり大きいのだ。クロガネは全長七メートルほどだが、それと同じぐらいのサイズがあるらしい。
コンテナから取り出してクロガネに接続するには、まだ時間がかかりそうだった。クレーンを動かすのに手間取っているからだ。
松本製作所の格納庫には、一応備え付けのクレーンが天井より吊されている。古式のものだが、パワーは現代のものにもひけを取らない。コンソールによる操作式なのが玉にきずだが、使えないことはないモノだった。
もっとも、松本澪の場合は別である。
先ほどから二階キャットウォークに近くあるコントロールルームから「ぶべっ!」とか「あばっ!」とか「どぶっ!」とか奇声が聞こえて、そのたびに床が大きく揺れているのだ。
澪は、超が付くほどのドジである。それは恭介も、先日初めて会った時に把握していた。
――本当にこの調子で大丈夫なのか……?
陽が暮れてしまいそうだ。
そう思った矢先、恭介とエレンに通信がかかってきた。発信主はどちらも呉石譲二で、どうやらグループ通話のようだった。
二人が通信を受諾すると、呉石は大きなため息をついた。
《なによ、辛気臭いわね。なにがあったの?》
《二人共はやくオフィスまで戻ってこい。緊急事態だ》
「あの……実はまだクロガネの装備取り付けに時間がかかりそうで……」
恭介がそう言ったとき、またコントロールルームで奇声が響いた。
《そっちは後回しだ。かなり面倒な事件が舞い込んできたように見える》
《どういうことよ》
《部長が仕事を取ってきて、しかもあの人が「捜査に手出しはするな。私一人でやる」なんて言い出したんだよ》
「えっと……なら、部長に任せておけば――」
《わかった。すぐ戻るわ》
言い掛けた恭介に反して、エレンは落ち着いていた。
彼女は通信を切ると、恭介の襟首を掴んで外へと向かった。
「ミオ、アタシたち急用が出来たから!」
と、叫びながら。
*
部長が一人で捜査に乗り出した。
それは、この一之瀬警備保障では、類まれなる一大事だった。
オフィスに戻って来るや、憔悴しきった様子の呉石が二人を出迎えた。
「何があったの、ジョージ」
「どうもこうもねえさ。今朝がたお前たちが出払った後、部長が一本の映話を取ったんだ。そしたら急に神妙な面もちになって、捜査に出てくるって言い出したのさ。俺はもちろん『何の事件ですか』って聞いたんだが、部長は『それは来るべきときまで話せない。みんなには通常業務でいるように伝えて』って言って出ちまったんだよ」
「そりゃ、ヤバそうね」
二人はうなずきあい、まるで世界の終わりでもやってきたみたいな顔をした。
しかし、恭介にはさっぱりだった。確かに部下に捜査を割り振らないのは奇妙だが、だが部長の裁量で仕事を配分したまでと考えれば別におかしくはない。だから恭介には、どうして二人がここまで焦っているのかがわからなかった。
「あの……どうしてそんな慌ててるんです。部長の言うとおり、通常業務に戻ればいいんじゃ……?」
「そういう訳にはいかないわ」
「そうだ、黒田。そういえばおまえ、部長がこの仕事に就く前にどこにいたか知っているか?」
エレンに続けて、呉石がうなずきながら言った。
「いえ、わかりませんが……」
「そうだ。わからないんだ」
「へ?」
「あの人がいないから言うが……ああ見えて、部長はすでに五十代を越えている。バリバリのベテランだ。それがどうしてこんな零細の警備企業にいると思う? 一説によるとだな。あの人はかつて、公安外事課の『ヤマ機関』にいたって話だ。通信傍受と暗号解析を専門とし、対外諜報活動に特化した、いわばスパイ組織だ。だが部長はそこで何か爆弾を抱えてしまい、民間に行かざるを得なくなった」
「まさか、あの人が――」
「そう思うだろう。だが、そうかもしれないんだよ。ほかにも外務省の役人だったとか、麻薬取締の上役だったとか、いろいろキナ臭いウワサが絶えないんだ。そんな人が一人だけで捜査させろって言うんだから……。しかもな、実は、何年か前にも同じような事例があったんだ」
「そのときは、どうだったんです……?」
恭介は、思わず生唾を飲んだ。
「そのときはな……」
と瞬間、三人のもとに通信が掛かってきた。
突然のコール音に三人とも驚いて頓狂な声を上げてしまった。しかもさらに三人を驚かせたのが、その発信主だった。
それは、坂本真矢からだったのだ。




