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 クロガネとハルを澪に預けてから、恭介・エレンの二人は再び擬装バンに乗り込み、首都高速を走っていた。しかし特に何か目的があるというわけではなく、自動運転のバンは適当に道を流しているだけだった。

 そんななかで、黒田恭介はシートに身体を預け、デジタル・アイウェアで捜査を続けていた。

 今朝の捜査会議で一つハッキリしたのは、ムシを放った犯人ホシは、小林マリと親しい者だということだ。そこで彼は、ここ数日間で小林マリが会っていた人物を彼女のSNSの投稿履歴などから洗っていた。まるでストーカーのようで良い心地はしなかったが、ムシをつぶすのことが最優先だ。この際、私情は挟まないことにした。

 没入(VR)社会交流空間ソーシャル・ネットワーキング・スクエア。そこに残された『Mary Kobayashi』というユーザーは、紛れもなく小林マリだった。彼女が出演するライブハウスの情報や、オンラインで配信中の楽曲情報。その他もろもろが彼女自身であると証明している。

 彼女は、すべてのユーザーが閲覧可能な投稿ページに、日に一度のペースで写真を上げていた。その多くは、その日のライブの光景や、その後の打ち上げの様子。ファンとの交流といったものだった。別になんてことはない、至ってふつうのものだ。

 しかし、ある一つの写真が恭介の目に止まった。いや、より正確に言うならば、彼が画像表示と同時に起動していた個人識別プログラムが反応した。そのプログラムは、顔や歩き方、筆跡、その他多くの個人の身体的特徴を解析し、データベースに収蔵されたリストと照らし合わせてくれるというものだ。そしてそのリストというのは、警察のデータベース。つまり、前科を持つものたちの個人情報を集めた書庫だった。

 プログラムが反応したのは、二年ほど前。マリがライブ後の打ち上げと言って、バンドメンバーとほか関係者たち一緒に居酒屋で撮影した写真だ。

 プログラムは、画像奥に座る男に反応していた。男の名は、花咲颯一ハナサキソウイチ。ソフトモヒカンにサングラスという風貌の彼は、奥の席でジョッキを片手に微笑んでいる。

 この男には、データベースに入れられただけの理由がある。恭介はすぐに彼の情報を開示、ブラウズ。写真の上に重ねて表示した。

 彼がデータベースに入れられた理由――それは、芸能プロダクションを騙り、女性を密室に誘い込み、強姦。その様子を撮影し、人知れない場所(ダークウェブ)で高値で売買していた……というものだった。彼の自宅からは、電脳を一時的に機能不全に追いやる『ムシ』が発見されており、それを用いて意識を奪い、その間にビデオを撮影したとある。

 ――では、この男が小林マリにムシを潜伏させたというのか……?

 花咲は、五年前に釈放されている。再犯の可能性はあった。

 アイウェアのフレームに触れて、拡張現実(AR)表示をオフ。助手席に座るエレンを見やった。

 エレンは相変わらず電子タバコをふかしながら、ぼーっと窓の外を見ていた。瞳孔は定まっていない。意識は、電脳空間だ。

「エレン、聞こえてるか?」

「ああ、うん」と生返事。それから、目の焦点が定まる。

「何か分かったか?」

「だめね。バンドメンバーのSNSを片っ端から見てみたけど、怪しげなところはなし。報告にあがってる事情聴取も、特に怪しげなところはないみたい。そっちは?」

「一人、見つけた。花咲颯一。前科一犯。不法にムシを使用したこともある。五年前に釈放。いまはライブハウスなどの裏方として働いているらしい。小林マリのSNSから、彼が写っている写真を見つけた」

「可能性は考えられるわね。ヤツの職場を当たってみるか」

 エレンはそう言うと、自動運転の目的地を変更。花咲の職場の住所を入力し、バンはゆっくりと車線を変え、いったん右折。対抗車線に入る。

 花咲がいま職場にいるかどうかは不明だが、行ってみるだけの価値はあるだろう。

 すると、自動運転がウィンカーを入れてハンドルを切ったところで、エレンが顔色を変えた。

「ちょっと待って、チーフから通信が来てる」

「坂本部長から?」

「うん。……嘘でしょ。あの人、小林マリの電脳に潜ったって……」

「なにかあるのか?」

「何かって……危険行為よ。他人の精神状態流される可能性がある。……ちょっとデータ送ってもらうから」

「僕は並列化できないから、口頭で教えてくれよ」

「はいはい」

 エレンはまぶたを閉じる。義体をシートに預け、意識はオンラインへ。

 その直後、恭介は異変に気が付いた。閉じられたエレンの瞳から涙がこぼれていたのだ。

 エレンはそれからすぐにカラダを起こして、涙を拭った。気丈な彼女が涙を流すのは、まだ付き合いの浅い恭介にしても違和感を覚えた。

「何が見えたんだ?」

「……怒りと、罪悪感……」

「怒りと罪悪感?」

「そう……小林マリは、何かに謝ってた……?」


     *


 二十分ほどして、バンは花咲が勤めているというライブハウスに到着した。昨日エレンが案内したFRICTIONと同じ新宿区にあるそこは、EPICという名前の店だった。

 まだ昼時だったので、店は開いてなかった。しかし、準警察組織を示すIDを開示すると、もれなくシャッターの閉められた店の向こうから店主の男が出てきた。生身の右腕に刺青を彫り、左腕は義手になっている厳つい男だった。

「警察さんが何の用です」

「この店の方でしょうか」と恭介。

 拡張現実オーグメンテッド・リアリティ上に再度IDを提示。警察庁から出向された、準警察企業社員……と、彼のIDにはしっかりと記されていた。

「少々お尋ねしたいことが。花咲颯一という人物がここで働いていたとお聞きしたのですが」

「花咲だって? ああ、アイツか……確かにウチで働いてるよ。まだ出勤してないがな」

「彼はいまどこにいるか分かりますか?」

「そこだよ」

 と、店主の男は人差し指を天井に向けてさした。

「アイツ、ウチの二階にあった倉庫を間借りして暮らしてるんだ。昨日も遅くまで仕事だったから、寝てるんじゃねえか。それで、花咲に何の用だ?」

「少し聞きたいことが」

「聞きたいことってなんだ。令状は?」

 男は語気を荒げ、義手をつきだした。いかにもな金属光沢を放つ腕は、ファッション半分実用性半分だろう。龍の刻印エングレーブの入った腕は黒光りしている。

 恭介は思わず身じろぎ、一歩後退。男は完全に恭介をなめてかかっていた。それもそうだ。警察庁にいたあいだ、ずっと資料の整理係。言うなれば、モヤシだ。

 そんな恭介と男のあいだに割って入ったのがエレンだった。彼女は二人の間に文字通り手を割って入れると、男を制止した。

「昼間っから取っ組み合いの喧嘩なんてしたくないでしょ? ここは一つ穏便に済ませてくれない? ウチも下請けも下請けで困ってるの」


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