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2-9

 昼過ぎ、擬装バンは新宿近郊のファミレスに駐車し、恭介とエレンの二人は遅い昼食をとっていた。エレンがどうしてもというので、喫煙席に座り、とりあえずコーヒーだけを注文。しかし、恭介に食欲は無かった。

 対面に座るエレンは、電子タバコをふかしながらコーヒーを飲み、メニュー表を見ている。一方で恭介は、デジタルアイウェアの映像を見ながら、重いため息をつくのみだった。

 彼が見ている映像。それは、先ほど花咲から回収した彼の記憶情報だった。恭介は、その膨大な記憶情報から小林マリの顔・声が入り込んでいるものをザッピング。視覚・聴覚情報だけをアイウェアにブラウズし、片っ端から倍速で見ていく。見れば見るほど、食欲を失った。

 出来の悪いポルノを見ているような……いや、そんな昂奮など覚える情景ではない。ただ、ふつふつと怒りの念がこみ上げるばかりだ。

 ――小林マリの電脳には、怒りと罪悪感があった。その怒りとは、花咲への怒りなのか……?

 彼はそう思いながら、古い順に映像を見ていく。

 しばらくして、エレンが注文したサイボーグ用のハンバーグディッシュが届いた。グルテンの固まりに、味覚喚起マイクロマシンを混ぜ込んだものだ。生身の舌で味わっても、何の味もしやしない。エレンはそれを美味そうに頬張った。

「ほーお? はんかみつかりそう?」と、エレンは口にハンバーグを含みながら。

「食いながら喋るな。……ダメそうだ。見れば見るほどイヤになってくる」

 言われて、エレンは水をひと飲みする。

「……そりゃそうでしょうね。そういう現場を見るのは初めて? 内勤の時は見てた?」

「資料整理はイヤってほどしたよ。だけど……多少でも知っている人間だって意識すると、ゾッとしてくる」

「そうね……。気をつけなさい、今後そういうことが増えてくから」

 エレンはそう言うと、ハンバーグを口に運んだ。


 ――本当に、その通りだ。

 描き出されるのは、脅迫と逃避の繰り返し。

 無理矢理にカラダを開かされたマリは、男に無茶苦茶に蹂躙される。そして行為のあと彼女は、ベッドの上のシーツをカラダに巻き付かせ、まるで自分の肌を守るようにして花咲に問うたのだ。

《あの話は、まだなの……?》

 プロダクションに紹介してもらえるという話だろう。

 花咲は黙っていた。


 ――早送り。数日後の映像に。

 また、どこかのホテルの一室が映った。暗い顔をしたマリ。彼女の表情には、徐々に疑念の色が目立ってきた。

《ねえ、本当に紹介してもらえるの?》

《ああ、してやるよ》

《いつ?》

《向こうも忙しいんだよ。あんまり急かすな。じゃねえと紹介しねえぞ》

《……本当に、あなた芸能プロに知り合いがいるの……?》

《あ? 俺のこと疑ってんのか?》

《だって、あなた、ただのアルバイトでしょ!》

《それとこれは関係ねえだろうが! 口答えする気か、このアマ!》

 花咲の右手が、マリの首を掴んだ。

 強引にベッドに押し倒す。

《まだお仕置きが足りねえみたいだな》

 マリは声が出ない。大の男に、首を思い切り握られているのだ。呼吸もままならず、彼女の瞳は徐々に乱れていく。

 シーツを無理矢理に引き剥がし、少女の裸体を露わにさせる……。


 ――早送り。ちょうど一年半前の映像へ。

 また同じホテル。ベッドにマリが虚ろげな表情で座っている。

《なんだ、折り入って話があるって。電話で良いだろ》

《直接伝えておきたくって……》

《なんだよ? そんな重要なことなのか?》

《……妊娠したの、私》

《そうか。じゃあとっとと下ろせ》

《えっ……?》

 マリの表情が、一挙に歪んだ。一抹の希望が、たった一言でねじ曲げられたように。

《堕ろせって言ってんだ。じゃねえと、紹介しない》

《でも、それじゃこの子は……》

《堕ろせって言ってんだ!》

 怒りに言葉を任せた花咲。その身勝手な憤怒の感情は、電脳化をしていない恭介にも伝わってきた。身勝手で、無茶苦茶で、最低の言い分だ。

 花咲は、そのまま怒りに身体をも任せて、一発マリの腹に拳を喰らわせた。マリは唾を吐いて、ベッドに倒れる。彼女はシーツをシワクチャにさせながら、求めるように酸素を吸おうとした。しかし、口の動きと内蔵の動きが噛み合っていなかった。

