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一一二五時、目標、ネオ・ラッダイトと思しきクグツは、先日現れた方向とは真逆の方角、東京都北区荒川周辺に出現した。目標がはじめに発見されたのは、赤羽周辺。その後、十条を越え、リニアレール・ケイヒン・ライン沿いに上野方面に向けて進行中とのことだった。
日本リニアレールは、全線で運行休止。乗客の安全を第一に考え、すべての車両をクグツの進行ルートから遠ざけるよう車両基地や駅構内に退避させている。
エレンは、恭介から送られてくる情報に耳を傾けながら、実際に起きている爆発の音を頼りにクグツを捜した。どうやら目標は、かなりの速度で進行中。現在の状況はただの移動に過ぎず、他に何か目的があるものと考えられた。
それからクグツは途中、ケイヒン・ラインから逸れて、池袋方面へ向かいだした。今の今まで住宅街を通ってきたクグツだが、ここへ来て繁華街を目指す。池袋は、昼間でも人通りは多いはずだ。そこにテロリストのクグツがあらわれたら……やることは、ただ一つしかあるまい。大量虐殺か……。
エレンは最悪のビジョンを振り払うように、アクセルを開けた。
板橋から池袋へ向かう途中で、エレンは目標と接敵した。
東京都、豊島区。リニアレールの線路をまたぐような高架橋の上を、クグツ二機が疾走している。電話でもほのめかしていたが、どうやらシオン改は一機だけではないようだ。
エレンはアクセル全開。右手にブレードを構えると、一挙に距離を詰めた。
《こちら一之瀬、エレン・クロガネ。目標補足、直ちに排除行動に移る》
《本部了解。速やかに排除せよ》
――警察庁からの許可も出た。
エレンは刃をまっすぐにシオン改に向けた。黒光りする刃が、陽光を乱反射する。
すると、ようやくエレンの接近に気づいたシオン改二機が、背部ウェポンラックを起動にさせた。まもなく、背中に懸架された二丁のサブマシンガンが、銃把を掴む簡易マニピュレータによって展開された。FCSはエレンとハルの熱源に反応し、照準それに合わせた。
発砲。合計四丁のサブマシンガンから発せられる鉛の嵐。しかも、対人ではなく、対外装義体用の対物弾頭だ。一般的なアンチ・マテリアル・ライフルに匹敵する五〇口径弾を連続発射する。その発射速度は、およそ一秒間に十五発ほど。一発でも当たれば、生身の肉体は破裂する。
しかし、完全義体であるエレンには、無駄なことだった。彼女は、前回の戦いでシオン改の特性を心得ている。注意すべきは、全方向に展開できる武装だ。しかし、それも無力化すればシオン改とてどうということはない。
《リミッター解放――解放時間、二秒。ハル、バックアップ》
エレンは掃射される五〇口径に意識を集中させると、電脳のリミッターを解除。さらにハルにバックアップを任せて、処理速度を倍増させた。人間の脳は、その機能の大半を使っていない。電脳技術はそれを強制解放することができる。もっとも、長時間の解放はオーバーヒートを誘発する。
瞬間、エレンの視界はスローモーションのように切り替わった。反応速度が格段にあがった彼女には、銃弾の動きも止まっているように見える。もちろん彼女自身の身体は、その処理速度には追いつくことはできないのだが、しかし、相手の動きが見えただけで十分だった。
刹那、無数の銃弾がエレンへと襲いかかり、同時に彼女はブレードを構えた。視界は一瞬で通常の時の流れに戻る。
銃弾は、すべてエレンに向けて放たれた。しかし、その一発も彼女を貫くことはできなかったのだ。
その理由は、エレンがリミッターを解放したことにあった。彼女は、見極めた一発の銃弾をブレードで真っ向から切り裂いた。すると、まっぷたつに斬られ飛散した弾丸が、他の弾丸にぶつかって軌道を反らし、さらにそれが他の弾丸を反らし……というように、エレンへの直撃コースを進んでいた銃弾がすべて、軌道を反れていったのだ。ゆえに銃弾は標的を貫くことはできなかった。
