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ART-Xクロガネはコクピットに恭介を、右手に呉石を乗せて動き出した。デジタルアイウェアは無かったので、恭介は機体備え付けのヘッド・マウント・ディスプレイを使用。旧式であるため視野は狭く、解像度も低いうえ、アイ・トラック・コントロールの精度も微妙だった。だが、いまはそれでも我慢するしかなかった。
警察庁捜査本部からは、即時対応が取られることは無かった。
いちおう呉石が《人質になっていた捜査員を確保。彼によればネオ・ラッダイトは爆発物を警察庁に持ち込むつもりでいる》と報告したのだが、しかし本部からの回答は「庁舎のセキュリティは万全だ。問題ない」という乾いたものだった。恭介の判断はまったく重要視されていないようだ。
やはり目下の問題はクグツだった。シオン改は、今度は世田谷区に出現。世田谷公園付近の住宅街を蹂躙している。近隣住民の避難は早急に行われ、エレン・クロガネとケイト・キリサキの派遣も完了。捜査本部としては、もはやクグツを鎮圧することだけが目標となっていた。当然だ。証拠もない爆発物と、住宅街で暴走するクグツ。どちらを優先する? 後者のはずだ。住宅街にセキュリティはないが、警察庁庁舎は厳重な警備に守られている。本部が言うことももっともだった。
しかし、独断行動をとってでも、恭介は行かねばならなかった。
女教皇は言った。
『シオンは自らの姿を消しているのではない、私が消しているんだ』
その言葉の指し示すところを、恭介は理解できていた。
あの女は、超ウィザード級ハッカーだ。先天性電脳施術拒絶症の患者がハッカーなどにわかに信じがたいことだが、そうとしか捉えられない。彼女は他人の電脳にハッキングし、シオン改の情報を消リアルタイムで上書きしていたのだ。機体は実際にそこに居たのに、あたかも存在しないとでもいうように。
恭介は電脳化はしていなかったが、彼が見た機影は肉眼ではなく、N+のカメラを介したものに過ぎない。それはおそらく改竄可能なものだ。だからクグツは、文字通り消滅することができた。
ならば、バンも同じことができるはず。
警察庁のセキュリティでも、彼女を止めることはできないかもしれない。
恭介はクロガネを走らせながら、HMDにN+システムを表示。警察庁へ向かうすべてのルートを表示させると、さらに通過する車種をバンにのみ絞って一覧表示。端から車両を見ていった。しかし、その数は数百台に及ぶ。はたして目標が警察庁にたどり着くまでに見つけられるだろうか……? いや、すでに目標はN+のデータを改竄しているかもしれない。
恭介は不安を抱きながらも、クロガネを進ませた。今はとにかく、いまできることをするしかない。
*
エレン・クロガネは、戦いの前に腰を抜かしてしまった。というのも、坂本から恭介を保護したとの情報が入ってきたからだ。
《ええっ! じゃあなに、やつらの言ってたゲームってなんなのよ!?》
《黒田君が言うにはブラフみたいね。彼らの真の目的は、警察庁に爆発物を仕掛けることみたい。でも、捜査本部はクグツの処理を優先。爆発物は問題ないってさ》
《問題ないって……。相手には超ウィザード級ハッカーがいるかもしれない。だとしたら、セキュリティが気づく前に爆弾が持ち込まれてもおかしくない。連中は光学迷彩を使ってるんじゃないわ。電脳にハックしてんのよ》
《そうなの?》
《アタシの推理が正しければね。だから申し訳ないけどチーフ、これからは独断でやらせてもらうから。いいでしょ? いいね。それじゃ》
直後、エレンは通信を切ってオフラインに。ハルとの接触回線も切って、さらにセキュリティを最大まで展開した。多重電子防壁を九十九層まで展開。侵蝕された時にはもう気休め程度の効果しか発揮しないだろうが、それでもないよりはマシだ。
地下鉄駅を横目に、エレンは住宅街を疾走する。前方に煙が見えた。民家から炎があがっている。爆発物もそうだが、それよりも前にクグツをどうにかしなくては。
エレンはブレードを抜くと、アクセル全開。住宅街を駆け抜けた。
作戦地域での最大の障害は、住宅と民間施設が集中しているということだ。はたしてネオ・ラッダイトの部隊がどのようにして警察の監視網を逃れて住宅地に展開したか詳細は不明だが、もはや現実となってしまった状況ではどうしようもない。とりあえずタウンゼントと一之瀬に命じられたのは、クグツの誘導および住宅地から引き離すこと。目標を広い空間におびき寄せ、そこで最小の被害で片づけることである。
