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4-3

 アスカの趣味が女装とコスプレであることは、彼を知る者なら周知の事実である。そしてその端緒は彼の出生に起因している。

 男として生まれた彼は、先天的に病弱だったために新生児義体化手術を余儀なくされた。赤ん坊のころから機械のカラダで生き続けてきたのだ。生身というものを知らず、電脳と義体の中にのみ彼は在り続けた。

 しかし、そんなアスカが心と体の不一致を覚えたのは小学校五年生の時だった。

 一般的に電脳・義体化手術においては、医療行為を除いて十三歳になるまで禁止されている。その理由は、幼年期の電脳・義体化は心身の不和を引き起こす……という実にざっくばらんとしたもので、本当のところあまり効果は期待できないものと学会の発表でも示されている。しかし今でも幼年期の電脳・義体化は健全な心身の発達を妨げるとして、多くの国で忌避されることが多い。実際、日本の法律でもそのように規制されている。

 小学校の時、クラスで電脳化していたのもアスカだけだった。彼の電脳にはもちろん制限――ペアレンタル・コントロール――がかかっていたが、それでも周囲の子供たちからは羨ましがられた。

「どうしてアスカだけ電脳化出来るの?」

「ずるい。俺もやりたい」

「お母さんが電脳化はまだしちゃいけないって言ってたよ!」

 など、当時の彼は好き放題言われた。

 周囲の者からすれば、そんな隣の芝は青く見えるというような調子だった。だが、アスカの心境はそんなものではなかった。

 彼にとっては、所詮ハンディキャップでしかなかったのだから。


 幼年期の電脳・義体化は、心身に不和を引き起こす。

 学会では何度も論争の繰り返された論題だが、当時のアスカからしてみれば目前の脅威だった。すなわち、自分が自分でない感覚が彼にはあった。それが女性義体への適正――古くの言葉では性同一性障害――であるとわかるのは、まだ先のことだった。

 誰でも幼いころは、母胎内の記憶を夢見ることがある。アスカもまたそうで、ときおりぼんやりとだが、母胎内の景色を夢見た。

 常人ならば、不思議な夢で終わるだろう。

 だが、彼にとっては唯一無二の生身だったころの記憶だった。一種の悪夢だ。

 蘇る肉体の感覚に、彼は肉体と義体との不和を覚えた。あのときのカラダと、いまのカラダ。それを思い出すたびに、何かズレのようなものを覚えるのだ。

 一般にそれを幻肢痛(ファントム・ペイン)と呼ぶ。彼の場合、痛みは伴わなかったが、常に強烈な違和感があった。


 そんなある時、彼はある方法をとることで、肉体と精神の安定を保つことに成功した。それは、母親の義体を借りることだった。

 義体は、一般的に相互貸借の出来ないものである。ブラック・マーケットでは中古品が出回っているとの話だが、正規のマーケットでは新品しか存在しない。というのも、一度使われた義体というものは、使用者の電脳の影響を受けて何かしらの残留思念のようなものを持つからだ。ゆえに使用済みの義体を当人以外の人物が起動した場合、稀に人格・精神への干渉を及ぼすことがある。ちょうど臓器移植をした人間が、移植前と趣味趣向が変わってしまうのと同じである。

 アスカにもそれは分かっていた。だが、彼は分かっていた上で、それを実行した。

 彼女の母も、同じく幼少期からカラダが悪く、全身義体化者だった。そのため、自宅の倉庫には、処分することも出来ず放置された母親の義体が残されていた。

 アスカは、その義体をリモートで動かし、一時的に意識を母胎内へと疑似的に送り込んだのだ。母胎ママル――それは、あくまでも試験管ベイビーを保護するために設けられた、胎児育成用義体のパーツの名称に過ぎない。けれど、アスカは母親の義体に入ることによって、精神と肉体の一致をはかることに成功した。母胎内に眠る自分の本当の姿を求めることが出来たのだ。

 その頃からだ。彼は、自分に女性義体への適正があることに気が付き始めた。そしてそれが、今まで彼を苛み続けた不和の原因だとも分かった。

 彼が女性義体として過ごし始めるのは、それから三年後のことになる……。


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