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4-6

 一方でそのころ、黒田恭介はカフェから少し離れた駅のコンコースの中にいた。あくまでも尾行しているとも、またおとり捜査をしているともバレてはならない。隠密行動だ。

 恭介はいつものスーツ姿に、デジタル・アイウェアのガラス部分を偏光サングラスモードに切り替えていた。これはマジックミラーのようなもので、恭介のほうからは周りが見えるが、周囲の人間からは彼の瞳を確認することができない。変装のためだ。

 つまり、サングラスにスーツという格好で、彼は駅にぼーっと立ち尽くしていたのである。それも、カフェでお茶をしている女子高生――の見た目をした成人女性と男性――二人組を見ながら。

 今のところ特に異常は無かった。はじめは、エレンのブロンドに学生服という格好に思わず笑いがこみ上げてきたが、よくよく見れば悪くない。そもそもエレンは美人の範疇に入る。しかも色白なので、東洋人にはない美しさがあった。それがいつものファッションではなくセーラー服になることで、多少厳つさも緩和されている。端から見ればどう見たってクラスじゅうの――いや、学校じゅうの憧れにだって見えるだろう。

 エレンとアスカの二人は、それからカフェを出て、家のある方角――という設定の場所――に向けて歩き出した。ここからが本番である。ここから犯人が罠に食いつくか、否か。可能性はアスカの行動にかかっていると言ってもいい。

 恭介は横目に二人を見てから、少し距離を取るようにして歩き出した。

「……よし」

「よしじゃない」

 と、そのとき突然、歩き出した恭介を誰かが制止した。

 右腕にかかる妙な力。

 ふと振り返ると、制服姿の警官が袖を掴んでいた。

「あんたここで何してるの。どこへ行こうとしてたの。ねえ?」

 制服姿の警官。おそらく外注の警ら要員だろう。彼は、恭介にそう言って迫った。

 しまった。と思わず恭介は思った。

 というのも、一連の女子高生失踪事件については、警察企業の関連各社に情報がいっているからだ。捜査担当ではなくとも、怪しげな人物に注意せよぐらいの通達はいっているはずだ。そしていま、恭介はおとり捜査のために身分証明(IDタグ)をオフにしていた。普段なら『準警察企業』と出てくるところだが、いまは『匿名希望』になっている。それで女子高生に扮する二人を追おうとしていたのだ。怪しまれないはずがない。

 恭介はまずいと思いながら、しかし言葉を発することが出来なかった。ここでおとり捜査をバラしでもしたら、犯人に見つかる可能性がある。少なくとも犯人は、卓越したハッキング技術、または高度なムシを有している。近隣の情報をすっぱ抜いて、犯行現場の下調べをすることぐらい容易なはずだ。そこでおとり捜査の警官だとバレたら……すべてが水泡に帰す。

 エレンとアスカに電脳通信をするわけにも行かなかった。恭介は非電脳化者だ。無言のうちの電脳通信も出来るはずはない。

 ――じゃあ、メッセージの一通でも……!

 と、そう思っているそばから、問題の警官が手をあげた。

 彼は恭介のデジタル・アイウェアを顔から引っ剥がす。

「おにいさん、何やってたの?」

「えっと……あの……」

「なに、答えられないの。ちょっと署まで来てくれる?」

「あ、はぁ……」

 仕方ない。

 恭介は渋々、その警官に従って最寄りの交番まで出頭した。


     *


 一杯のコーヒーを飲み終えてから、エレンはアスカとともに駅構内を出た。西口は繁華街になっており、東口は住宅街。駅前は商店が連なっていて、その先に一軒家や集合住宅が並んでいる。

 二人はロータリーを走る無料自動輸送車タクシーの群を抜けると、商店街を通って、歩き続けた。

 やがて異変に気づいたのは、エレンだった。商店街を抜けて、住宅地の交差点に入るころだ。どうにもアスカの調子がおかしいことに気づいた。

「……でさ、そのときのさ」

 義脳の設定に任せ、あることないことまくし立てているときだ。

 突然、相づちを打っていたアスカの声が変わったのだ。「それね、ほんと」と言っていた彼女が、急に重苦しい口調になって唸ったのだ。その唸りは、しかしどちらかと言えば喘ぎにも近いように思われた。

《どうした。もう来たの?》

 と、エレンは秘匿回線で問う。

 しかし返答は無かった。ただ耳を通して聴覚野にアスカのうめきが聞こえるだけだ。

 ――もう来たか。

 エレンがようやく悟った、その直後のことだ。

 電脳に何の警告表示もなしに、突然第三者からの介入が入った。電脳通信の形式をとって現れたかと思えば、通信はワン切り。すぐに消えてしまう。そして直後には、エレンは全身が硬直していくような感覚を覚えたのだ。

 足が止まる。腰へ向かってじんわりと、その感覚は進んでいく。一匹の大蛇が、のそりのそりと這いながら迫ってくるように。

 そのうちエレンの体は、完全に何者かによって支配された。足は独りでにどこかに向かって歩き出す。左手は、隣に立つアスカの手と絡め合わされた。

 アスカはそんな状況をにこやかな表情で見ていた。エレンに笑いかけて、彼は歩き出す。そのほほえみには、普段の彼にはない、そこ抜けた明るさのようなものが垣間見えた。虚構だ。アスカはこんな笑みを浮かべない。

 ――でも、これはおとり捜査。抵抗しちゃいけない……。

 エレンはハッキリとした意識で、堅く誓った。犯人は、いまやエレンとアスカの肉体を手に入れた。では、ここからはアスカの仕事だ。


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