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3-18

 恭介はクロガネを走らせながら、N+システムで警察庁へと向かうあらゆるルートを監視していた。そしてついに、目標とおぼしき車両を発見した。

 それは一台のバン。白塗りの、いかにも営業車という相貌をしたクルマだ。しかし、恭介がその姿を捉えた瞬間、一瞬だけノイズがかかって、クルマの姿は切り替わった。黒塗りのセダンが車道に現れる。

 一瞬、恭介は見間違いかと思った。だが、彼は自分が間違ってはいないという確信があった。見間違いではない。自分がまばたきをした、その一瞬にデータが書き換えられたのだ。わざわざ改竄するだけのデータだ。重要なものに違いない。

「呉石さん、目標を見つけました! 首都高速三号渋谷線を、霞ヶ関方面へ進行中!」

「間違いないんだな?」

「おそらくは」

 確信はあった。だが、自信は無かった。

 しかし今は、いまできることをするしかない。

 アクセルを押し込み、クロガネは首都高を疾走した。


 目標のバンは首都高を六本木から霞ヶ関に向けて走っていた。そのはずだった。しかし、もはやN+には映らず。あらゆる監視カメラのデータを見ても、問題の車両は検出されなかった。

 しかし、目標は警察庁に向かっているはずなのだ。電脳化者のデータを紛らわしながら、テロ決行のときを今か今かと待ち望んでいるのだ。

 六本木から霞ヶ関へ向かう途中で、恭介はコクピットハッチを開いて目視に変更した。開いたハッチから顔を出す。

 風が眼に飛び込んできて痛んだが、そうは言ってられない状況だ。彼は爪先立ちの状態でアクセルを踏みつけながら、目視で機体を進ませた。我ながら、なぜ自分がこんな機体を動かせているかは分からなかったが、しかしそのときは衝動だけが彼を突き動かしていた。自爆テロを阻止しなければならないという、衝動だけが。そのほかに考えている余裕は一切なかったのだ。

 恭介は電脳化をしていない。だから視覚情報を改竄されることもない。生の眼を完全にだますことは不可能だ。

 彼が目を凝らして首都高を進めていると、ようやく目標を発見した。白いバンがハイウェイを何気なく進んでいる。

「呉石さん、あれです!」

 恭介はクロガネの右手に乗る呉石に向けて叫んだ。

「あれって、どれだ?」と呉石。

「目の前! あの白いバンです」

 恭介はバンの方向を指さす。だが、呉石はそちらを見ても首を傾げるだけだった。

「見えないぞ」

「電脳をオフラインに! やつら、視覚をハッキングしてるんですって!」

「うそだろ! セキュリティは安全グリーンのままだぞ!」

「いいから、オフラインにしてください!」

 恭介があまりに怒った調子で言うので、呉石は電脳をオフラインに。そして直後、彼は大口をあけた。

「うそだろ……っておい、あいつ加速し始めてるぞ!」

「逃げるつもりです。このまま警察庁に飛び込むつもりかも」

「もう余裕はないぞ。黒田、クロガネをバンに近づけろ。俺が飛び乗って、爆弾を解除する」

「できるんですか? きっと護衛もいるはずですよ」

「それはお前がどうにかするんだ!」

 そういって、呉石はクロガネの手の平で立ち上がった。

 ――それが、いまできることか。

 恭介はうなずくと、アクセルを踏み込んだ。

 バンがこちらに気づいて引き離しにくる。そうさせるわけにはいかない。恭介はクロガネを跳躍させると、一気にバンの前に躍り出た。そして、左手を広げてクルマを強引に止める。タイヤがアスファルトに黒い軌跡を描く。

「呉石さん、いまです!」

「わかってる!」

 呉石が右手からバンの天井へと飛ぶ。

 彼はそれから、腰から警棒を取り出し、天井を思い切り突き刺した。アルミ製の車体はいともたやすく歪み、道を開く。呉石はさらにアルミを蹴破って、車体の中に飛び込んだ。

「頼みました!」

 あとは彼が爆弾を止めることを祈るしかない。

 恭介はコクピット内に頭を引っ込めると、HMDに映る虚構のセダンに向けて拳を突き立てた。こいつを警察庁に行かせてはならない。


 呉石はバンの車内に飛び込むや、テーザー銃をスタンスティックを手に格闘戦を始めなければならなかった。というのも、車内には擬人歩哨(セントリー・マシン)があったからだ。車両は自動運転で、座席にはマシンが二機。そのマシンたちは頭部――に該当する、というべきか――カメラレンズで光を乱反射させながら、呉石の姿を見た。そして彼を敵と認めるや。両腕に装備したサブマシンガンの銃口を突きつけてきたのである。

 呉石はすぐに危険を認知すると、電脳の処理速度を制限解除アンロック。脳内麻薬が彼の電脳を満たした。タイムリミットは、二秒。およそ二秒間という絶対時間は、呉石の主観時間として何倍にも引き延ばされる。

 脳内麻薬の強制放出による高速思考。彼はその一瞬の間に戦略を立て、実行した。

 真っ先にスタンスティックを用いてセントリー・マシンの銃を叩き落とす。と同時、もう一機の頭部にテーザー銃を食らわせる。電気ショックでマシンの回路は一瞬でショートし、機能停止。残りは一機。

 呉石は、銃口を無理矢理上げようとするマシンに、一発銃弾を浴びせた。一瞬のおとだった。二機のマシンは沈黙。歩哨は全滅した。

 彼はそれから、バンの荷台へ移動した。幸いなことに、そこに歩哨は居なかった。しかし、爆弾はどうにも厄介そうだ。

 後部座席のすべてを取り払った車内には、巨大な本棚を思わせる爆弾が詰められていた。マットブラックに染め上げられたソレは、どこにもつなぎ目らしきものは見えず、どこからが爆薬なのか。どこに起爆装置があるのか。どこにタイマーがあるのか……皆目検討もつかない。

 呉石は唸りながらも、爆弾に相対した。

 どのみち一つ分かっていることはある。この爆弾は、警察庁庁舎にたどり着けば、もればく起爆するということだ。

 なら自動運転を止めて爆発物処理班を待つか?

 敵はおそらく、それをも折り込み済みだ。だから人通りの多い渋谷・六本木を選んだ。おそらく自動運転がオフになるなどして車両が止まると、罠が起動して爆発するしかけにでもなっていることだ。それぐらい考えられる。

 もしここで爆発したら、どれだけの民間人に被害が及ぶか? 警察庁は、爆弾のことなど知らんぷりでいる。

 いまは、自分が解体するしかないのだ。

 呉石はそう自信に言い聞かせると、爆弾処理に入った。CITにいたときの二の舞には絶対にならない。そう心に誓って。


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