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3-8

 まずはじめに投影されたのは、クグツの3DCGモデルだった。丸みを帯びたオリーヴドラブの機体は、肩と両腕にライフルを構えた状態で立ち尽くしている。

「これは、あんたたちのボスからもらった情報をもとにモデリングした目標のCGモデル。全捜査員には、このクグツを捜すようにってデータが送られている。で、こいつの特徴なんだけど……」

 言って、アスカは手元のスイッチを押し込んだ。カメラがクグツへとズームしていき、機体胸部と肩部を拡大して映し出す。

「どうやら前々から警察庁サッチョウの公安部は、ネオ・ラッダイトが大規模テロを計画しているって情報を掴んでいたらしい。それで、計画を実行前に阻止する気でいたらしいんだけど、たまたまそのあいだに目標が露出した。公安が掴んでいた情報では、機体はJBA-2シオンを改造した機体だとか。ちなみにこのシオンってのは、ユダヤの聖地じゃなくって、中国語で熊のことね。たぶん香港かどこかのマフィアと結託して、軍の払い卸品を手に入れたんだとおもう。だけどこいつにはかなり細工がしてあって――」

 と、映像はさらに肩と胸の装甲に寄っていく。

「シオンは本来、曲面装甲になっているの。ある程度の砲弾なら、角度によってはほとんど無力化することができる。もうずいぶん前の機体のスタンダードだね。だけど今回確認された機体は、通常の曲面装甲に加えて、溶接されたらしい追加装甲が確認されたんだ。そのおかげで通常のシオンとはずいぶん形状が変わっている。だから機体の特定を避けることもできるんだ。公安曰く、これがネオ・ラッダイトの機体の特徴らしい」

 映像がズームアウト。それからネオ・ラッダイトのクグツの隣にJBA-2シオンが比較表示された。こうすれば一目瞭然だ。

 オリジナルのシオンと比べて、ネオ・ラッダイトのシオン改は胸や手脚が一回り大きいように見えた。しかも分厚くなった装甲でもカラダを動かすだけの余裕クリアランスを確保するため、関節の形状はかなり変更されている。

「そして一番の特徴は、この大きなアイカメラ」

 続いて、映像は頭部にズームイン。

 外装義体の頭部には、一般的にコクピットが存在する。だからそれが収まるよう、首とつながって大きめに設計されていることが多い。もちろんクロガネなどの例外は存在するが、クグツのコクピットは概して頭部から首の間にある。すなわち、脳の位置に。人間の構造を模した強化外骨格エンハンサーであるのだから、当然のことだろう。

 そして、そのコックピットのすぐ近くに、シオン改の単眼は位置していた。顔をそっくりそのまま覆い尽くしてしまいそうな巨大な瞳だ。それは、ミラーボールのように無数の平面の組み合わせによって球をなしており、まるでムシの複眼のようだ。

「この義眼カメラアイ、おそらくマキ・フィルムズが特許を得ている全周囲カメラだと考えられる。米軍の偵察機にもこのタイプの義眼を備えてるのはあるけど、こいつは民生品を無理やり搭載しているみたい。でも厄介なのは、この眼一つで機体周囲の視覚情報を一気に捉えることができるってとこ。以上のことを総合して言うと、この改造クグツは、シオンをさらに都市部での戦闘のために特化した、局地戦用の機体だと言える。となると、なんで機体カラーリングがオリーヴドラブかが謎なんだけどね」

 3Dモデルが閉じられる。映像は再び真っ白い平面に。

「機体のことはわかったわ」とエレン。「で、問題は奴の急に消えてしまう装備。あれは何なの? 電磁迷彩(ECS)? 熱反応まで消すECSなんて聞いたことないんだけど」

「それはわたしにもよく分かんない。上層部は、熱遮断用のフィルムでも隠し持ってたんじゃないかって言ってる。バックパックに布切れぐらい積めそうだしね」

「じゃあ、ECSを起動した状態で、熱源を遮断するマントでも被ったっていうの?」

「それが一番現実的な回答。対策としては、霧隠れする前に敵の装備をすべて斬り落とすことかな」

「無茶苦茶ね」

「でも斬るのは得意でしょ?」

 アスカは意地悪そうに言って、赤いツインテールを揺らした。

 エレンは不機嫌そうに眉間へシワを寄せる。

「それで、問題のクグツはどこにいるか。情報はつかめてんの? アタシはリベンジマッチをご所望なんだけど」

「はいはい。正確な居所は分かってないけど、それっぽい情報はリストアップできてるよ」

 カタン、と今度は机上のデバイスを叩く。

 そして次に映し出されたのは、3Dのモデルでもなければ、衛星写真を元にした地図でもない。どこかの誰かのメッセージのやりとりだった。黒い背景に、音声メッセージとともにキャラクターのイラストが添付されている。

「なにこれ。ただのヴォールじゃない」とエレン。

 ヴォールとは、若者のあいだで流行っている電脳化者同士のメッセージアプリケーションだった。音声認識によるヴォイスメッセージと、テキストメッセージ、その他イラストなどのスタンプ機能を持つSNSサービスの一つだ。

「そう、ヴォール。だけど、これはただのメッセージのやりとりじゃないの」

「というと?」

「この通信は、一般のネットワーク・キャリアや、プリペイドSIMじゃなくって、かなり複雑な様式をとって通信しているの。……ダークウェブってご存じ?」

「ダークウェブ?」

 首を傾げるエレン。

 一方で、恭介は以外にも知っていた。

「深層ウェブのことだろう。かつては軍事ネットワークに使われていたとか。いまでも一部では電脳ドラッグの取引に使われてるらしいけれど……エレン、知らなかったのか?」

「知ってたわよ、バカ。……それで何、ネオ・ラッダイトの連中はダークウェブを介して連絡を取り合っていたっていうの?」

「そうなるね。海外サーバーをいくつも経由して、そのうえ一般のメールに偽装してる」

 と、またアスカは右手に持ったデバイスのボタンを押した。

 映像はメッセージの部分にズーム。音声ではなく、文字列だけの送信だ。内容は当たり障りのないものばかりで、まるでカップルがデートの場所と時間を決めているように読める。しかし、わざわざ一般の男女が深層ウェブを用いてメッセージのやりとりをするだろうか?

「ダークウェブにアクセスできるアプリケーションは、すでにアンダーグラウンドで出回ってる。おそらくネオ・ラッダイトの連中は、それを使ってやりとりをしていたと考えられる。そのアプリ――Vorって言うんだけど――それを使えば、もしメッセージを盗み見られても、そこから逆探知することができないの。だから、連中がどこからメッセージを送信しているかは分からない。ただ、彼らの会話の内容と先日のクグツの件が一致していたから、これが本人と見て間違いないと本部は考えてるみたいね」

「じゃあ、こいつらの暗号めいた会話から居所を推理するしかないってわけ?」

「ご明察、ワトソン君」

 アスカは大仰そうに低く作った声で言った。どうやら、本当に手がかりはそれしかなさそうだ。

「でも残念ながら、メッセージのやりとりは昨日の昼過ぎからまったく無いの。監視はしてるから、続報があったら教えるね」

「了解。で、情報はそれだけ?」

「それだけ!」

 満面の笑みでアスカが言うと、エレンは深くため息をついた。どうやら、タウンゼントを出し抜くにはもう少しかかりそうだ。


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