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アスカには、いくつか気になっていたことがあった。その一つは、模倣子汚染。そしてもう一つが、『アイ』という名前である。
ムシにカラダを奪われていたとき、果たして涼村の中にあるどの意識がアスカを突き動かしていたかは謎だが、しかし少なくともアイという名の人物が関係していることは間違いない。おそらく、それが涼村リリのパートナーだろう。
アスカは、すぐさま涼村のヴォールアカウントをクラック。彼女の電話帳情報をすべて抜き取った。件数はバカみたいに多かった。一回も電話していない人物から、毎日のように連絡をしている者まで幅広い。涼村もまともな仕事には就いていなかったのだろう。
その中からアスカは、アイという名前のアカウントを発見。アイコンの写真は加工が施してあるため、正確な人相は掴みづらかった。
しかし、このアイという人物は妙に色気があった。艶のある美しさ、とでも言おうか。胸元の開いたドレスを着た彼女は、その風貌からして水商売のスジであるとわかる。
すぐさまアスカは、新宿区内にある売春宿、キャバクラといった場所を検索。アカウントにアップロードされていたアイの写真二百枚ほどから、彼女の大まかな人相を特定、アイの顔を再現した。加工アプリのせいで完璧とはいえないが、無いよりはマシと言えた。
それからすぐに検索結果が出た。結果、一件。
――おかしい、もっと引っかかってもいいはず。
アスカはそう思ったが、とりあえずページを開いた。
何てことのない、キャバレーのホームページだった。しかし在籍情報を見ても、アイとおぼしき人物は見あたらない。
おかしいと思い、アスカは検索の結果がどこに引っかかったのか表示。すると、トップのニュースページだった。どうやらアイは、三ヶ月前に辞めているようだ。
キャバレーに勤める女同士が、実はパートナーだった……。そう考えて間違いない。では、どうして彼女の模倣子が涼村の意識に内在しているように思えたのだ? それとも、本当に犯人は二人だというのか……?
アスカは一度、意識をネット空間から涼村の部屋へと戻した。それから、部屋をもう一度見回した。何度見ても気味の悪い部屋だ。アスカも予備の義体をいくつか持っているが、それでもこれほどのおぞましさはない。
「どう、恭介。何か分かった?」
アスカは念のためだが、彼にも問うてみた。恭介の瞳は、アイウェアの下で忙しく動いていた。
「ああ、分かったよ。パートナーとおぼしき女性は、藤咲アイ。新宿のキャバレー、ファイファーに勤務。でも三ヶ月前に辞めているようだ。それと……」
――驚いた。電脳拒絶症がこんなに調べが早いなんて。
アスカが呆気にとられているところで、恭介はなおも続けた。
「藤咲の名前で検索をかけて色々見てみたんだが……どうやら、彼女は一ヶ月前に死んでいるみたいなんだ」
「一ヶ月前に、死んでいる……?」
アスカは復唱し、その言葉の意味を頭の中で何度も反芻した。
「そうなんだよ。たったいま死亡記事を見つけた。死因はどうやら過剰摂取だって話だ。義体化者向けの神経覚醒剤を常用していたらしい。カフェインみたいなもので、処方箋があれば違法ではないから問題はなかったらしいんだが……」
それから、アスカは覚束ない足取りで部屋中を見渡した。
部屋中につり下げられた無数の義体。模倣子汚染を起こしたと思われる女。そしてムシを使った少女の乗っ取り事件……。
「わかった……」アスカは呟いて、口元を押さえる。「死心による汚染だ。オーバードーズで死ぬとき、二人は繋がってたんだ……!」
死心。
それは、もとは仏教用語であったというが、今では医学・電脳の分野においてある現象の俗称として知られている。
死の心とかいて、死心。
ヒトが死ぬときに発せられる、強烈な情報の集合体のことをそう呼んでいる。電脳が死滅する際、本人の意識のタガから外れて放出される情報の波だ。
その死心が発せられる際、もし死者と有線していた場合、死者の情報=死心は、肉体を求める強い欲求のようなものとともに、有線した相手へ模倣子汚染を引き起こす。そのため、死期が近い人間。または手術中の電脳化者には、有線接続の禁止が命じられている。
しかし、医療現場以外で死ぬときは別だ。突然死をした者が、たまたまそのとき誰かと有線接続をしている可能性というのは、なくはない。
藤咲アイは、薬物の過剰摂取が原因で死亡した。処方箋さえもらえれば手に入るというクスリらしいが、その実電脳ドラッグと考えて間違いないだろう。新宿特別区にあるキャバレーの多くは、用心棒としてヤクザと関わっていることが多い。水商売に手を染めていたのなら、それぐらい手には入っても不思議では無かった。
そして、二人はレズビアンだったと考えられる。
クスリを使った電脳ドラッグセックスに興じていたと考えていいだろう。電脳同士を有線接続し、お互いの快楽物質を共有する。互いに互いの興奮を知りながら絶頂を迎える。最近のはやりだ。おそらく藤咲アイは、その状況でオーバードーズを起こし、死亡した。彼女の放った死心は、有線していたパートナーを汚染。おそらく彼女の精神の中にもう一人の藤咲アイが生まれた。涼村が思う、彼女が一方的に信じている藤咲像が、彼女の中に形成されたのだ。
そして涼村は、自分の中に眠る藤咲の幽霊に従って動き出した。……少女誘拐事件の真相は、きっとそうに違いない。
すべて合点がいった。
二人は水商売の女で、その実レズビアンだった。二人とも金のある娼婦であったのならば、客の嗜好に合わせて、その都度義体を変えるのも至極当然の話だ。義脳によって、限りなくヒトに近い人格を有する機械が生まれてしまった現代。そういった商売における人間の専売特許は、「人間と接している」という感覚と、「ヒト特有のぎこちなさ」というものに限定される。もはや外見、容貌は機械のほうが圧倒的に勝っているからだ。
アスカは確信した。その上で、模倣子汚染による狂気に飲まれた涼村を、女教皇は利用したに違いない。




