3ー7
男同士でも、たまには感傷に浸りたいときがある。おそらく、今日がその一つだったのだろう。
呉石と恭介の二人は、薄いコーヒーを飲みながらなま暖かいビル風に身をゆだねていた。お互い何も語らず、ただ曇天の空を見上げるだけだった。
そうしてどれぐらい休んでいたのだろう。突然、また屋上のドアが開いた。
「なーに男二人で感傷に浸ってんのよ!」
と、トゲのある少女の声。エレンだった。
「二人ともさっさと支度して。捜査に乗り出すわよ」
「捜査って……俺たちは別命あるまで待機じゃなかったか?」と呉石。
「じゃあジョージ、アンタは待機。キョウスケ、アンタはアタシと一緒に来ること。バディは一心同体なんだから、行くわよ」
「行くって、どこに?」
「だから、捜査に決まってんじゃない! アタシはね、タウンゼントのアイツが大嫌いなの! いまに見てなさい。出し抜いてやるんだから!」
エレンはそう言うと、「早く来なさい。地下で待ってるから!」と残して屋上から去っていった。
恭介は呆然としていた。エレンのあの態度。かなりイラついているようだ。
「あーあ。火が点いちまったか……。ああなったエレンは止められんからな。頑張れよ、相棒さん」
「えっ……呉石さん、どういうことです?」
「さあな。……ほら、早く行かないとエレンにどやされるぞ」
階下から怒声が聞こえる。なんと言ってるかはわからないが、エレンの声ではある。とんでもない大声で、恭介を呼んでいるのだ。
こうしてはいられない。恭介は残りのコーヒーを飲み干すと、大急ぎで地下格納庫に向かった。
*
民間の捜査員たちが都内全域で汗水垂らしながら探し回っているなか、エレンと恭介の二人は完全に空調整備のされた部屋にいた。とはいえ、その空調は人間のためではなく、熱を持つコンピュータのためである。
千代田区は、神田秋葉原にある調査会社。雑居ビルの二階にあるそのオフィスをたずねて、二人はやってきた。オフィスにいる社員は、相変わらずアスカこと二瓶飛鳥の一人だけ。他は在宅の調査員で、オフィスに赴いたとしてもリモート義体というような奇人変人ばかりだ。
アスカもそのうちの一人。男に生まれながら、義体適性と趣味から、女性義体を好んで使っている、赤髪ツインテールの男だ。
白衣姿の彼女は、ダルそうにソファーに腰掛けながら、旧式のパソコンの群の中に居座っていた。薄暗い空間には、モニターの明かりだけが妖しく光っている。
「ああ、うん、来ると思ってた。いらっしゃい、二人とも」
と、アスカは後ろを振り向くことなく言った。
「アスカ、わかったことを全部話して。洗いざらい。タウンゼントにも警察庁にも話してないやつも、確度の低い情報も、ぜーんぶ」
エレンは言いながら、オフィスの中へがに股でズカズカと入っていく。そしてアスカの座っていた大きめの一人がけソファーをムリヤリぐるりと半回転させた。エレンとアスカはご対面。エレンは満面の笑みを浮かべていたが、アスカの顔はひきつっていた。
「お、おはようエレン。今日はずいぶん強引だねぇ……」
「タウンゼントのあのクソ女を出し抜きたいのよ。わかってることぜんぶ話して」
「はいはい。わかったわかった……。恭介もおはよう。というわけで、ついでにそこにある立体映像装置のスイッチつけてくれる?」
「ホログラム? ああ、これか」
恭介はすこし迷ってから、デスクの端にあった黒い筐体のスイッチを入れた。
まもなく、薄暗い部屋の中に一条の光が射し込み、それが立体の映像を描き始めた。映像信号は、どうやらアスカの手元にあるデバイスと直結しているようだった。
「どもども。……まあ、わたしもタウンゼントにはお礼参りしたかったしね。エレンが代行してくれるなら、やってもいいかな」
「あの……さっきからタウンゼントがどうって、そんなにあの会社が嫌いなのか?」
「嫌いってわけじゃないけど――」
「だいっきらいよ!」
と、アスカの言葉を遮って、エレンが大声を張り上げた。だがエレンはそれ以降、口をへの字にして押し黙った。
「あはは……。まあ、商売敵だしね。タウンゼントって会社は、国内における重大事件。とくに外装義体関連の事件に関してはシェア五〇パーセント近くを誇る大企業なんだよ。それで、そこのエースパイロットのケイト・キリサキってのがね、まあとんでもない高飛車娘で。同業他社に喧嘩を売りまくってんの。今日の捜査会議で会ったんじゃない?」
「ああ、会ったよ。だからエレンがこんな調子」
「ああ……なんていうか想像するのが容易だなあ……。まあともかく、そんなだからエレンがこんな調子なわけ。
とはいえ、キリサキ家ってアメリカ軍じゃ結構名の知れた家系で、たしか代々米海軍の外装義体特殊部隊AELS7って話。軍人一家極まれりって感じ。だから彼女もそこに入るんじゃないかってウワサされてたんだけど、どうやら女性義体じゃどうやってもAELSの合格条件は満たせないってんで、民間軍事会社や民間警察企業に流れてきたみたいね。わたしみたく性別の違う義体を使えればいいのにさ……。まあ、そういう意味では、恭介と境遇は近いかも」
「アイツの身の上話はどうだっていいでしょ! はやく情報をちょうだい!」
エレンが貧乏揺すりをして、タバコを加えた。スイッチは入れなかったが、彼女は口寂しそうに煙の吸い口をなめている。
「はいはい。わかったって。……とりあえず、ウチでわかったことを一通りまとめてあるから」
そう言うと、ホログラムが青い閃光を描く待機状態から、白い光へと切り替わった。




