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3-23

 爆弾が解除されてまもなく、バンは呉石の手によって停車。緊迫した状況はようやく終わりを告げ、テロ事件は一旦の終わりを見た。

 バンは、あと二、三分もあれば警察庁に突っ込んでいたところだった。もう少し呉石が幻影に囚われていたら……爆弾は、どこかで爆発していただろう。


 現在、ネオ・ラッダイトの無人バンは警察庁のクグツに包囲され、爆発物処理班と民間の調査企業主導のもと調べが進められていた。

 その一方で、一之瀬の社員の三人は、バンから少し離れたところでその様子を見ていた。彼らのすぐ近くには、ART-Xクロガネと、HAL-1250Fが停められている。

「連中はすべて織り込み済みだったんだろうな」

 と、呉石が警察庁のクグツを見ながらぼんやりとつぶやいた。

 現場を囲う四機のクグツ。それはJDS-43Cクズザクラ。濃紺のボディと、丸みを帯びたクリアブラックの頭部。シオン改の潜水服地味た野暮ったいボディと比べて、クズザクラはウェットスーツを着たダイバーのようなスリムさだ。それもそのはず、クズザクラは警察機関用の最新型外装義体だ。現状、配備が実現しているのは、政府警察内でも警備部のみ。それも、部内に存在する電脳犯罪対策室・義体対策第四班。通称ダイヨンのみ。電磁迷彩(ECS)による光学迷彩と、背部レイル・インターフェースに装備可能な対熱欺瞞外套アンチ・サーマル・マント。そして手には五〇口径のアンチ・マテリアル・ライフルを切り詰めたような、クグツ用のサブマシンガンが携えられている。銃と火器官制システムは電脳を介してリンクしており、精密射撃も可能になっている。そういうマシンだ。

 おそらく警察庁は――もっと言えば、黒田響也は――初めからこうなることを分かっていて、保険としてダイヨンを寄越していたのかもしれない。すべて織り込み済みだったのだ。

「さすがに新進気鋭の切れ者と言われる黒田管理官ってとこか。もし俺が解除に失敗しそうだったら、クズザクラで強制起爆。被害は民間の警官だけにでもするつもりだったんだろうよ」

 呉石は自嘲気味に言って笑った。

「でも、爆弾は解除できたじゃないですか」と恭介。

「そうさな。でも、それも運任せみたいなもんだしな」

「運任せ?」

 恭介がそう言うと、はたからエレンが首を突っ込んできた。

 エレンは電子タバコを吸いながら、髪をかきあげる。

「ねえねえ、ジョウジ。アンタ最後、赤と青のコード、どっちかがトラップか迷ってたでしょ。なんで青を選んだのよ? まさかアレ? 青いほうは安全ってイメージがあるからとか、そういう?」

「違うよ。ほら、政府警察――それも新宿署CITって言うと、クグツや車両、制服に至るまで特注の青に決まってるんだ。だから俺は、青を切った。もう政府警察とは手を切るってことでな」

「なにそれ? そんなテキトーな理由で決めたって言うの?」

「そうだ」

 自信満々に言う呉石。

 一方でエレンは頭をもたげていた。彼女の言い分もわかる。それでもし爆発していたら、ただことでは済まなかっただろう。

 だが、現実には爆発は免れた。

「爆発は避けられたんだから、それでいいだろう?」

「納得いかない。なんか知らないけど、納得いかない」

 エレンは言って、バイクに飛び乗った。それから鬱憤を晴らすようにハルを豪快に走らせていった。

 呉石は彼女の背中を見ながら、思った。これで良かっただろう、と。


     *


 そのころ女教皇プリエステスは、都内某所にあるマンションの屋上階。一人きりの女にはそぐわない、豪奢な貸家の一室にいた。

 そのマンションは、部屋の全面を選択透過式のスマート・ガラスに覆われていた。透過率や色合い、カラーパターンを任意に変更出来る優れものだ。現在は完全遮光になっており真っ黒だったが、ある一面だけは映像投影モードになっていた。さながら映画館のスクリーンのように。

 彼女は壁面に相対するように安楽イスに座ると、サイドテーブルにヘルメットをおいた。真っ白い、スモークグラスのフルフェイスだ。それからライダースーツの胸元を開け、パタパタと扇いで風を送り込んだ。肌はじっとりと湿っていて、下着が張り付いている。生身の証拠だ。

 彼女の目の前にあるスマートグラス。そこには、半透明の映像が映し出されていた。それはヴォールと呼ばれるSNSアプリケーションの通話画面だ。現在はグループ通話モードになっており、画面上にはアカウントのアイコン画像が並んでいる。

 アイコンは三つあった。一つは修道服に身を包んだ女――女教皇である。

 そしてほかの二つ。そのうちひとつは、裸婦画だった。たおやかな髪を風になびかせて、女性は月桂樹の葉で出来た輪の中に佇んでいる。

 もう一つは、天秤と剣をもった女性の図だ。女性は冷め切った表情で、剣を天へ向けている。

《どうやらネオ・ラッダイトはやられたみたいだな》

 と、裸婦画のアイコンの人物が言った。その声音は、アイコンの美しさと相反して低く、くぐもった男性のものだった。

《そのようね、世界ソフィア》と女教皇。《でも、ぜんぶ計算済みなんでしょう?》

《その通りだ》ソフィアと呼ばれた彼が応える。《君は計画通りのことを実行してくれた。おかげでおもしろいデータが取れたよ。……彼女は着実に、この世に根を下ろしているようだな》

《みたいね。……審判ジャッジメント、あなたはどう?》

 と、突然女教皇はもう一人のアイコンに話をふる。

 するとしばらく間があって、吐息のような音が聞こえた。それから息づかいがしばらく続いてから、ようやく声が聞こえてきた。しかしその声というのは、ひどくねじ曲げられたものだった。

《かまわない。本来の目的が達せられるならば》

 冷め切った声。しかし、それには特徴がない。アクセントや声色も、なにも。その声は何重にもフィルターがかけられているようで、一聴しただけでは一昔前の合成音声かと疑ってしまうほどだった。

《そう。なら、いいでしょう。ことは計画通り進んでいるから。彼女は順調よ。ゆくゆくは私たちの思うとおりになる》

《そうなってもらわんと困る》とソフィア。《しかし女教皇プリエステス、君は時に度が過ぎることがある。今回も出しゃばりすぎだ。今後このようなことがあれば……》

《分かってるわ。そのときは、殺すなりなんなりしなさい。とりあえず、私疲れてるの。シャワー浴びたいから。もう切るわね》

 右手を画面に向けて、指を鳴らす。義脳が登録済みのフリックと照らし合わせると、すぐさま実行。壁面に映し出された映像がシャットダウンした。

 それから彼女は、安楽椅子に横たわって目を閉じた。


 鉄に拒絶された鬼子〈了〉


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