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3-3

 警察庁刑事局捜査一課管理官、黒田響也。それが黒田恭介の兄であり、黒田家の次代を担う長男だった。

 恭介は、兄が会議室に入ってくるや、全身のふるえが止まらなくなっていることに気づいた。押さえ込もうとして、右手を左手でつかんでみたりもしたが、ダメだ。左手も小刻みにふるえだし、全身が痺れるようにして言うことを聞かない。思い切り太股を叩いてみたりもしたが、無駄なことだった。

「どうしたの?」と不審に思ったエレンが問うた。

「何でもない……それより……始まるぞ……」

 捜査会議が始まる。兄の主導によって。

 いくらか予見できた事態ではあったのだが、それでも現実を前にしてはどうしようもなかった。

 前方、響也の隣に座る女性がマイクに顔を近づけた。彼女も響也と同じ、警察庁刑事局の人間だろう。

「現在共有されている捜査情報については、お配りしたものですべてです。もちろんご存じとは思いますが、ここに記載されているデータはすべて極秘の捜査資料となっています。第三者には譲渡できないよう、あらかじめ防壁が敷かれていますので、あしかあらず。……では今回の事件の首謀者と思しき人物ですが、資料の十二ページをごらんください」

 AR表示。恭介は、ページを繰るように資料データを眺める。そこには、先ほども見たテロリストの顔写真が載っている。

「今回確認されたクグツは、テロ組織ネオ・ラッダイトの可能性が非常に高いです。そのネオ・ラッダイトの中でも、現在確認されているうちで従軍経験のある者。または司法機関向け外装義体の運用経験を持つ者をピックアップしました。各員は、ここに記載された人物を追ってください。それから、武装企業は別命あるまで待機を命じます。よろしいでしょうか?」

 沈黙。

 それはすなわち、逆らうことはないという意思表明。

「ありがとうございます」

 と、女は言って一礼。まったく感情を表に出さないまま、淡々と読み切ったようだった。


 会議はそれから、調査会社による現況報告が続いた。しかし、準警察企業の調査会社といえど、テロ組織を追っているようなところは少ない。それこそそのような事件は、今回のように警察庁にかすめ取られることが多いからだ。もはや形骸化しつつある公的機関であるくせに、国家の非常事態というと、見栄っ張りにやってくる。

 調査報告は、どこも芳しくなかった。クグツの行動パターンからみた大まかな活動範囲や、それとテロ組織の潜伏予測範囲の対比。それはまだ役に立ったほうだが、しかし連中もバカではない。早々に逃げ始めているはずだ。

 クグツの種別も解析中であり、つかめているのは相手が武装したクグツを有している、という事実だけだった。

 とりあえず今は、そのクグツを保有していると思しきテロ組織の構成員を捜索せよ……というところですべて片が付いた。会議も終わりが見え、方々から身体を伸ばすような声が聞こえてきた。

 そんなとき、管理官のほうから質問があったのだ。黒田響也警視からである。

「……一つよろしいか」と、目つきの悪い三白眼をさらに細めながら。「今回、目標と初めての接触ファースト・コンタクトをしたという一之瀬社の人間はどこだ?」

 突然のことに、エレンと呉石は驚き、肩を震わせた。一方で恭介は、まだ全身が痺れたようで、なにもできないでいた。

 エレンと呉石はしばらく無言でアイコンタクトを交わし、それからようやく呉石が《おれか?》と言って手を挙げた。

「わかった。君たちは、ネオ・ラッダイトのクグツと遭遇、戦闘したそうだな。クグツについて何か気づいたことがあれば、何でもいいから教えてほしい。覚えている範囲で構わない」

「クグツの特徴、ですか……」

「そうだ」

 ぎらついた三白眼が、呉石を睨みつける。

 呉石はどこかよそよそしかった。いつもはベテランを気取っている彼だが、このときばかりは口をモゾモゾと動かし、いつまでも言葉を発せずにいる。それになにより、彼は厳として響也と目を合わせようとしなかった。

《エレン、俺は目標を視認はしてないぞ! おまえが言え!》

 彼は目線を落としながら、電脳通信でエレンに言った。

《えー、なんでアタシが?》

《おまえは目標を目の前で見たろうが! 黒田もこんな調子だし、どうにもできんだろ》

《だから、ジョージが言いなさいよ》

《だから、俺は映像でしか目標を見てないって言ってるだろ!》

 そんな口論が無言の間にされるなか、どうやら黒田響也の表情には静かな変化があった。

 響也はしばらくして、またマイクを手に取った。

「早く報告しろ。すでに三十秒君らのおかげで無駄になっている。もはや捜査に関して君たちがどうこう使用という権限はない。あるのは命令に従う義務だけだ。その義務をまっっとうするつもりがないなら、以降一之瀬には捜査からはずれてもらう」

《だから、エレン! 答えろ!》

《えー、アタシがぁ?》

 しょうがないなぁ、とエレンが立ち上がった。

 すると、そのときだ。突然、バァンッ! と大きな音がしたかと思うと、会議室に一人の女性が飛び込んできたのだ。白のスーツにゆるくパーマのかかった茶髪。彼女は外部記憶端末を一つ手に掲げて、会議室に飛び込んできた。

「遅れて申し訳ありません。一之瀬の坂本です。ウチが捉えたクグツの情報をすべてファイリングして持ってきたんで、それで勘弁してもらえませんかね。ねえ、黒田くん(﹅﹅﹅﹅)?」

 とたん、黒田響也の表情が歪んだ。それを見て、坂本はにやりと笑う。

「……いいでしょう。全捜査員に共有してください。以後、今後の捜査については、ネオ・ラッダイトのテロリストと、クグツを中心に追うように。以上です」


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