3-2
時刻は現在に戻る。
事件発生よりすでに十時間近くが経過していた。すでに警察庁指揮のもと、準警察企業による周辺捜索が開始され、昨夜より厳戒態勢が敷かれていた。
そんななか、一之瀬警備保障は、霞ヶ関警察庁新庁舎で開かれる捜査会議に出席するため、庁舎の三階にまで来ていた。
三階大会議室には、東京都内の準警察組織が結集していた。その数は二十近い。一之瀬のような武装組織も、三社参加していた。
エレン、恭介、そして呉石の三人は大会議室の中程にある席に陣取った。段々になった講堂のような会議室には、中央に警察庁官僚が。そして手前から大企業が座っていき、奥に行くほど零細となる。一之瀬は零細も零細だったが、武装企業であるという理由から、少しだけ優遇されていた。
座席には、すでに資料が用意されていた。外部記憶装置に保存された捜査資料だ。エレンと呉石はそれを手に取ると、こめかみのコネクタに挿して並列化。一瞬で資料を読み切った。
しかし、恭介はそういうわけにもいかない。彼はデジタルアイウェアのフレームにメモリ端末を挿入すると、ファイルを展開。百ページ近い捜査資料に少しだけ気が引けた。だが、読まなければならない。
「そういえば、部長はどうしたんです?」
彼は資料を読みながら、会議を始める前に問うた。
「チーフなら、何か用事があるからあとでくるって」とエレン。
「用事って……。捜査会議より重要なのか?」
「あの人の考えてることは分からないもんだ」と呉石。「まあ、悪い人ではないから。放っておくといい。下手にチーフに突っかかると、悪い意味で面倒なことになる」
「はぁ……」
恭介は言って、資料に目を戻す。
しかし、それにしても膨大な量だった。警察庁が出張ってきただけの理由もうなづけるぐらいだ。
目標と思しきクグツの持ち主は、反義体化管理社会組織ネオ・ラッダイトのテロリストと考えられている。現在クグツのパイロットは判明していないが、自衛隊・軍事企業・警察企業出身者が勤めている可能性が非常に高い。そしてその中でも人相の割れている人間が数名、資料中に写真とともに示してあった。すべて公安部が極秘裏に手に入れたと情報とのことで、閲覧にはかなり厳しいセキュリティが敷かれている。もし捜査関係者でなければ、開くことすらできないだろう。
しばらく資料を見ていると、一之瀬社の席の前をサイボーグの一群が通っていった。身の丈二メートル近い男と、その半分ぐらいしかない少女が一人。なんともアンバランスな一団だ。
先頭を行くのは、ブロンド髪の小柄な少女だった。彼女はポニーテールにしたプラチナブロンドに、パンツスタイルのダークスーツという格好だ。
するとその少女の目が、一之瀬の席に留まった。そして彼女の顔に笑みが浮かぶ。
「あら、クロガネさんじゃなくって?」
と、その女は言うと、男たちを先に行かせて最前列の席を陣取らせた。一方でブロンドの彼女は、ツカツカとエレンに近寄ってくる。
エレンは苦虫をつぶしたような顔をして、大きく舌打ちをした。
「久しぶりですねぇ、クロガネさん」
「……うるさい。とっとと席につけ。会議が始まるぞ」
「あらあら、わざわざご挨拶申し上げにきたというのに、相変わらずですのね。そもそも、こんな捜査会議なんて前時代的なこと、する必要あるんです? いまは電脳会議でどうにでもなりますし、そうすればいちいち一カ所に集まる必要もありません。時間も短縮できて、そのぶん捜査に時間を割くことができます。なのに警察庁ときたら、局内の完全電脳化を推進している癖に、いまだにお役所仕事全開。会議をしないと捜査の一つも初められないなんて、お笑い草とは思いません?」
「いいから席に座れ。アンタの顔を見ていると、今にも手を出しそうなのよ」
「あらあら、わたしは純粋にご挨拶申し上げに……」
「いいから席につけ。アンタの話ならあとで聞くわ。……現場で、たっぷりとね」
「それは楽しみですわね」
彼女はそういうと、含み笑い一つ。その場を去って、最前列の席に腰を下ろした。ずいぶんと大仰な態度の女だった。
「……エレン、あの女は?」と恭介は小声で問う。
「ケイト・キリサキ。アメリカ資本の準警察企業、タウンゼント・セキュリティ・サービスィズ……TSS社のエースパイロットよ。国内の武装組織でのシェアの多くは、連中が占めてる」
「しかも彼女は元々本社出身らしい」と呉石が横から付け足す。「本社ってのは、つまりPMC……民間軍事会社ってことだ。彼女は軍属出身のエースパイロット。いまのとここの業界じゃ、ヤツにかなうクグツ乗りはいない。だから、あんな態度さ。ウチとしても鼻持ちならん」
「なるほど……」
恭介は一瞬、資料から彼女――ケイト・キリサキに目を移した。プラチナブロンドの美しいポニーテール。それがダークスーツのうえで美しく輝いている。そんな彼女が、現在業界随一のエースパイロットだというのだ。人は見かけによらない――特に現代ではそうだが――ものだが、恭介にはとても彼女がそうには見えなかった。
それからしばらくして、警察庁の人間が会議室に入室した。会議開始の五分前きっかりだった。
そのころには、恭介も資料の半分近くに目を通せていた。
資料から一時目を離す。官僚が入ってくるや否や、会議室に座っていた捜査員が全員立ち上がった。
恭介もあわてて立ち上がり、資料を見ていたウィンドウを隠す。そしてすべてのタブを隠したそのとき、恭介はいまのいままでAR表示されていた資料によって隠されていた人物を目にしたのだ。
会議室に入ってくる、三人の警察庁官僚。ブラックスーツにハーフフレームのメガネをかけた女性と、白髪の目立つおおらかそうな老紳士。そして……恭介によく似た顔つきの、目のつり上がった男が一人入室してきた。
そのとき、恭介は全身が痺れ、凍り、縮みあがるような感覚を覚えた。いや、現にそうだったのかもしれない。
三人が着席し、マイクを手に取る。立っていた捜査員たちも一礼してから着席。
そして真ん中に座った目つきの悪い男が、低い声で言った。
「今回本件を担当する、捜査一課の黒田響也だ」




