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3-20

 ハッチを開けて目視で車体を確認しながら、両腕でボンネットをつかむ。脚部は大地に根を張るようにグッと力を込め、アクセルを踏みつける。足裏のローラーが回転して、大地を咬み、バンとともにその場に踏みとどまった。しかし、それでも限界があった。

 爆弾を積んだ擬装バンは、アクセル全開。タイヤは白煙を上げながらアスファルトを掴んだ。

 マウントポジションに入るようにクロガネを動かす。バンをここから動かしてはならない。絶対に、被害を広げてはならない。ようやく見つけたのだ。絶対に逃がさない。

 恭介は必死に両腕をつきだして、バンを押さえ込んだ。反動がそのまま彼の腕へ、マスタースレーブ・コントローラを介して伝わってきた。腕が吊りそうだ。

 するとそのときだ。突然、アスファルトを穿つような衝撃音がしたかと思うと、高架下から一体の巨人が飛び上がってきたのだ。オリーヴドラブの巨体、シオン改。それは両手に持ったライフルをクロガネに向けて発砲しながら、ハイウェイに飛び乗った。

 恭介は大急ぎでハッチを閉め、機内へ顔を戻す。間一髪のところを銃弾がかすめていった。

「クソ、まだクグツがいたのか……!」

 とっさに腕の力がゆるんだ。バンが加速を始めて、クロガネの拘束から脱した。強引に右折して、もはや車通りのない対向車線を通り抜けていく。ハイウェイは混乱状態。交通管制システムは、二号線渋谷・六本木付近への進入を禁止していた。だがバンは止められなかった。

 目標はそのまま加速を続ける。

 恭介はすぐに機体を反転させて追いかけようとしたが、もちろんネオ・ラッダイトがそうさせるはずが無かった。

 シオン改の銃撃がクロガネの進路を阻む。

 ――やるしかないのか……。

 バンが警察庁にたどり着くよりも前に、クグツを倒す。そうするしかない。



 呉石は、この状況に焦りを感じていた。恭介=クロガネは、必死に車体を押さえてくれているが、擬装バンはアクセル全開。すこしずつ霞ヶ関に向けて走り始めていた。時速にして一〇キロ以下、徐行程度の速度だが、しかし動き出していることに変わりはない。それでクロガネが押し負けたら――クロガネという外装義体は、ただでさえ不明な点が多い欠陥機だ。いつ止まってもおかしくない――この擬装バンは、きっと警察庁へと突っ込むだろう。

 と、呉石がそう思ったときだ。

 突然、車体がガクンと音を立てて揺れると、左右に蛇行しながら速度を上げ始めたのだ。急な加速に呉石は驚きながら、近くの手すりにつかまってバランスを取る。

 窓から外を見ると、景色が流れている。そこからは緑色の巨人と、それに突っ込む群青色の巨人が見えた。クロガネが、シオン改と戦っている……!

 こんなときに電脳回線が使えないとは、呉石は今の状況を呪った。

 バンは加速を続けている。このままでは、起爆も時間の問題だ。呉石は体勢を戻すと、再び爆弾に向かった。

 いまのところ、外部カバーだけは外すことに成功している。といっても、おそらく制御に使われるための小さな覗き窓のような場所だ。そこ以外を外したらどうなるかは、わからない。

 外された部分から見えたのは、GPSによる起爆装置だった。間違いなく、それが作動するのは警察庁にたどり着いた時だろう。

 呉石はまず、そのGPS装置と起爆ユニットとの切断を試みた。カーゴパンツの下、太股に隠したタクティカルナイフを手に取ると、彼はコードの群を分け入るように刃物を滑り込ませた。

 ――この感覚、まるで五年前みたいだ。

 呉石は、ぼんやりとそう思いながら、かつての自分より慎重になろうとした。どんなトラップが仕掛けられているかわからない。相手は他人の電脳に潜り込むような超ウィザード級ハッカーだ。

 指を内壁に滑り込ませて、コードの群の行く先を見つけだす。暗い装置の内奥も、彼の義眼なら暗視(NV)モードなら見渡せる。皮肉にも五年前の事件がここで役だった。

 そうしてコードの接続先を突き止めた、次の瞬間だ。

《おい、呉石! もうやめろ!》

 突然、男の声が聞こえてきた。

 呉石は声のしたほう――運転席――を振り向く。そこには、男が二人座っていた。助手席と運転席に、強面の男が二人。一人は『CIT』と書かれた紺のウィンドブレーカーを着ており、もう一人はファー付きのレザージャケットを着込んでいる。レザージャケットの男は、年季物のアヴィエーターサングラスをクイと持ち上げる。

《もうやめろ、呉石。時間の無駄だ。黒田警部はお前の爆弾処理の技術も評価している。だが、今回は別だ。あきらめろ》

《そうだ》と助手席のCITジャケットの男。《もしトラップに引っかかって起爆したらどうする? 俺たちともどもオジャンだぞ? 市民に被害を加える気か?》

 思わず、作業をしていた手が止まった。

 席に座る男二人。それは、かつての上司と同僚だったからだ。革ジャンがCIT係長の仙那三幸センナミユキで、もう一人が呉石の同僚の高津昌也タカツマサヤ。その二人が、いまの呉石を見ていた。

 はっとして、彼は今一度自分の手元に視線を戻す。すると、そこにあったのはGPS反応式の爆弾ではない。ロッカーに入るほど小型の、時限式ガス爆弾。それも、五年前に呉石がトラップを発動させてしまったアレ、だ。

 指先が震え始めた。おびえている。失明したときの激痛を思い出して、全身が恐怖におののいている。

 呉石は自らの電脳に異変が起きていると、気づいていた。しかし、自身の現実認識は、一度ハマるとなかなか抜け出せない。それは、現実味の無い夢を、さも現実であるように感じてしまうのと同じ。その状況にあるときは、それが虚構であるとは気づけないのだ。

 呉石はおびえていた。

 ――俺は、どうしたらいい……?


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