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今回、一之瀬警備保障に事件が回ってきたのは、なにもムシが関わるから……というだけではない。実はれっきとした理由がある。
一つ。ここ数週間にわたって、都内で似たようなムシによる失踪事件が頻発していること。
一つ。そのムシが、人体に侵蝕可能な高度なものであること。
一つ。そのムシが、ネオラッダイト事件で使われた超ウィザード級ハッカーによるものと酷似しているということ。
ムシはおそらく幻覚系、外部操作系のものと考えられている。すなわち、幻覚を見せたり、カラダのコントロールを奪うかして、少女の肉体を操り、今回ような事件を引き起こした……と考えられた。
ゆえに事件の処理は、万が一のことを考えて一之瀬に依頼された。すなわち、侵蝕したムシが人間から人間へと伝播していき、現実世界になにかしらの悪影響を及ぼすという、最悪の事態を考慮してのことだ。
恭介とエレンの二人は、現場を一通り見てから千代田区に戻った。それから、神田にある二瓶アスカのもとへ立ち寄った。
一之瀬警備保障には、もちろん一定の捜査権限が与えられているが、あくまでも武装企業である。一之瀬の仕事は現実世界に現出したムシの駆除。あくまでもそれがメインだ。だから捜査のほうは、先にアスカたち調査会社が進めていた。
秋葉原にある雑居ビル、その二階。薄暗いオフィスの中にいるのは、いつも二瓶アスカの一人だけだ。しかし、いつも仄暗い印象のオフィスだが、この日ばかりは少し違っていた。
ドアを開けてオフィスに入ると、アスカが仁王立ちで待っていたのだ。いつもはソファーに寝転がって気怠そうにしているのに、今日はやけに背筋が伸びて姿勢がいい。心なしか白衣も糊が利いてバリッとしているように見える。
「よーくきたね、エレン、恭介」
「珍しく威勢がいいわね、アンタ」
いつもと違い、エレンのほうが眠そうだ。
「そう? でもまあ、そうかも。とにかくエレン、伝えたいことがあるの。今回の事件のこと」
「なによ、まさかもう犯人が見つかったとか?」
「さすがにそれはないんじゃ……」
恭介はそう言ったが、即座にアスカは首を縦に振った。
「そうなの。犯人はもう、わかったも同然なんだよ!」
アスカは恭介とエレンの二人をソファーに座らせると、立体映像投影装置のスイッチを入れた。
真っ先に出たのは、一連の事件現場のスキャンデータだった。虚空に十分の一スケールで再現された現場が描き出される。
「この二週間の間に、実は同様の事件が三件ほど発生していた。初めはただの行方不明だと思われてたけど、昨日の一件で警察庁の見方もずいぶん変わった」
「ムシの侵入経路が、例のネオ・ラッダイトに荷担していたハッカーと酷似していたから?」
「そういうこと。えーっと、名前は何て言ったっけ?」
「女教皇」と恭介。「彼女はそう言っていた」
「そうそう、女教皇。そこで警察庁は、早急にこの事件を対処しようと乗り出したんだけど……。実はこの失踪事件、意外な関連があるの」
アスカはそう言うと、手元のデバイスを操作して立体映像を分割表示した。
三つの事件現場が、左右真ん中と表示される。真ん中には、今朝恭介たちも見た全裸の瑞穂と玲良の姿が。そして右側には、学生服をはだけさせたまま路地裏に横たわる女子高生二人組。さらに左には、私服姿の少女二人が半裸の状態で公園の時計台下に折り重なって倒れていた。
「被害者が全員女学生ってこと?」とエレン。
「そそ、その通り。それもどのケースでも、同じクラスの親友二人を選んでいるわけ。しかも、必ずどこかしらカラダを露出して、肌を触れ合うように倒れているところを発見されている。つまりこれは――犯人は、百合好きってことよ」
「ハア……?」
エレンの間の抜けた声。
恭介も思わず言葉が出ず、呆然としていた。正直、犯人が分かったと言うのでどんな情報を得たのかと思えば、なんとも肩すかしなものだ。
「なに。信じられないっていうの?」
「いや、信じられないっていうかさぁ」
エレンは電子タバコを取り出し、スイッチを入れる。熱したコイルから蒸気を吸い込み、彼女は甘いエスプレッソ味の息を吐いた。
「仮によ。仮に犯人が百合好きって仮説が立てられたとして、どうすんのよ?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました」
アスカは不敵に笑むと、ホログラムの電源を落とす。
室内灯が点って、ようやくオフィスは明るくなった。
「さっきも言ったけど、ムシの侵入経路はネオ・ラッダイトの時と似ていて、とても複雑なの。実際に侵入されたあとからだと、相手の履歴をもとに追いかけることが出来ない。ムシは、自分の行動履歴もなにもかも改竄しながら、義脳を侵すからね。だけど、もしリアルタイムで侵蝕されているところを押さえられれば、話は別。相手がどんなに海外サーバを経由していても、向こうが繋がっているなら、こっちからたぐり寄せて調べることが出来る。……つまり、仲の良い女子高生を見つけて、犯人をおびき出せればこっちのものなの」
「でもどうやって次のターゲットになるような女子高生を見つけるのよ」
「簡単だよ」
アスカはそう言うと、オフィスの端っこにあるロッカーを開いた。そこには、種々様々な学生服が取りそろえられていた。
「私たちが女子高生になって、おとり捜査をすればいいんだよ」




