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ART-Xクロガネは、その後方にバンを牽引するような状態で待機していた。
恭介とアスカが指定した座標は、神田川にかかる小さな橋だ。車が対面交通するのがやっとなぐらいの幅で、普段は近隣住民が徒歩で使うぐらいのものである。
クロガネと擬装バンは、橋の中腹あたりに停車。完全に道を封鎖していた。バンはパトランプをまたたかせ、また電磁迷彩の応用でコンテナ部分に『道路封鎖中 ご迷惑をおかけしております』と案内表示を出してある。
あとは目標が来るのを待つだけだった。恭介はクロガネ機内で待機。念のためショットガンを構えている。
一方アスカは、バンのコンテナ上部に乗って待機していた。エレンと恭介が取り押さえ次第、そこから飛び降りて涼村の補助義脳を探すつもりなのだ。
あたりは、しんと静まり返っていた。パトランプを見てやってくる野次馬もいない。光によってたかるのは蛾のような羽虫ばかり。近隣のマンションの窓から顔を覗かせる者もいたが、それもほんの数えるぐらいなものだった。
「エレン、こっちは位置についた。そっちは?」
クロガネ機内。恭介は、N+システムでエレンの様子を追いながら言った。見た限り、おおむね順調だった。
《なんとかしてるわよ。あと三十秒もあればそっちに着く。こいつがアンタたちのことに気づいてなければ、うまくいくはずよ》
「わかった。成功を信じよう」
《信じるまでもないわ。成功させるしかないのよ》
通信終了。
その直後、夜の住宅街に猛烈なモーター音が響いてきた。またアスファルトを粉砕していくような音も。
あと、二十五秒――
もうすぐエレンが最後の角にさしかかり、橋へと通じる袋小路にやってくる。涼村と、彼女のパートナーを引き連れて。
二十秒――
アスカがクロガネの二つ眼を見上げ、小さくうなずいた。彼女は腰に巻いたウェストポーチに触れ、中にある多重電子防壁の電源を入れた。クグツなどにも搭載されているサオトメ・インダストリー製の携行型外部防壁端末だ。
それから、すぐにモーター音が鋭くなった。
クロガネの集音マイクが、エレンの声を拾い上げる。
「こんのやろォォォー!!」
十秒――
刹那、恭介の視界に一体の女性型義体が姿を現した。バスローブのように黒いカーテンをまとったカラダ。真っ白い顔をケープで隠して、暗闇の中を疾走する。暗幕のような布の中から、赤い瞳が妖しげに光った。
「恭介、きたよ!」アスカが叫んだ・
「わかってる」
ショットガンを構える。
敵味方識別装置が義体を容疑者と認知。火器管制オン。ショットガンの照星と照門が自動的に目標へと動いていく。
するとどうだ。罠にハメられたとようやく気づいたのだろう。涼村の義体は驚いたように目を見開いた。しかし、もう遅い。
恭介は引き金に指をかけた。棒立ちのまま道を塞いで、砲台になるぐらいだったらクロガネにだってできる。
「そこの義体、止まりなさい! こちらは準警察企業、一之瀬警備保障です。抵抗する場合は、実力をもって――」
彼は警告を読み上げるが、やはり応じる気配はない。
――撃つしか無いのか。
一瞬のためらいが、彼の脳裏によぎった。
その、次の瞬間だ。
涼村リリは、その身にまとっていたカーテンを高く放り投げたのである。クロガネの義脳がそちらに反応。動体反応の識別をし始める。
――まずい。
そう思ったときには遅かった。
全裸になった涼村は、勢いを止めずに飛び込んできた。そして彼女は中央分離帯にあるポールに飛び乗ると、それを蹴って高く飛び上がったのだ。巨人よりも、高く。
――通させるか……!
この先は、新宿だ。そこに逃げ込ませるわけには行かない。
一瞬の判断だった。恭介は、今まで開いていたすべてのプログラムを、一瞬でシャットダウンした。クロガネの義脳は何世代も前のものだ。しかも、電脳なしで動くために余計な計算をいくつも行っている。だから、なおさら機体の動きがぎこちなくなる。
だから、彼はそのすべてを切ったのだ。火器管制も、N+システムも、ブラウザも、何もかも。そしてただ動く棺桶となった機体で、彼はカラダを大きくのばしたのである。
マスタースレーブで繋げられたカラダが、背伸びをするようにぐいと伸び上がる。足が伸縮して、アスファルトの大地を蹴りつけた。そして右手に持ったショットガンをバールか何かのように振り上げたのだ。
ちょうど銃口が涼村の腹部に衝突した。その衝撃に、涼村は橋の上へ勢いよく落ちる。一瞬のことだった。
《アスカ、いまよ! なにやってんの!》
事態にいち早く気づいたのはエレンだった。
とっさにやった自分の行為に恭介は理解も及ばず、ただ荒い息を整えるのみ。彼は何もできず、その場に立ちすくんだ。
しかし、涼村は拘束された。アスカが彼女の上に馬乗りになると、電脳を有線接続。すぐに補助義脳探しが始まった。




