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捜査本部は混乱状態にあった。並列化される情報は錯綜し、本部会議室は一体どの情報を信用すべきか、その判断に迫られていた。
そしてその決定権限は、管理官である黒田響也にあった。
響也は、本部会議室の中央に鎮座し、一人顔を臥せている。あたりでは捜査員が慌てふためき、怒声が飛び交っていた。だが、響也はそのようなノイズをすべて締めだすように、寡黙に俯いていた。
それには理由がある。彼は、電脳空間で起きている会議に集中していたからだ。いま彼の電脳には、二つのウィンドウが表示されていた。片方は現在の捜査状況。もう一つは、警備部局長の尾形賢治からの直通通信だった。
《黒田君、ネオ・ラッダイトの捜査は順調なのかね。都内各所で市民から非難の声があがっている。早急にクグツを取り押さえんと、我々の死活問題に関わるぞ》
尾形局長は、比較的落ち着いた声色で言った。しかし、彼のまぶたはせわしく動いている。焦っていることの現れだった。
《問題ありません。すでに世田谷のクグツ二機は確保してあります。被疑者の電脳からはムシが検知され、逮捕後前頭葉を強制的に破砕するプログラムが仕込まれていましたが、一週間もあれば修復可能です。いますぐは不可能ですが、このさきテロリストへの対処には有効かと》
《それはいい。……問題は、ネオ・ラッダイトに超ウィザード級のハッカーがいるという話だ。そいつには、多重電子防壁も通用しないと聞く。聞いているか?》
《聞いています。つい先ほど入った情報ですが、たったいま信用に足るものであると判明しました。現場捜査員には、極力オフラインでの活動を命じてあります》
《そうか。それならいいが……。それとだ、黒田君。ネオ・ラッダイトは爆発物を警察庁に持ち込むつもりだとのタレコミがあったが、それはどうした?》
《庁舎のセキュリティ強化を命じてあります》
《だが、相手には超人レベルのハッカーがいる。もしそいつが爆発物を仕込む気でいたら……知らぬ間にドカン! という可能性もあるぞ》
《問題ありません。周辺警備にタウンゼントのクグツと、爆発物処理班を待機させてあります。また局長の許可があれば、ダイヨンを配備しようと考えています。……ネオ・ラッダイトの狙いは、あくまで政府官庁の爆破にあると思われます。特に警察庁。目標がわかれば、罠を仕掛けるのは容易です。彼らがここに現れる直前に取り押さえます》
《できるんだな?》
《可能です》
《……なら、任せる》
離脱。尾形局長の顔が視界上から失せた。
響也はそれから、捜査状況の画面を見やった。
しかし、そのとき彼はおかしな情報を目にした。それは、一之瀬のクグツが活動状態になっている、というものだ。
一之瀬警備保障には、外装義体はないと聞いていた。というよりも、あっても動かすつもりはない、と。あそこは零細企業だ。下手に高性能な外装義体を動かせば、利益がすべて飛んでいく。クグツを実戦で使えるはずがない。
だから響也は不自然に思った。そして、すぐに問題のクグツの位置を照会。それからN+システムにアクセスし、付近のリアルタイム映像を受信。同時、一之瀬の坂本真矢に通信を呼びかけた。
まもなく坂本が応じて映像が出た。
《はいはい、そっちから連絡くれるなんて珍しいわねぇー》
《坂本さん、あなたのところのクグツが動いていますが、こちらからそのような命令を下した覚えはありません。すぐに帰投させてください》
《クグツが動いてる? ああ、黒田君かぁ……。って、弟さんのほうね。あなたのことじゃなくて》
《……私に弟はいません》
響也は言って、N+の映像に目をやった。
彼は驚嘆した。というのも、目を疑うような光景が彼の視界上にブラウズされていたからだ。
そこにあったのは、見えない何かを押し返す巨人の姿。群青色の巨人が、ハイウェイにヒビを入れながら「何か」を押し戻している。しかし、その「何か」がどうにも確認できない。何も見えないのだ。
それから響也が瞬きをすると、一瞬映像にはノイズがかかり、それから黒のセダンが姿を出現した。しかし、映像を見るとどうにも違和感を覚える。群青色のクグツが押さえている手の位置と、クルマの車高がどうにも合わないのだ。
――もしやこれが例の爆発物か……?
