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会議はまもなく解散し、調査会社の捜査員たちは現場へと戻っていった。同じ武装企業であるタウンゼント社一行も、まだ出番ではないと知ると早々に桜田門から姿を消した。
一方で、会議の終わりで思いがけず注目を買ってしまった一之瀬社は、捜査会議後も大会議室に残っていた。理由は一つ、坂本部長のことだ。
「チーフ、本当にどこに行ってたんです?」と呉石。
彼とエレンの二人は、坂本の用意したファイリングデータをこめかみに挿し、インストール。ほとんど知っていた内容だが、それでも知らないよりマシなことだった。
補足された機体情報。オリーブドラヴ・フラットの機体は、全体的に丸みを帯び、特に胸部は分厚い装甲に覆われていた。そのフォルムは、いかなる機体情報とも合致しない。また、特徴的な単眼は、どの企業より生産されている機体とも似つかない。おそらく軍用品ではなく、一般のカメラメーカーの品を改造し、取り付けたものと考えられた。そして何より背部ウェポンラックは、軍事装備並のハイテク機構を備えている……。
「ちょっちね。こいつをまとめてたのよ。一応ウチが第一発見者だし。なんか突っ込まれるだろうと思ってね」
「そういう仕事は僕がやったんですが……」
恭介はそう言ったが、すぐさまエレンが、「拒絶症がどうやって電脳向けデータ作るのよ」とつっこみを入れたせいで、それ以上は何も言えなかった。
「まあいいじゃないの。とりあえず我が社は別命あるまで待機。タウンゼントの連中まで出張って来てるんだから、ウチも楽ができるんじゃない?」
「そりゃそうかもしれませんが……」呉石はメモリチップをこめかみから抜き、着ていたミリタリージャケットのポケットに戻す。「でも、今回陣頭指揮を執ってるのは、あの黒田響也ですよ」
「そうね……。そこなのよねぇ……」
言って、坂本部長は深く考え込むように口元に手を当てた。
黒田響也。
その名前が出た途端、再び恭介の全身に悪寒が走った。雷に打たれたような衝撃が体じゅうにほとばしり、筋肉が痙攣する。アイウェアの下に隠した瞳が、びくんびくんと何度も脈打った。
「……あの……」と恭介は何とか言葉を振り絞る。「兄のこと、ご存じなんですか?」
「ええ、有名人よ」と軽い調子で坂本。
一方で、エレンと呉石はずいぶん驚いた様子だった。
「ええっ! アンタ、黒田って別に珍しい苗字じゃないし、被っても仕方ないとか思ってたけど……。アンタ、あの黒田響也の弟なの!?」
「ま、まあ……知らなかったのか、エレン?」
「知らなかったわよ。ていうか、なんで言わなかったのよ」
「いや、てっきり知ってるものかと。……それで兄はそんなに有名人なんですか?」
「有名人よ」と坂本。「キャリア組として入庁後、警備局公安課電脳犯罪対策室、警視庁新宿特別署電脳犯罪対策課、そして現在は捜査一課管理官警視。最近じゃ、電脳犯罪対策室の室長筆頭候補って話で、さらにはそのまま公安課長のポストに収まるんじゃないかってウワサまで立ってるぐらい。エリート街道爆走中ってとこね。その手腕は公安委員会のお偉方も一目置いてるらしいんだけど。でもま、彼の悪いところは、ウチら準警察企業をモノとしか思ってないっていうとこ。犯人を捕らえるための資産だって思ってのよ。……お兄さんなのに、知らなかった?」
「絶縁関係なもので……」
「なるほど。あなたも大変ね。生まれた環境が環境だし……」
それから坂本は、コホンとひとつ咳払い。言い過ぎたかしら? と確認を取る。
彼女の軽い言葉遣いからは、いつも悪意というものが見えない。だから恭介もなんとも思わなかったが、しかし思い知らされるところはあった。自分は、ずいぶんと前から兄を拒絶している。それこそ、生まれたときからずっと。兄もまた、自分を拒絶してきた。
同じ血筋の人間だと思われたくない。
兄はよくそう言っていた……。
恭介が痺れに耐えながら、目を伏せていると、そろそろエレンたちがオフィスに戻る支度を始めた。恭介も混ざって用意を進めていたが、しかし坂本だけは黙って呆然と立ち尽くしていた。
まったく何を考えているかわからない人だ。
恭介がそう思っていると、坂本はとたんに口を開いた。
「あらぁ、噂をすれば何とやらねぇ」
