2-11
HAL-1250Fは、サイレンとパトランプを喚き散らさせて、現場に到着した。日は傾き、地平線の彼方へと消えようとしている。
同じ赤色の光――ブレーキランプが、崩れかけたビルを裂くように残光を描く。エレンはサイドブレーキをかけ、車体を滑らせながら急停止。砂埃をあげて停めると、彼女はブレードを抜き払った。
状況は、どうやら最悪のようだった。
逃げ出した作業員の群れが解体現場から溢れ出している。そしてその向こうでは、巨人が鉄骨片手に暴れていた。どうやら、予想していたなかでも最悪のパターンが現実となってしまったようだ。
エレンは逃げまどう作業員の流れに逆らいつつ、彼らの一人の腕を掴んで問うた。
「ねえ、あのクグツはどうなってんの?」
「イカれた野郎が奪って、暴れ始めたんだ! 警察には通報したから、嬢ちゃんも逃げな!」「そのイカれ野郎の特徴は?」
「特徴って……誘導員のバイトだって聞いたぞ。テロリストかなんかだろうよ。それを聞いてどうするんだい?」
「ふーん。……いや、アタシがその警察だからさ」
作業員から手を離す。彼は一瞬驚いたような表情を見せたが、次の瞬間にはまた怯えたようすを見せ、すぐに群れの中に戻っていった。
ハルから降りて、エレンはブレードの切っ先をクグツへ向ける。そして彼女は、一歩一歩砂利道を踏みしめ進んだ。ほこりっぽい土は、おそらくビルの残骸だろう。
《ハル、支援モード。目標の中には人間が乗ってるから、ぶった斬るわけにはいかなそうね》
《どうする? プランCでいくか?》
《それでいいかな? ……アタシが先行する。レディ》
刹那、エレンは砂を蹴って駆け出す。
ハルもまた砂利道をタイヤで咬み、動き始めた。
奪い取られたのは、WAS-300Eウンカイ。解体作業用の外装義体であり、両腕が三本爪のクローになっているのが特徴だった。その握力は並大抵のクグツのマニピュレータを遙かに凌駕し、鉄骨さえいとも容易く折り曲げる。解体作業用であるから当然のことだ。
しかしクグツの動きは、自身の特長などなにも知らないというぐらい、無茶苦茶だった。赤子の電脳残滓が義脳を回り続けているというのだから、統一性が無いのは当たり前と言えるだろう。しかし、それにしても無茶苦茶だった。無茶苦茶すぎて、先が読めない。エレンは、巨大な赤ん坊のオモチャにされている気分だった。
クグツは両手に持った鉄骨を振りかぶり、エレンめがけて一気に振り下ろす。エレンは避けることなく、ブレードで対応。超音波により小刻みに振動する刃が鉄骨を切り裂き、分断。左右に破片が飛び散る。
しかし、クグツは手から得物が消えたことなどお構いなしに拳を振るってきた。一対に組まれた拳が大地をえぐる。エレンはすんでのところでそれをかわしたが、しかし衝撃波までは押さえ込めなかった。大地を穿つ衝撃に、彼女のカラダは吹き飛ばされてしまった。
そしてクグツは、虚空に飛ばされたエレンのカラダを空中で掴んだのだ。鉄筋コンクリートを粉々にしてしまうほど握力が、いまエレンの義体を襲った。
――ハルは自律起動モード。バックアップに回るよう命じてある。接触回線だから、今は命令できないけど。アタシ相棒なら、きっとやってくれる。
軋むカラダ。腕の関節が悲鳴を上げている。だが……。
そのとき、HAL-1250Fのエキゾーストノートが聞こえてきた。そのいななきに、エレンは少し安堵した。
「……ハル……!」
肺が締め付けられるような痛みに耐えながら、エレンは叫んだ。
直後、ハルの後部格納ブロックからテーザーライフルが展開。ウンカイの右肩関節にねらいをつけると、電撃を帯びた弾丸を射出した。
着弾――ウンカイの動きが、一瞬だけ鈍くなった。エレンはその隙を見逃さなかった。
両足で鉤爪を蹴りつけ、無理に押し開く。そして右手を振り上げて、ブレードを大きく振り回した。拘束から脱すると同時、爪をすべて斬り落としたのだ。
エレンは、さらに続けざまに右腕をも切り裂いた。彼女がが着地し、砂埃をあげたころには、ウンカイの右腕は見るも無残に切り刻まれていた。
エレンは革ジャンのほこりを払い、ブレードを持ち直す。そして上目遣いで隻腕の巨人をみた。
《自慢の爪はどうしたの、ベイビー?》
*
同時刻。品川区の松本製作所では、依然としてクロガネの整備が続けられていた。松本澪は、外部装甲の補強と人工筋肉の点検整備。それから背部ウェポンラックに旧式ではあるが、テーザーライフルを装備させた。だが、彼女がやったのはあくまでも外側の修理だけだった。内側の点検は、いっさいできていない。
――これからこの機体をどうするべきなのだろうか……?
