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2-12

 ウンカイの義眼カメラアイの動きが一瞬鈍った。義脳――正確に言えば、電脳に侵蝕した義脳の一部――が処理不良を起こしてる。CPUに負荷。まさかエレンが脱するなどとは予期していなかったのだろう。そのうえ、右腕を切り落とされたのだ。義眼は絞り羽根を回転させ、瞳をしばたたくように。エレンの姿を見る。

 直後、その一瞬の隙を突いて、再びエレンが斬撃を放った。袈裟斬りは、今度は外装義体クグツの左肩を襲った。肩部アクチュエータに損傷。モータが雷鳴を響かせ、閃光をまき散らす。

 人工筋肉マッスル・アクチュエータを切り裂かれたクグツは、もはや両腕が存在していないも同然だった。右腕は切り落とされ、左腕はだらんと垂れ下がるのみ。もはや神経ナーヴは生きていない。

 ――しめた

 エレンのねらいはただ一つ。クグツを文字通りダルマにしてやることだ。義脳侵蝕のクグツならいざ知らず、今回の相手には人間が乗っている。コクピットごと切り裂いてしまいたいところだが、そうもいいかない。だから、相手の行動をすべて封じた上で、そのうえでコクピット・ハッチを引き剥がす。そして、感染者である新津サトルを捕まえる……そういう算段だ。

 両腕をもがれた巨人。残るは足だけだ。エレンはブレードを水平に構え、駆ける。全身義体の彼女が全速力で走れば、軽く自動車並の速度は出る。全身をバネのように動かし、彼女は敵の足下へと転がり込んだ。

 次の瞬間、巨人ウンカイは防衛本能に駆られたように右足を尽きだした。足払い、エレンの接近を防がんとする。

 しかし、エレンは一瞬で飛び上がり、足払いを回避。空中でブレードを横一文字に凪ぐと、突き出された脚部を切り落とした。

 バランスを崩し、巨人は倒れ始める。砂埃を噴き上げ、その巨躯はただの屑鉄に戻る。

 エレンはその好機を逃すことなく、仰向けになった巨人に飛び移った。頭部コクピットハッチを強引に開く。義体を最高出力で。人工筋肉が反応し、大きな力こぶを作る。

 ハッチを引き剥がすと、彼女はそれを座布団のように放り投げた。その向こうには、電脳接続をされた生身の肉体がひとつ。そしてその傍らには、赤子の義体があった。

 男は白目を剥いて、顔はすっかり青ざめてしまっていた。気を失っているのだろう。

 エレンは彼の襟首を掴みコックピットから引きずり出す。そして革ジャンのポケットから手錠を引っ張り出して、後ろ手で縛って拘束した。まだ完全にムシが除去されたわけではない。またいつまたおかしくなっても不思議ではないからだ。そして、今度は義脳を積んだ赤子のカラダを引きずりだした。すべての元凶。悪意と復讐心に人生を捻じ曲げられた、可哀想な赤ん坊のを。

 エレンはそれら一連のステップを踏んでから、電脳回線で言った。

《一六二〇時、ムシ確保》と。


     *


 午後六時三十分には、呉石と坂本も到着。新津にはアンチ・ウィルス・ワクチンが投与(インストール)。緊急搬送され、事なきを得た。事件の根元となった赤子の義体も、調査会社が回収し。すべては一応の終わりを見せた。

 呉石は赤子の義体の護衛。坂本はクロガネの修理について松本製作所に話をしに行くと出て行った。そうしてエレンと恭介だけが、現場に残された。

 エレンはクグツの残骸に向き合いながら、夜空を見上げつつ電子タバコをふかす。筒状のシガレットの電源ランプが赤く妖しげに光っていた。

 エスプレッソ風味の紫煙スチームが暗闇に浮かぶ。地平線の向こう、埋め立て地に浮かぶ工業プラントがスポットライトを浴びたみたいに輝いていた。

「ねえ、このあとちょっと付き合ってくれない?」

 エレンは一服してから、言った。

「構わないけど……。どこに?」

「バカね。一仕事終えたんだから、少しハメを外しに行くのよ……ハル!」

 と、彼女が言ったところで、HALー1250Fがヘッドライトを瞬かせエレンのもとまでやってきた。

「ほら、乗って。付き合ってくれるんでしょ?」

 言って、エレンは二人分のヘルメットを取り出した。


     *


 バイクの二人乗りは初めてのことだった。それも自分よりも小さい女の子――の義体というだけで、中身は成人女性なのだが――に掴まるという形で。

 はじめはぎこちなく、それでいてあんまりエレンに近づかないようにしていた恭介だったが、彼女がとんでもない速度で首都高を飛ばし始めると、否応なしに抱きつかなければならない状況になった。

