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4-1

 稲村瑞穂イナムラミズホ御崎玲良ミサキレイラの二人は、学校から帰る途中だった。都立光が丘高校の二年生である二人は、同じ吹奏楽部の部員だった。瑞穂も玲良もクラリネットの担当で、クラスも同じ。帰る方向も近いので、入学以来すっかり仲良くなってしまった。

 その日の夕方――おそらく、午後六時半ごろだった――二人は部活の練習を終えて、電車に乗って帰った。それから最寄り駅で降りたところで、瑞穂の提案でカフェに寄ることにしたのだ。カフェといっても、駅構内にある小さなチェーン店。二人はそこでシナモンたっぷりのフラペチーノを注文すると、カップ片手に帰途についた。二人とも家が近いので、途中までは一緒に飲みながら帰った。馬鹿話をしたり、最近見たおもしろいVRの話をしたり、ちょっと気になる男子のウワサをしたり……。

 カフェに寄るのは週に一度あるかないかだが、こうして話しながら帰るのは毎日のことだった。

 そうして二人は、いつも同じ場所で別れる。駅から十五分ほど歩いたところにある、スーパーの手前の道路。右に曲がると住宅街があり、さらに奥に行くと集合住宅が乱立している。瑞穂はこの近くに祖父の代からの一軒家があり、玲良はマンション住まいだった。

 いつもは二人とも、ここで「じゃあね、また明日」と言葉を交わして別れる。そして、翌朝またここで落ち合い、一緒に学校へ行く。「おはよう」と挨拶を交わして。

 しかし、この日はどうにも違った。

 そのとき、瑞穂の目にも玲良の目にも色が無かった。二人とも瞳は俯いていて、瞳孔は定まっていなかった。彼女たちの視界はとてもぼんやりしていて、お互いのことさえも見えないようだった。

 それから二人は、互いの位置をさぐり合うようにお互いの手を差し伸べ合った。スーパーにきている買い物客が不思議そうに彼女たちを見ていたが、二人は気にしなかった。求めるように互いの肌に触れ合い、やがて手が触れ合うと、二人は恋人がするように手を絡ませ、繋いだ。そして二人はどこかへ向かって歩き始めたのだ。

 ――それが、瑞穂と玲良が失踪する前の最後の目撃情報だった。


     *


 瑞穂と玲良の二人が発見されたのは、失踪から三日後の朝だった。第一発見者は、二人が住む住宅街から七キロほど行ったところに住む七十代の男性。しかし、彼は決して二人が捜索願に出ていたことを知って、警察に通報したのではない。死体らしきものを見つけたので、通報したのだ。

 結論から言って二人は死亡していなかったが、意識不明の状態にはあった。電脳が外部から強制的に休眠状態にされ、エラーを起こしていたのだ。

 二人が発見されたのは、住宅街から五キロ北へいったところにある雑木林の中。都内にもこんな場所があるのか? と疑いたくなるような場所だ。そこは第一発見者の男性の私有地であり、長年放置され続けてきた、いわば空き地。老人はそこを庭だと言い張っているが、もはや荒れ野といったほうがふさわしいような様相である。

 二人は、そんな荒れ野の中で全裸で横たわっていたのだ。学生服と鞄は近くに投げ出され、生まれたままの姿になって、二人は手を繋いで仰向けになって寝ころんでいた。

 それはとても幻想的で、ともすれば現実とは思えない光景だったという。老人はそんな二人の姿を見るや飛び上がって、止まりそうな心臓を押さえつけながら、すぐに警察にダイアルしたという。

 それからすぐに地区担当の民間警察企業が駆けつけ、現場を確認。瑞穂と玲良の二人は、すぐに病院へ搬送された。

 二人の命に別条はなかった。ただ、電脳が不安定な状態にあり、彼女たちは失踪から現在に至るまでの記憶情報が無かった。

 瑞穂と玲良はすぐに絶対安静が命じられ、緊急入院。意識がいつ戻るかは不明だが、とりあえず命は守られた。

 しかし、問題が一つある。

 二人を失踪させた原因――電脳の不具合。それの原因は、ムシだ。


     *


 緑に萌ゆる草原のなか、少女の白い裸体が横たわっている。主張が控えめの青い果実のような肢体は、草原に積もった雪のごとく柔らかそうに在る。黒い髪は朝露とともに濡れ、艶を持ち。またぷっくりとした桃色の唇は、瑞穂と玲良、その二人の距離をゼロにせんと向かい合っていた。

 まるで二人は、世界にたった二人だけ遺された少女と少女のよう。お互いにお互いのことを憐れみながら、慰め合っているようにさえ見える。

 しかし、それは間違いだ。

 エレン・クロガネは、視覚野に重層レイヤー表示した現場情報をオフにした。とたんに彼女の視界からは、拡張現実オーグメンテッド・リアリティが失せた。視覚野に現れるのは、現実の情景。ただの草原だ。

 そこは、とても草原とは呼べないほど荒れ果てた雑木林――主人曰く庭――だ。しかし、そこに美しい少女二人というワンポイントが加わることによって、途端に絵画にあるような荒野ヒースに変わる。主題とは常に重要なものだ。

 エレンはその光景を見て嘆息した。

「いったい誰がこんな悪趣味なことをしたのかしらね」

「さてね」

 と、エレンの相棒、黒田恭介は答えた。

 恭介もまたデジタル・アイウェアのAR表記をオフにし、現在の状況を見ていた。

 今回の事件、女子高生二人の電脳からムシが見つかったということで、一之瀬警備保障にまで回ってきた。ムシ関連で面倒な事件となれば、たいがい一之瀬に回ってくるものだ……とは、坂本部長の談である。

「被害者の名前は、稲村瑞穂と御崎玲良。二人とも光が丘高校の二年三組で、吹奏楽部。担当楽器も同じくクラリネット。親友だったらしいな」

「で、レズビアンだったの?」

 エレンが不躾にも問うた。

「そこまではさすがに……」

「あっそ。でも、これだけ見るとそれっぽいけどね……」

 言って、エレンは電子タバコを革ジャンのポケットから取り出すと、ひと吸いした。


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