響也がそう思っていると、坂本の声が聞こえてきた。
《ねえ、黒田君、聞いてるー? ちょっちね、聞いた話だと勝手にクグツが動いたとか》
《勝手は困ります。あなたたちは捜査に必要な駒でしかない。駒が管理官の意に反した行動をしてもらっては困るんです》
《でもねえ、動いちゃったもんは動いちゃったもんだし……》
《六本木に警戒態勢は敷いていません。交通整理はすでに国交省と協力のうえ進めていますが、それでも都民から苦情がきています。すぐに撤収を》
《でもさぁ、彼も何か理由があって動いてると思うのよ。そうそう、どうせなら弟くん本人に言ってみなさいよ》
《……まさか、アイツがクグツを動かしているとでも……? 恭介は拒絶症だ》
《でも、彼が動かしてるのよ。信じられないけどさ。言いたいことは彼に言いなさい。あなた、管理官でしょ》
《坂本さん、あなたが彼らの上司です。私は捜査本部の管理官であって――》
《じゃ、あとはよろしくゥー》
通信が切れる。それから、坂本が用意した音声会議セッションへ強制的に接続された。
それは黒田恭介と、黒田響也。兄弟だけの音声通信。自分の連絡先一覧にも載っていない、弟のデジタルアイウェアのIDナンバーだった。
通信が強制接続されてから、しばらく間があった。砂嵐のようなノイズ音と、荒い吐息。それが三、四秒続いてから、声がした。
「兄さん……どうして……?」
坂本の図らいだ、とは口が裂けても言えなかった。
響也は深く息をつき、目を上げる。
《黒田元巡査……いや、黒田と呼ぼう。ネオ・ラッダイトの拘束から脱したんだな。被害は?》
「被害って……。僕は無事です」
《そうか。君の会社から、ネオ・ラッダイトが爆発物を警察庁に持ち込もうとした、という情報が流れている。それは本当か?》
「間違いありません。女教皇を名乗る女が僕に教えてくれまいした。爆発物を積んだ車両は、現在六本木から霞ヶ関方面へ向けて進行中。僕がクロガネで何とか押し止めてますけど……! この状況じゃ、時間の問題です。爆発物は呉石さんが解除してくれています」
《失敗して一般市民を巻き込んだらどうする。車両を追い込んで、こちらの指定座標までつれてこい》
「それじゃあダメです。相手にはハッカーがいます。視覚や聴覚、あらゆる感覚を擬装可能な超ウィザード級ハッカーです。彼らの狙いは、電脳化を推進する警察庁の爆破。警察庁まで誘い込んだら、やつらの思うツボです。それに、電脳化者は一度ハッキングされれば、ムシを仕込まれる可能性があります。でも、僕は違う。僕はすべて生身だ。欺瞞工作にかかる心配はない」
《だが、呉石は電脳化者だぞ》
「彼は今オフラインです。僕が伝えておきました。あの人ならきっとやってくれるはずです」
響也はしばらく黙り込んだ。
それから、捜査本部を一望した。
いま、捜査本部は混乱状態にある。とりあえず今回のクグツ暴走事件の被疑者三名は確保した。しかし、その裏に見え隠れしていた存在――ネオ・ラッダイト――には、みな怯えきって、次の犯行があるのではないか戦々恐々している。
しかしそんななかで、黒田恭介の言葉はやけにハッキリとして、熱意を持っていたのだ。
――彼を信じるべきか?
響也は自問する。たしかに、黒田恭介は拒絶症だ。電脳化をしていない。本件に関わる人間で、唯一完全な生身と言っていい。ハッカーに対向できるのは、唯一無垢な彼だけだろう。計算上は、それがもっとも最適な解答だ。
しかし、心のどこかで響也には突っかかりがあった。黒田恭介という男を認めていいのか、という問い。
しばらく自問が続いた。それから、響也はもう一度深いため息をついた。
《了解した。黒田、君に一任する。せいぜい拒絶症なりの仕事をしろ》