彼女がそう言葉を放った先。目線の向こうには、一人の男が立っていた。
男は、傍らに女性を一人侍らせ、どこかに向かう途中のようだった。しかし男は不意に足を止めると、坂本の姿を認め、会議室のほうへと向かってくるではないか。
言うまでもない、その男こそ黒田響也。恭介の兄であり、本件の担当管理官であった。
「これは、坂本さん」と、響也は言った。
彼は秘書官らしき女性を廊下に待たせ、わざわざ一之瀬のものたちに会いに来た。しかし、彼の目は恭介には微塵も向けられていなかった。
「久しぶりねぇ。いつぞやの連続殺人事件以来じゃない? ずいぶん出世したわね」
「おかげさまで。会社のほうは順調ですか?」
「ぼちぼちでんなぁ」
「そうですか。しかし坂本さん、先ほどのような無駄なパフォーマンスは止していただきたい。時間の無駄です。……あなたたちは別命あるまで待機です。所詮あなたたち武装企業は、テロリストを狩るための剣でしかありませんから」
「それは失礼。剣ごときが出過ぎた真似をいたしました」
坂本はそう言って頭を下げたが、響也はまったくの無表情。言葉こそ敬語を取り繕っていたが、その内心は見下すような目にあふれているようだった。
それから彼は踵を返したが、その途中で呉石と目があった。
だが、呉石は即座に目をそらした。
「ほう、呉石譲二巡査部長。どうやら私の言ったとおり民間に出て行ったんですね」
「……人違いだ」
「人違いはないだろう。呉石。かつて君は、私の部下だった。思い出せ」
途端に語気が荒くなる。
呉石はさらに目を伏せた。何かを隠すように。
「冗談です。もうあなたは、私の部下ではない。新天地でうまくやっていけているようで安心しましたよ」
ぽん、と呉石の肩を白い手が叩いた。冷め切った、氷のような手だった。
そうして黒田響也は、大会議室を出ていった。その際、彼が恭介と目を合わせることはまったくなかった。一瞬だけ、会議室を出る寸前に目線が流れ、微妙にすれ違ったような気がしたが、それだけだ。まるで響也の視界には、恭介という存在はどこにもいないと言っている。そのようだった。
そして黒田響也は、警察庁新庁舎のオフィスへと秘書とともに向かっていったのである。
*
黒田響也は、一度オフィスに戻り、一杯のコーヒーと電子タバコをふかしていた。重度のカフェイン中毒である彼は、電子タバコのリキッドも高濃度カフェインの封入されたコーヒー風味のものにしている。
豆のにおいを口いっぱいに送り届けてから、彼は事務イスの上で身体をゆっくり伸ばした。これからすぐに捜査本部に戻り、ネオ・ラッダイトを追わなければならない。しかし、いつも肩肘を張っていては、仕事もままならない。自分の仕事は国の左右を担う重大なものだと彼は心得ていたが、だからこそ一時の休憩も大事にしていた。
それからタバコをふた吸いほどすると、誰かが捜一のオフィスに入ってきた。
「やはりここにいましたか、黒田くん」
そう言ったのは、捜査会議で響也の隣に座っていた初老の男だった。頭に白いものが目立つ彼は、アンチエイジングも施していないシミの目立つ肌をポリポリと掻いている。
「これは……芝田さん。どうかしましたか」
「そんなかしこまらなくていいよ、黒田君。……いや、もう君のことは黒田警視と言うべきかね」
「いえ、そのようなことは……」
「いいんだ。君はあの黒田家のご長男だ。お爺さまには、昔は僕もよく世話になったよ。こんな、出世を捨てて現場に残ろうとした阿呆ですら、あの人は応援してくれたからね」
「芝田警視は、立派なご判断をしたと思います」
「ただ出世を逃しただけさ」
芝田と呼ばれたその男は、上着を脱ぐと肩に担いで、響也の隣に座った。
「……黒田警視。さっきの君、ずいぶん動揺していなかったかい?」
「動揺はしていません。ただ、ずいぶん久しい顔を見たので。見ないようにしましたが」
言って、響也は電子タバコをケースにしまい込み、モバイルバッテリーで充電を始めた。
それから響也はケースを上着のポケットに入れると、机上の紙媒体を持ち上げ、立ち上がった。そしてオフィスを出ようとする。
「君が見ようとしなかったのは、弟さんのことだね」と芝田。
しかし、響也は黙ったまま、オフィスの扉を開けた。
「……芝田さん、私に弟はいません。拒絶症の人間など、警察にいる必要ありませんから」