《堕ろせよ。俺は知ったことじゃない》


 ――早送り。

 さらに次の映像。翌日に行われた映話に飛ぶ。

〈Incoming : Mary Kobayashi〉

 花咲は応答する。彼は、自宅のベッドに横たわっているところだった。

《なんだ?》

《私、降ろさないから》

《なんだって?》

《あの子、産むから》

《堕ろせ。じゃねえと、紹介しねえぞ》

《あなたは、どうせいつまで経っても紹介してくれないわ。……もっと早く気づいていけばよかった。これは、私なりの贖罪。私はあなたが大嫌いだけど、でも、この子に罪は無いもの……。あなたは、あなたの子を一生自分の罰の印として恨みながら生き続けるといいわ。もうあなたの言うことは聞かない。私は、私の思うように生きる! ……それじゃあ》

《てめえ! 俺は許さねえからな!》

〈Talk time : 00:49〉


 ――スキップを選択。さらに次のザッピングされた映像へ。数カ月後の映像。

 今度は病院の映像だった。花咲の主観から描かれる情景は、病室押し入ったところから始まった。

 病室は、重たい空気に支配されていた。病床に横たわるマリと、それを取り囲む看護師が二人。二人とも顔をうつむけ、誰とも目を合わせようとしなかった。

 看護師の一人が、押し入ってきた花咲に気づき、ようやく顔をあげた。

《あの、ここは……》

《うるせえ! 俺は父親だ! 子供はどうした!》

《そ、それが……》

 看護師が口を渋り、そして目線をマリに向ける。

 病床のマリは、顔をうつむけたまま、幼子を(かいな)に抱いていた。

《……どういうことだ……?》

《新生児電脳化手術と、義体化手術もしたんです。でも、間に合わなかった……》

 看護師の口から、こぼれ落ちるように言葉が漏れた。

 花咲は、不思議と笑いがこみ上げてきた。

 マリが抱えた赤子。それを見れば見るほど、笑えてくる。

《は、ははは……おいマリ、お前、義体化手術なんてそんな金、どこで手に入れたんだよ……?》

《決まってるでしょ……私、ずっと稼いでいたのよ、あなたの時みたいにしてね……。私、この子さえ生きていればいいと思ってたの……私の夢はあなたに無茶苦茶にされた。だけど……この子は……》

 マリは泣きじゃくって、死んだ赤子の義体に涙をこぼしながら言った。マリは、身体をまた売ったのだ。

《そうか……なるほどな……残念だったな。その子供は、どうやら『罰の印』にはならなかったみたいだな……。その子の親権は俺にだってあるんだ。義体を見せてみろ》

《なんで……?》

《いいから見せてみろ!》

 花咲は、赤子のカラダをひったくった。

 まだ首もすわっていない、幼子のカラダ。まんまるの愛らしい顔からは、もう命の色は失せていた。

 しかし、そのときの花咲の電脳アタマのなかには、悲しみよりも別の考えが浮かんでいた。そしてその考えは、記憶をたどっている恭介にも伝わってきた。

 ――赤子の義体は、高く売れる。


     *


 その考えは、すぐに彼のなかで別の点とつながり、一本の線を形作った。

 恭介はデジタルアイウェアのウィンドウ表示をすべて閉じ、エレンに相対した。エレンはちょうどハンバーグディッシュを完食し、締めのコーヒーを飲んでいるところだった。

「わかった……エレン、わかったぞ!」

「なにがよ」

「ムシの出所だよ! すぐに坂本部長に連絡してくれ。現場に向かう!」

 座席にかけていたジャケットを手に取り、レシートを掴んで店外へ。会計は電子通貨でエレンの食事代も込みで一気に払った。

「ちょっと、待ちなさいって。現場ってどこよ?」

「病院だ! 今すぐ行かなくちゃ……次の被害者が出る!」


 大慌てでバンに乗り込み、自動運転に命じて大急ぎで病院に向かうように設定。義脳はそれを受諾し、いつもより荒っぽい運転で出発した。

 病院は同じ新宿区であったから、大した距離はなかった。だいたい十分ぐらいで到着すると、完全に駐車が終わるまえにクルマを飛び出し、病室へ急いだ。

 義足の老人や、マスクをした親子連れ。待合室ですっかり待ちぼうけを喰らっている学生をよそに、恭介とエレンは大急ぎでエレベーターへ。車いすに乗った老婦人が乗ろうとしていたが、その間に分け入って強引に乗り込んだ。五階のボタンを押し、到着を待つ。二階で降りた主婦に苛立ちながら、二人はようやく五階へ。マリの病室まで駆ける。

 看護師が「走らないでください!」と声を上げたが、恭介は「警察です!」と返した。

 そうして二人は、五一七号室に。病床には昏睡状態の小林マリが横たわっている。

 しかし、恭介の捜していたものは見つからなかった。赤子の義体を再利用した、あのギターだ。


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