《残念ね。次は、こっちの番だから》
ブレードを構え直し、アクセルを開く。前輪を上げて豪快にウィリーすると、エレンは暴れ馬を手なづけた武者のように加速していった。
*
そのころ、黒田恭介は擬装バンを北池袋にある高架下の駐車場に停め、エレンのバックアップに当たっていた。今回はシオン改も車道を進んでいてくれるため、N+システムでも捉えることができた。現在、二機のシオン改が池袋方面へ向けてハイウェイを走行中。銃撃をかいくぐりながら、クグツに狙いを定めたところだった。N+の監視カメラは、エレンとネオ・ラッダイトとの戦闘の様子を録画している。エレンは銃弾を切り裂きながら、足下へ滑り込んでクグツの履帯を斬る。これで走行は不可能だ。歩行は可能だが、これではそう遠くまでは逃げられまい。
――いいぞ、エレン。
恭介はそう思いながら、映像を見ていた。
すると、捜査員すべてに向けられた通信がバンのカーステレオから響いてきた。送信者は、どうやら例のタウンゼント・セキュリティ・サービスィズのようだった。
《こちらTSS-1、キリサキ。まもなく交戦区域に侵入。目標の殲滅を開始します》
《本部了解。――本部より一之瀬一号車、これよりタウンゼントが来る。そちらは一時退避し、周囲の警戒に戻れ》
《なに、ウチは使えないっていうの!?》
エレンの声だ。
どうやら、警察庁もタウンゼントを贔屓にしているらしい。向こうは大企業。こちらは零細。当然といえば、当然のことかもしれないが。
《そうは言ってない。これは命令だ。本部長がそう言っている。一之瀬は退け》
《……クソッ……一之瀬、了解。目標の履帯をすべて切り終えたら離脱する。それでいい?》
《管理官は問題ないと言っている。相手の動きを封じ次第、離脱せよ》
《了解。オーバー》
エレンが通信を切った。
彼女が不機嫌だったわけが、ようやく恭介に分かった気がした。商売敵というだけではない。エレンにとっては、邪魔で仕方ないのだろう。彼女にとっては、クグツを狩ることが仕事だ。だから、それを横取りされるのは、彼女にとって屈辱に他なら無いのだ。
――それなら、もう少しエレンに協力してやっても良かったかもしれない。
恭介はそう思った。ちょうど自分も、兄に自分の存在を知らしめてやろうと、そう考えていたのだから。
するとそんなときだ。
上空、ヘリコプターの強烈なローター音が轟いた。あまりの爆音だったので、恭介はバンを降りて空を見上げてみた。すると、黒いヘリコプターに吊された都市迷彩の機体が現場に向けて輸送されていくではないか。機体にはTSSというロゴマークも入っている。どうやらそれは、件のエースパイロット、ケイト・キリサキの外装義体のようだった。
――これで事件が解決すればいいんだが……。
恭介はぼんやりとそう思いながら、飛んでいくヘリの姿を見送った。
まだネオ・ラッダイトのすべてが片づいたわけではない。だが、これでクグツによるテロは鎮圧されるだろう。なにせタウンゼントは国内シェア一位の大企業。その武力をもってすれば、テロリストはひとたまりもないはずだ。
しかし、恭介は一つ疑問に思っていた。ネオ・ラッダイトが宗教的側面を持つ攻撃的な組織であるとして、では今回のテロで彼らは何をしたかったのか? 彼らの目的は、電脳・義体化への反抗。そのため、それらの推進者を殺害するなどという事件が過去にはあった。では、今回のテロはなんだったのだ? ただの暴走。自分たちの存在を知らしめるためのパフォーマンス? いや、もしかしたらこれは、他のテロ行為を隠すための囮ではないのか……?
恭介がそう考えた、その時だ。
背後から冷めた声がして、そして背筋に冷たい金属を突きつけられた。それは、銃口だった。
「動くな。黒田恭介だな……?」
「……だ、誰だ……?」
「ネオ・ラッダイト。お前を誘拐しにきた」
刹那、何か堅いもので後頭部を殴られ、恭介は意識を失った。