 エレンは満更でもない様子で、なおもスピードを出し続けた。風を切ってハルが速度を上げると、エレンはうれしそうに声をあげた。その容姿に違わぬ、少女のような声色で。

 そうして二人がやってきたのは、事件の始まりの場所。新宿にあるFRICTIONというライブハウスだった。


 店先は非常に静かだった。小林マリの件もあって、営業を自粛していたのだ。エントランスには『CLOSE』と看板がおろしてある。しかし、エレンはそれを無視して店内に入った。

 店内は当然だが、がらんとして電灯もロクについていなかった。ただカウンターバーにだけ明かりが灯っており、チノパンツに黒のドレスシャツを着たバーテンの女性が立っていた。

 彼女はエレンを一目すると、口に出掛かっていた言葉を押し込めるように唇を結んだ。

「メイ、ちょっとステージ借りていい?」

「……どうぞ。あなたのギターなら奥にしまってある。どうせ来ると思っていた」

「相変わらず気が利くわね」

 エレンは軽くウィンク。

 彼女が舞台裏に入ると、ステージに明かりがついた。といっても、軽い照明がついたぐらいで、とてもスポットライトと呼べるようなものではない。

 エレンは薄暗闇のなか、かつての自分のカラダを持って戻ってきた。人間の形を残しつつも、楽器に改造された機械。それはもはやヒトでは無かった。モノだ。

 彼女は革ジャンのポケットから一枚のコインを取り出す。ずいぶんと古めかしいものだが、きれいに磨き上げられている。オニギリ状に変形させられた硬貨は、どうやらかつてのヨーロッパで使われていたもののようだった。

「いい、メイ?」とエレン。

 メイは黙って首を縦に振る。

 それから、エレンの演奏が始まった。ピック代わりのコインからかき鳴らされる、声帯を使った弦の音。聖歌隊の少女のような透き通った音色は、とてもスチール弦で表現できるものではない。声帯を模して培養された、人工声帯ラリンクスだからできることだ。

 恭介は、その音色をカウンターに背を持たれながら聴いていた。今まで追いかけていたムシの正体……それと同じものであるのだが、しかし不思議と嫌悪感は生まれてこなかった。思えば、赤ん坊の電脳も悪意があったわけではないのだ。悪意ある大人につきあわされ、最悪の形で表出してしまっただけ。大人に奪われた子供の産声は、復讐に近い音色で現れたのだろう……。

「……どうぞ」

 コトン、と後ろでバーテンの女性がグラスを置いた。透明なグラスに氷とライムが添えられている。

「……店からのおごりだと思ってください。事件を解決してくださったのでしょう……?」

「そんなお気遣いなく……。あの、エレンはここの常連なんですか?」

「はい……。彼女はよく赤ん坊のころの自分の義体を改造したギターを持ち込んで、客が居なくなると一人で弾いていました……。エレンは、決してうまくはありません。でも、彼女の演奏は……その、義体に対して真摯に向き合っているというか……。一つの休符というか、ケジメというか……。だからこの店にとっても……。すみません……話すのは得意ではなくて……」

「いえ、いいんですよ。とりあえず事件は解決しました。小林さんもすぐ快復するでしょうし、彼女の赤ん坊も戻ってきますよ」

 ――でも、彼女は赤子の意志が少しでも残っていたほうがうれしいのだろうか……。

 つらい判断だ。おそらく小林マリは、自分の生きた証の一つであり、花咲の罰の印である赤子を求め続けた。それは生の象徴でもあり、復讐の印でもあるのだろう。その意志は赤子の奏でる音色に乗せられ、拡散した……。目が覚めたとき、彼女はなんと言うだろうか。

 ――こんなことを考えても仕方ない。いまはエレンに付き合ってやろう。

 恭介はグラスを持ちあげると、バーテンに一言礼を言って、酒を喉へ流しこんだ。

「……まっず」

 だが、どうやらそれは全身義体用感覚鈍麻剤(メドゥカ・スピリタス)のようだった。


 我が子をかいなに抱く少女〈了〉


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