そこで考えられたのは、付近の公園にあるグラウンドに誘導することだった。目標は小学校周辺に展開し、民家をつぶしながら進行中。進路は都心から離れていくように思われた。
そんななか、外装義体USX-4000Gアーマライトは、グラウンド正面の四車線道路に着地。進行中のシオン改二機に相対した。
アーマライトのパイロット、ケイト・キリサキは作戦地域に到着後、即座に威嚇射撃を開始した。銃弾はすべてクグツの胸元、傾斜装甲にぶつかり、跳弾。飛び散った鉛玉はアスファルトに穴を穿った。
しかし威嚇の効果は無かった。よって、ケイトは目標を強制的にグラウンドに誘導する作戦に変更。即時行動を開始。
アーマライトはマチェットを抜刀。左手に逆手にして構えると、脚部ローラーを全開出力。一挙に距離を詰めた。
刃は敵機を追い込むように、側面から襲撃。シオン改は横っ飛びし、歩道に乗り上げた。
――かかりましたね。
直後、ケイトは右手に構えたライフルのアンダーバレルショットガンにセレクター変更。接近した状態で、ほぼゼロ距離で発砲した。無数の鉛玉は拡散し、シオン改二機に直撃。その衝撃は恐ろしく、機体はまもなく押し倒された。
これがケイトの狙いだった。
歩道から吹き飛ばされたシオン改は、フェンスを破ってグラウンドの中へ。住宅街から、開けた砂場の中へと押し出されたのだ。
ケイトの戦い方は基本に忠実だ。それでいて、まったく隙がない。ゆえに義脳じみた動きをする。一部の隙もない、完璧な作戦行動だ。
押し倒されたシオン改。そのうち一機に向かってアーマライトはアンダー・バレル・ショットガンを連続発射。機体を仰向けに横たえさせると、接近。脚で踏みつけ人質を取るようにしてやると、もう一機に銃口を突きつけた。
《こちらは国家公安委員会指定準警察組織、タウンゼント・セキュリティ・サービスィズです。おとなしく電脳接続を解いて、投降しなさい。さもなくば、そちらの機体を破壊します》
ケイトは言い、右手に持ったライフルを突き立てた。左手のマチェットは真下にいる機体の腰に突き立てている。ケイトの圧倒的優勢だった。
しかし――
突然、ケイトの視界にノイズが走った。いまの彼女の瞳は、アーマライトの三つ眼と接続されているわけだが、その瞳がどうにもピントが合わないように思えたのだ。彼女はすぐに意識的にピント調整。視線の先、オリーヴドラブの巨体に合わせる。
だがそのとき、彼女はまたしても遭遇したのだ。『機体が突如消える』という現象に。さきほどまで目の前にいた巨人が、ほんの一、二秒という合間に消えてしまっていたのだ。
まさか、とは思ったが、そのまさかだった。
ケイトはすぐさま、予告通りマチェットを足下のクグツに突き刺した。確かな手応え。しかし、目標は見えない。光学迷彩でもつかったみたいに。
ケイトは驚いていた。まさか踏みつけていた機体までも消えてしまうとは思わなかったからだ。だが、感触はある。突き刺したという手応えはある。一体なのが起きているというのか……?
疑念が彼女の電脳を支配するなか、一つの声が耳に響いてきた。
「下がれ!」
その声は、電脳通信では無かった。情報としての音声ではなく、空気の振動を介したものだ。
声帯を震わせ、空気を振動させ、伝わってくる声。ケイトの耳=アーマライトの外部集音マイクがその音を拾い上げ、彼女の聴覚野に認識させる。
声の主は、エレン・クロガネだった。彼女の駆るバイク、HAL-1250Fは、フェンスを突き破ってグラウンドの中へ。抜刀した超音波ブレードを右手に構えた彼女は、勢いそのままアーマライトの前に躍り出た。
そして次の瞬間、エレンは『なにか』を斬ったのだ。ケイトにはよく理解できなかった。エレンは虚空を斬ったように思えたが、しかしその動作は何か鋼鉄を切り裂いたようにさえ見える。
やがてハルは速度を落とし、砂埃を巻き上げながらドーナツターン。停車した。
「アンタ、キリサキ! はやく電脳をオフラインにしたほうがいいわよ!」
再び、エレンの怒声が響いた。
《どういうことでして?》
ケイトはエレンに呼びかけたが、しかし彼女は電脳通信には応じない。どうやらオフラインのようだ。
仕方なく、ケイトも電脳をオフラインにすると、再起動。視覚情報が一度リセットされた。
そして彼女は見たのだ。切り裂かれた巨人がグラウンドに横たわっている姿を。
「……どういうこと……?」
「敵は超ウィザード級のハッカーってこと。電脳、オフラインにしたまんまのがいいわよ。オンライン・サポートがなけりゃクグツを動こすこともできないって、そう言わないならね」




