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3-10

 一一二五時、目標、ネオ・ラッダイトと思しきクグツは、先日現れた方向とは真逆の方角、東京都北区荒川周辺に出現した。目標がはじめに発見されたのは、赤羽周辺。その後、十条を越え、リニアレール・ケイヒン・ライン沿いに上野方面に向けて進行中とのことだった。

 日本リニアレール(JLR)は、全線で運行休止。乗客の安全を第一に考え、すべての車両をクグツの進行ルートから遠ざけるよう車両基地や駅構内に退避させている。

 エレンは、恭介から送られてくる情報に耳を傾けながら、実際に起きている爆発の音を頼りにクグツを捜した。どうやら目標は、かなりの速度で進行中。現在の状況はただの移動に過ぎず、他に何か目的があるものと考えられた。

 それからクグツは途中、ケイヒン・ラインから逸れて、池袋方面へ向かいだした。今の今まで住宅街を通ってきたクグツだが、ここへ来て繁華街を目指す。池袋は、昼間でも人通りは多いはずだ。そこにテロリストのクグツがあらわれたら……やることは、ただ一つしかあるまい。大量虐殺か……。

 エレンは最悪のビジョンを振り払うように、アクセルを開けた。


 板橋から池袋へ向かう途中で、エレンは目標と接敵エンカウントした。

 東京都、豊島区(トシマ・ブロック)。リニアレールの線路をまたぐような高架橋の上を、クグツ二機が疾走している。電話でもほのめかしていたが、どうやらシオン改は一機だけではないようだ。

 エレンはアクセル全開。右手にブレードを構えると、一挙に距離を詰めた。

《こちら一之瀬、エレン・クロガネ。目標補足、直ちに排除行動に移る》

《本部了解。速やかに排除せよ》

 ――警察庁からの許可も出た。

 エレンは刃をまっすぐにシオン改に向けた。黒光りする刃が、陽光を乱反射する。

 すると、ようやくエレンの接近に気づいたシオン改二機が、背部ウェポンラックを起動アクティブにさせた。まもなく、背中に懸架された二丁のサブマシンガンが、銃把を掴む簡易マニピュレータによって展開された。FCSはエレンとハルの熱源に反応し、照準それに合わせた。

 発砲。合計四丁のサブマシンガンから発せられる鉛の嵐。しかも、対人ではなく、対外装義体用の対物弾頭だ。一般的なアンチ・マテリアル・ライフルに匹敵する五〇口径弾を連続発射する。その発射速度は、およそ一秒間に十五発ほど。一発でも当たれば、生身の肉体は破裂する。

 しかし、完全義体サイボーグであるエレンには、無駄なことだった。彼女は、前回の戦いでシオン改の特性を心得ている。注意すべきは、全方向に展開できる武装だ。しかし、それも無力化すればシオン改とてどうということはない。

《リミッター解放――解放時間、二秒。ハル、バックアップ》

 エレンは掃射される五〇口径に意識を集中させると、電脳のリミッターを解除。さらにハルにバックアップを任せて、処理速度を倍増させた。人間の脳は、その機能の大半を使っていない。電脳技術はそれを強制解放することができる。もっとも、長時間の解放はオーバーヒートを誘発する。

 瞬間、エレンの視界はスローモーションのように切り替わった。反応速度が格段にあがった彼女には、銃弾の動きも止まっているように見える。もちろん彼女自身の身体は、その処理速度には追いつくことはできないのだが、しかし、相手の動きが見えただけで十分だった。

 刹那、無数の銃弾がエレンへと襲いかかり、同時に彼女はブレードを構えた。視界は一瞬で通常の時の流れに戻る。

 銃弾は、すべてエレンに向けて放たれた。しかし、その一発も彼女を貫くことはできなかったのだ。

 その理由は、エレンがリミッターを解放したことにあった。彼女は、見極めた一発の銃弾をブレードで真っ向から切り裂いた。すると、まっぷたつに斬られ飛散した弾丸が、他の弾丸にぶつかって軌道を反らし、さらにそれが他の弾丸を反らし……というように、エレンへの直撃コースを進んでいた銃弾がすべて、軌道を反れていったのだ。ゆえに銃弾は標的を貫くことはできなかった。

