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3-16

 もどかしかった。ただ、もどかしかった。目の前に犯人がいて、その事件の全容も分かっているというのに、何もできない自分。恭介はそれが悔しくてならなかった。

 恭介の監視役兼執行人として残された大男は、どこをどうみてもサイボーグだ。黒のタンクトップにアーミージャケットという姿の彼は、外装義体相手でも互角に渡り合えそうな雰囲気さえ醸していた。

 そんな男に真っ向から立ち向かって、どうにかなるはずがない。しかも恭介は、両手両足を縛られているのだ。生身の彼では、どうやっても勝ち目はない。

 必死に考えを巡らせたが、結局弾き出される解は死のみ。このまま黙っておとなしく殺されるのを待てと言うのか?

 ――何とかして誰かとコンタクトを取らないと。

 今日ほど自分が拒絶症であることを呪った日はない。外部デバイスなしでは、誰とも通信できない自分の体。

 兄の言葉が脳裏に蘇った。

『現代において、電脳化のできない拒絶症の人間など生きている価値もない』

 それは、障害者蔑視にもあたる言葉だろう。もし響也がそのような思想を公言すれば、すぐにでもスキャンダルになり、辞職を迫られるぐらいの言葉だ。しかし、響也はあくまでもリスクとベネフィットを価値基準において考えているだけなのだ。そこに人情はなく、彼は純粋に数字の上の世界で物事を考えている。つまりそれは差別的ではあるが、この世の真理の一側面でもあるのだ。

 しかし、それでも恭介は承伏できなかった。自分がいま必要なはずだ。この事件を解決するのに、自分が一番重要なファクターであるはずなのだ。

 彼は奇跡を願った。

 奇跡――それは、彼が初めてクロガネに乗ったときのことだ。エレンのピンチに駆けつけた、謎に包まれた旧世代外装義体。ART-Xクロガネ。それが自分のもとにいま、再びきてくれることを願った。

「……ふふっ……」

 恭介は思わず笑みをこぼした。絶体絶命の状況のときこそ笑えてくるものだ。

「なにがおかしい」

 サイボーグの男が口をとがらせて言った。彼の鋼鉄の顔面には、怒りを体現するようにシワが寄っている。

「……おかしくなんかないよ。ただ……」

「ただ、なんだ。お前はこれから殺されるんだ。何か最後にやり残したことは?」

「……そうだな」

 恭介がそう口にした、そのときだった。

 遠くから聞こえてくるモーターの駆動音。それはアスファルトを切りつけ疾走する巨人の足音。

 サイボーグの男は、すぐさま音のするほうに振り返った。だが、もう遅かった。

 光射す方向から巨大な影が走ってくる。群青色をした巨人――クロガネ。それは廃工場のドアを強引に突き破ると、サイボーグめがけて突貫してきた。

 男は恭介を人質にとって応戦しようとしたが、それよりも巨人がたどり着くほうが早かった。群青色の巨躯は、その右腕――スタンナックル――を振り下ろし、サイボーグ目掛けて振り下ろす。まもなく拳から発せられた強烈な雷撃が、男の人工筋肉を断裂させた。彼のカラダのあらゆる場所から蛇の抜け殻のような灰色の物体が飛び出した。それはすべて強化型の人工筋肉マッスル・アクチュエータ。常人の数倍の力を発揮するだけのスペックをもつハイエンドパーツだ。しかし、それもクグツを前にしては無意味なことだった。

 サイボーグが気を失って倒れると、クロガネもまた何事も無かったように機能停止。光の点っていたデュアル・アイ・センサーは、突然色を失った。

 それからすぐにサイレンの音とともに一台の車両がやってきた。グレーのセダンは、呉石の所有物だ。

 呉石はクルマを停めると、駆け足でクロガネのほうまでやってきた。

「無事か、黒田!」

「ええ、なんとか……どうして僕の場所が? どうしてクロガネが?」

「知らんよ。なんでコイツが動いてるかなんて、それは俺も聞きたいぐらいだ。場所を知ってたのも俺じゃなくてクロガネだ」

 呉石は言って、恭介の両手足に巻き付いた結束バンドを切った。ようやく拘束から脱したところで、カラダを伸ばしてみる。締め付けられていた両腕が痛んだ。

「ここは連中の根城か? ずいぶんと古ぼけた場所だが」

「みたいですね。根城というか、なんというか。……そ、それよりも大変なんです! あの、エレンはもしかしてクグツの駆除に行きましたか? クグツを確保できないと僕が殺されるって」

「ああ、そうだ。エレンはお前を助けるために出てったよ。まったく本末転倒だが」

「それはちょっとマズいです……。あの、実はネオ・ラッダイトの狙いは別にあったんです。クグツは囮にすぎません。奴らの狙いは、爆弾を積んだ擬装バンを警察庁につっこませることなんですよ」

「自爆テロだって言うのか?」

「はい。彼らのリーダー格とおぼしき女が言ってました。間違いないです。警察庁がゲームに気を取られているうちに、乗用車に擬装したバンが爆弾を積んで庁舎に入り込むと。それで官僚もろとも捜査員を殺すつもりなんです!」

「ウソだろ……。録音データとかはあるか?」

「残念ながらデジタル・アイウェアを外されてたので……」

「クソッ……。だが、その話は本当なんだな」

「ええ。本庁に掛け合ってもらえますか?」

「分かった。だが、証拠不十分で棄却されるかもしれん。目前の危機はクグツだからな。……お前はどうする?」

「バンを止めます」

 そう言って、恭介はクロガネの装甲にふれた。

 ――わざわざここまでやってきたんだ。お前の言いたいことが、いまの僕には分かる。

「そうか、わかった。じゃあ俺も付き合おう。本庁の連中が決断するには時間がかかる。所詮はお役所仕事だからな。爆発物処理班が到着するのは、もっと後だ。……俺もリベンジをしたい」

 呉石はそういうと、クロガネの右手の平に飛び乗った。そして恭介を見た。

「バンまで俺を運んでくれ。俺が爆弾を処理する」


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