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2-6

 そのころ、坂本真矢と呉石譲二の二人は、新宿メディカルセンターにいた。ムシによる侵蝕を受けた小林マリの搬送先である。

 マリはいまだ意識が回復せず、昏睡状態のまま。ベッドに横たわり、また再びムシによる暴走を防ぐために電脳はセーフモードのまま休眠状態スリープにさせられていた。

 呉石と坂本の二人は、準警察組織を示すIDナンバーを強制表示。電脳化者の視界には、ちょうど彼らの頭上に『国家公安委員会指定 準警察組織:一之瀬警備保障』の文字が浮かんでいる。それを確認すると、看護師たちも自然と道を開けた。

 病院のゲートも、彼らを警察組織の人間だと認めてロックを解除。面会謝絶とタグ付けされているマリの病室も、彼女らを前には無意味だった。

 自動ドアが開き、二人は室内へ。広い部屋にぽつんとベッドが一つ。茶髪の少女が横たわっている。ベッドサイドには立体映像のメッセージと、それに添えられた花。そして彼女のギターがケースにしまわれ、壁に立てかけられていた。

 マリは完全に眠っていた。電脳が休眠状態スリープモードであるから、当然と言えば当然だった。

「こりゃ完全に眠ってますね」と呉石。「どうします? 聴取するにもできなさそうですけど」

「そりゃまあ、一般は面会謝絶だからね。ウチは準警察企業だから潜り込めるわけで……」

 坂本は言って、右手に携えていたビジネスバッグを床に置いた。ジッパーを開けて、中からケーブルを取り出す。ケーブルの両端にはヘッドセットのようなものが備え付けられていた。

 坂本は右耳にヘッドセットをくくりつけると、もう片方を眠っているマリの耳に付けた。

「まさかチーフ、小林マリの電脳なかに潜るんですか!?」

「そのまさかよ」

「いやいや、危険ですって。休眠状態の電脳に潜るのが、どれだけ危険か分かってますよね?」

 呉石が口を酸っぱくして言うのももっともだった。

 他人の電脳アタマの中に潜る……その行為は、すなわち他者と意識や身体といったものを共有すると言っても過言ではない。その際、両者は互いの精神状態に影響されあうことになる。特にそれが平常時――一般的に健康な状態ならば大したことはないのだが、興奮した状態や休眠状態に同期すると、その精神状態が潜入者にも影響及ぼすことがある。相手が激昂状態にあれば、潜入者も自ずと怒りがふつふつと煮えくり返ってくる。そして休眠状態であれば――潜入者もまた、意識を失う可能性がある。最悪の場合、そのまま意識が戻ってこない可能性も無きにしもあらずだ。

「でも、早いとこムシの正体を洗わないと次の被害者が出るわ。それは呉石君も阻止したいでしょ」

「そうですが……。ですが、危険すぎますよ」

「だから、バックアップお願い。私、潜るから」

 坂本はカバンからもう一つケーブルを取り出す。呉石がバックアップをかけるための、有線接続ケーブルだった。無線より、有線のほうが反応速度は良い。

「……わかりました、チーフは一度言ったら聞きませんから」

「よろしい。じゃあ、潜るわ」

 坂本は目を閉じる。

 有線接続。坂本の意識は、昏睡状態の小林マリのもとへ。


     *


 電脳へ有線接続。

 ニューロン群を駆け巡るように、極彩色のケーブルの群を通り抜ける。

 小林マリの電脳もまた、一般の電脳がそうであるように常駐のセキュリティが防壁を展開していた。ケーブルの上を駆けていく途中、坂本は赤い壁に衝突。『危険・侵入禁止』と書かれたそれが、彼女の歩を阻んだ。

 しかし一瞬間の後に、それはいとも容易く開錠された。坂本が警察権限のコードを読みとらせると、セキュリティは一時的に強制解放。彼女の侵入を認める。

 赤い壁がゆっくりと左右に開き、坂本はその奥へ。そこには、思った以上にマズい光景が広がっていた。

 小林マリの電脳から、ムシは一時的に切除された。その断片は二瓶アスカたち調査会社に送られている。しかし、マリの電脳から完全にムシの影響が消えたわけではない。

 いま、坂本真矢はニューロンネットが激しく交信し合うのを見ていた。それはまるで花火のように閃光を散らし、時折ナイアガラのように火花で軌跡を描く。その激しさは、つまり夢想状態にあるマリのなかでも、脳のその部分が特に反応しているということだった。彼女は、何らかの記憶の再現を見ている……。

 坂本は無重力の電脳空間の中、ドルフィンキック。激しく明滅する光のほうへ。そして掌を光にあててみせた。

 すると次の瞬間、マリの意識が一気に流れ込んで込んできた。恐れていた事態だった。すぐに坂本の電脳に常駐するセキュリティが警告を発した。他人の意識に流される寸前。ムシの影響が坂本にまで及ぶその寸前だ。

 坂本は、ぎりぎりのところまで粘って、離脱ジャックアウト。意識を現実に戻した。


     *


 現実に戻ってきた坂本は、一気に倦怠感に襲われた。他人の電脳空間から肉体に戻ってくるというのは、何度経験してもつらいものがある。先ほどまで、自分は肉体のない意識だけの存在になっていたのだ。解脱していたとさえ言っていいだろう。その状態から肉体に戻るのだから、重力のしがらみや空気の重さといったものが一挙に蘇ってくる。それがつらさの原因だ。

 坂本はサイドテーブルに手をついて、荒くなった息を整えた。

「どうです、何が見えました」と呉石。

 彼はバックアップ用のケーブルをこめかみから外し、坂本に手渡す。

「そうね……ちょっと、言いづらいんだけど……まあ、詳しくはあとで並列化するけど……。たぶんあれは、憤怒と謝罪だと思う」

「憤怒と謝罪?」

「ええ。……夢の中で、彼女は何かに怒ると同時、謝っていた。それが何か分からないけど……とてつもない悲哀の感情が流れ込んできたわ」

 そう言う坂本の瞳からは、涙があふれてきていた。

 他人の感情に流される。そのことの現れだった。


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