《残念ね。次は、こっちの番だから》

 ブレードを構え直し、アクセルを開く。前輪を上げて豪快にウィリーすると、エレンは暴れ馬を手なづけた武者のように加速していった。


     *


 そのころ、黒田恭介は擬装バンを北池袋にある高架下の駐車場に停め、エレンのバックアップに当たっていた。今回はシオン改も車道を進んでいてくれるため、N+システムでも捉えることができた。現在、二機のシオン改が池袋方面へ向けてハイウェイを走行中。銃撃をかいくぐりながら、クグツに狙いを定めたところだった。N+の監視カメラは、エレンとネオ・ラッダイトとの戦闘の様子を録画している。エレンは銃弾を切り裂きながら、足下へ滑り込んでクグツの履帯キャタピラを斬る。これで走行は不可能だ。歩行は可能だが、これではそう遠くまでは逃げられまい。

 ――いいぞ、エレン。

 恭介はそう思いながら、映像を見ていた。

 すると、捜査員すべてに向けられた通信がバンのカーステレオから響いてきた。送信者は、どうやら例のタウンゼント・セキュリティ・サービスィズのようだった。

《こちらTSS-1、キリサキ。まもなく交戦区域ホットゾーンに侵入。目標の殲滅を開始します》

《本部了解。――本部より一之瀬一号車、これよりタウンゼントが来る。そちらは一時退避し、周囲の警戒に戻れ》

《なに、ウチは使えないっていうの!?》

 エレンの声だ。

 どうやら、警察庁もタウンゼントを贔屓にしているらしい。向こうは大企業。こちらは零細。当然といえば、当然のことかもしれないが。

《そうは言ってない。これは命令だ。本部長がそう言っている。一之瀬は退け》

《……クソッ……一之瀬、了解。目標の履帯をすべて切り終えたら離脱する。それでいい?》

《管理官は問題ないと言っている。相手の動きを封じ次第、離脱せよ》

《了解。オーバー》

 エレンが通信を切った。

 彼女が不機嫌だったわけが、ようやく恭介に分かった気がした。商売敵というだけではない。エレンにとっては、邪魔で仕方ないのだろう。彼女にとっては、クグツを狩ることが仕事だ。だから、それを横取りされるのは、彼女にとって屈辱に他なら無いのだ。

 ――それなら、もう少しエレンに協力してやっても良かったかもしれない。

 恭介はそう思った。ちょうど自分も、兄に自分の存在を知らしめてやろうと、そう考えていたのだから。

 するとそんなときだ。

 上空、ヘリコプターの強烈なローター音が轟いた。あまりの爆音だったので、恭介はバンを降りて空を見上げてみた。すると、黒いヘリコプターに吊された都市迷彩(アーバン・カモ)の機体が現場に向けて輸送されていくではないか。機体にはTSSというロゴマークも入っている。どうやらそれは、件のエースパイロット、ケイト・キリサキの外装義体クグツのようだった。

 ――これで事件が解決すればいいんだが……。

 恭介はぼんやりとそう思いながら、飛んでいくヘリの姿を見送った。

 まだネオ・ラッダイトのすべてが片づいたわけではない。だが、これでクグツによるテロは鎮圧されるだろう。なにせタウンゼントは国内シェア一位の大企業。その武力をもってすれば、テロリストはひとたまりもないはずだ。

 しかし、恭介は一つ疑問に思っていた。ネオ・ラッダイトが宗教的側面を持つ攻撃的な組織であるとして、では今回のテロで彼らは何をしたかったのか? 彼らの目的は、電脳・義体化への反抗。そのため、それらの推進者を殺害するなどという事件が過去にはあった。では、今回のテロはなんだったのだ? ただの暴走。自分たちの存在を知らしめるためのパフォーマンス? いや、もしかしたらこれは、他のテロ行為を隠すためのおとりではないのか……?

 恭介がそう考えた、その時だ。

 背後から冷めた声がして、そして背筋に冷たい金属を突きつけられた。それは、銃口だった。

「動くな。黒田恭介だな……?」

「……だ、誰だ……?」

「ネオ・ラッダイト。お前を誘拐しにきた」

 刹那、何か堅いもので後頭部を殴られ、恭介は意識を失った。


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