澪はぼんやりと思いながら、鉄の巨躯を見上げた。
その相貌は、一昔前の外装義体とは思えぬ壮麗さと、それでいて軍事用という無骨さを併せ持っている。しかし、そのような姿を持ち合わせつつも、結局まったく戦力にならなかったという歴史的事実が、どこかこの機体に愛らしさを与えている……と澪は勝手に感じていた。
――この子は、とてもわがままで頑固だけど、一途な性格なんだろうな……。
頭の中で、本来人格などあるはずもない義脳の人物像を浮かべる。現在の義脳は、限りなくそれに近いものを有しているが――たとえばハルがその一例だ。彼女はとても冷静沈着で、落ち着いた大人の女性という性格をもっている――しかし、こんな何十年も前の機体の義脳にそのような人格と呼べるものが備わっているはずもない。
しかし、澪には何故かこの子――クロガネの性格が見え隠れしているように思えた。巨人を制御する義脳などではなく、一つの脳として……。
そんなことを考えていると、誰かが工場の奥からやってきた。澪が振り返ると、そこにはジャージ姿の老人が立ち尽くしていた。
「なんだ、ワシはまだ夢でも見とるんか。なんでコイツがここにいる?」
その老人――澪の祖父、通称オヤジ。エレン曰く、変態エロオヤジ――は、クロガネを見上げながら言った。
「あーもう、ダメでしょおじいちゃん。寝てなくっちゃ」
「もう十分寝ったわ。それで、なんでコイツがここにおる?」
「一之瀬の人が整備してほしいってきたのよ」
「なんでまた」
「動いたんだって」
「ハァ?」
入れ歯が抜けるような音。
オヤジは、大慌てで歯を入れ直す。彼は義体によるアンチエイジングを嫌う、希有な人間の一人だった。
「動いたって、こいつがか?」
「うん。それで整備してたんだけど……これ、どうやったら義脳のシステムチェックができるの?」
「そんなもんはできん」
と、老人は真っ白い入れ歯をカッと見せて言った。
「ええ……? じゃっ、じゃあさ! どうやってソフトウェアのチェックをすればいいの……?」
「しなくていい。ワシもできん。だから、前に頼まれたときもテキトーにやって返した」
「テキトー!? じゃあ、日誌に書いてあった設計図とかシステムチェック項目とかは?」
「できそうにないから、テキトーにグチャグチャ書いて、読めないようにした。一之瀬のババアからは『読めるようにしろ』と言われたが、ワシは『読める努力をしろ』と言って突っ返した。あんなん修理出来るもんじゃないし、動かせるもんでもない」
「ええ……じゃあ、あれ全部テキトーなの?」
「そうだ」
「じゃあ、整備ってどうすればいいの?」
「テキトーにガワだけやって突っ返せ。その機体のナカは完全にブラックボックスだ。触らぬ神に祟りなしよ。……それより澪、飯はどうした」
「キッチンにおいたって言ったでしょ」
「無かったぞ」
「じゃあ食べたんでしょ、もう!」
澪はそう言うと、騒がしい祖父から目線をそらして、クロガネを今一度見直した。本当に、これでいいのだろうか……?




