4-5
おとり捜査。
つまりそれは、二十歳過ぎの完全義体の女性二人が女子高生になりきるということ。とはいえ、エレンは十七の時に義体のリサイズをやめているし、アスカもコスプレのために比較的幼いイメージの義体を愛用している。そのため、女子高生の服装をしていても違和感は無かった。とはいえ、エレン・クロガネという人物を知る者からしてみれば、違和感が尋常ではないのだが。
恭介は二人の監視役だった。二人から少し離れた位置より尾行し、犯人とおぼしき人物が万が一接触してきたときに備える。といっても暇な仕事だ。
時刻は夕方。陽の沈みかけるころ。リニアレール車内は、勤めの会社員よりは学生のほうが多い。そこここで制服姿の男女が談笑する声が聞こえてくる。だが、それよりは電脳に潜ってSNSのやりとりをする者のほうが多かった。
エレンとアスカは、学生服姿でそんな列車の中にいた。学校から帰宅する学生の群に紛れて、さも自分たちも高校生であるというように振る舞っている。ただ、エレンはどこかぎこちなかった。
「もうさ、城内のやつ私ばっかり当ててさ。やんなっちゃう。エレンとかぜんぜん当たんないじゃん? なんで私ばっかさぁ……」
「ふぇっ? えーっと……ああ、そうね」
「……ねえ、エレン聞いてんの?」
「聞いてるわよ」
本当に、ぎこちない。
それに何より気になるのは、エレンの手の仕草だ。彼女は、まるで口寂しさを紛らわすように手いじりをしながら、口を触ったり息を深く吸ったり吐いたりしている。禁断症状が出掛かっているようだ。
恭介はそんな二人の様子を少し離れたドア脇から見ていた。壁に寄りかかって、デジタル・アイウェアをみるフリをしながら二人の様子をうかがう。実際彼はアイウェアを見ていた。
いま、彼の視界上には二つのメッセージ画面が起動している。右がアスカからのもので、左が坂本部長からのものだった。
《どう、そっちは順調?》と間の抜けた声を出す部長。
坂本は今日明日と、民間警察企業の企業組合会議に出席することになっている。呉石も付き添いでそちらに行ってしまった。そのため、今回の事件はエレンと恭介の二人で担当することになっていたのだ。
「ええ、まあ。順調かと」
《そう。ならいいんだけど。ま、アスカちゃんもいるし大丈夫よね》
「まあ、おそらくは……」
と、恭介は横目にエレンとアスカの様子を見る。
相変わらず口寂しそうにぼんやりしているエレンと、部活がどうと話しかけるアスカ。なにか、どこか噛み合ってないように見える。
「部長のほうはどうですか? 明後日には戻られるんですよね?」
《まあね。予定通りならそうなるかな。あー、でもね黒田くん聞いてよー、組合幹部の江古田の爺さんがさぁー、わたしのケツ触ってくるんのよー。もうやんなっちゃってさ。これから飲み会にまで誘われてるんだけど、どうしようかしら。ここで媚び売っておきゃウチにもプラスになるかしらん?》
「いや、それは……ていうか、そんなこと言われても……」
《まあ、あのエロジジイのことだししゃーないって割り切ってるけどさぁ。ねえ、どうしよう》
「ですから、そう言われましても……」
そうこうしているうちに、リニアレールが駅に停車した。ようやく都心から離れてベッドタウンに戻ってきた。
エレンとアスカの二人は立ち上がって、前に座るサラリーマンの脇を抜けた。どうやらここで降りるらしい。
「すみません、仕事中なんで。またかけ直します」
《え? 黒田くん、ちょっとぉー! もう少しグチに付き合ってよぉー!》
通信を切って、ウィンドウを閉じる。視界を開かせて、恭介は開いたドアを抜けて駅構内に向かった。
それからというものの、アスカは過去の事件の傾向をもとに行動を続けた。
まず、被害者はいずれも帰宅前にカフェかファミレスに立ち寄っている。そしてその際、位置情報を添付した情報を発信していた。「ドコでダレとお茶してる」というような文面と自撮りの映像データだ。犯人がそのような情報から被害者の位置を特定したのは明白だった。もはやSNSには、実名から通っている学校名、そして現在位置まで明かしているのだから。
アスカは例によって駅前のカフェに立ち寄った。エレンは気乗りしない様子だったが、捜査のためだというと渋々ついてきた。
レジスターは完全無人化しており、3Dディスプレイとホログラムの仮想店員が立っていた。義脳で動く、対人インターフェイスである。
アスカはその前に立つと、少し考えるようなふりをしてから言った。
「バニラ・フレーバー・シンセサイザーwithエスプレッソ・ショットのグランデサイズを二つ。片方はシナモン増量で」
まったく淀みのない注文だった。
「アンタ、よくそんな長ったらしい名前噛まずに言えるわね……」
「ふつうでしょ。それよりエレンも同じのでいいでしょ?」
「まあ……あ、砂糖とクリーム増量で」
《かしこまりました。ご注文を繰り返します――》
対人インターフェイスが長ったらしい商品名を読み上げる。
それから確認を終え、代金支払いを終えると、後ろの厨房で調理が始まった。大きめのカップに黒い液体がそそぎ込まれている。コーヒー・フレーバーの味覚喚起マイクロマシンを封入された液体と泡立ちの良いクリーム。そこへさらに甘めのフレーバーとシナモンがたっぷりを振りかけられる。
商品自体はものの数秒で完成。二人は一つずつカップを持つと、店の隅にある二人掛けの席についた。
店は駅ビルの二階にあり、ガラス張りの店内からはコンコースを歩く学生や会社員の姿を眺めることが出来た。夕暮れ時、帰り路を急ぐ人たちで街は賑わっている。
「はーあ、明日一時間目から杉原だよぉ」
と、アスカ。
ストローに口を付けて、コールドドリンクを飲む。
彼女の言うことは、すべてデタラメだった。女子高生設定の義脳から吐き出された一貫性を持った人格データ。それを元に創出される、女子高生二瓶飛鳥という疑似人格。彼女の口は、無意識のうちに雑談を続けている。
エレンもまたそうだ。彼女はさっさとドリンクを飲み干してしまい、今ではつまらなそうに外を見ながら唇に触れている。気怠そうに相づちを打ちながら、しかし所々で話しに乗ってくるエレン。彼女もまた、ハルの義脳サポートのもと疑似人格に喋らせていた。
では、二人の真の意識がどこに在るかと言えば、電脳空間上である。二人は現実でこそ女子高生が喋っているフリをしながら、しかし電脳空間では捜査官としての話し合いを進めていた。もちろん、暗号通信でである。
《で、どうすんのよアスカ》
《どうするって? 取り敢えず今は、相手の出方を疑うつもりだけど。罠は一通り張ったし、あとは犯人が引っかかるだけね》
《そう都合よくいくものかしら。完全に見えている罠な気がするんだけど。……ところでアスカ、アンタの仮説――つまり百合好きってこと以外に、犯人の特徴は分かってるの?》
《いいや、サッパリ》
《それで本当に捕まえられると思ってるの……?》
《さあ? だからとりあえず、こうやって行動してるんじゃない》
《かなり怪しいところだけど》
言って、エレンは黄昏時の空を見た。
そのころにはもう、アスカの無意識もコーヒーを飲み干していた。




