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2-5

 翌朝、一之瀬警備保障のオフィスは、やはり緊迫した状態にあった。昨日は遅れてやってきた坂本部長も、その日は誰よりも早く席に着いていた。

 全員が席に着いたところで、仮想空間(VR)での会議が始まった。調査会社の二瓶飛鳥を含めた、捜査会議である。

 恭介は眠い目をこすりながら、デジタルアイウェアをAR表示。自分のデスクに腰を下ろした。視界はソファーの並ぶシックなカンファレンスルームへ。中央には赤髪に白衣姿のアスカが立っていた。

「アスカ、説明願えるかしら?」

 どかっとソファーに腰を下ろして、坂本部長が言った。彼女はコーヒー片手にアスカに目線をやる。

 コーヒーの香りは、例によって恭介の隣に座るエレンの口元からもしていた。エレンは電子タバコをふかし、大きなため息をついていた。

「それじゃあ、今朝方まで調べてた結果をお伝えしますよっと。とりあえずわかったのは、ムシを潜伏させたと思われる犯人について。犯人は、恭介も言ってたけど、たぶん被害者にちかい人間。家族や友人などと考えられる。じゃなきゃ、電脳にまで侵蝕できるような高度なムシは忍ばせられない」

「ムシを放った犯人は、被害者に悟られることなく接近することのできた人物……」エレンがつぶやく。

「そういうこと。すまないけど、いまのとこムシについてわかってるのはここまで。被害者が覚醒してサンプルがわたってこない限りは、どうしようもない。でも、きっとムシはどこかで拡散していると思う。こっちでも出所を調べてみる」

「ムシの危険性は?」今度は呉石が問うた。「電脳に侵蝕しているんだろう?」

「そうだね。だから、外装義体やクルマといった、義脳に侵蝕する可能性だって十二分にある」

「となると、アタシの出番か」

 エレンは軽い嘆息を漏らしてから、電子タバコをふかす。

「それから、クロガネの出番かもね」

「クロガネの?」

「うん。だって、動いたんでしょアレ? だったら戦力としてカウントしてもいいじゃん?」

 アスカが軽い口調で言ったが、しかし一之瀬のオフィス内は、重苦しい空気が一挙に充満した。

 ――あれを戦力としてカウントしていいのか……?

 呉石は疑念の眼差しで恭介を見つめ、恭介は恭介でクロガネ着用後の倦怠感を思い出した。あの体力の消耗ぶりは尋常ではない。一気に脳から養分を吸い取られていくような、そんな感覚さえ覚える。

 そんな機体をまた使うのだろうか……?

 そんな沈黙のさなか、坂本部長が口を開いた。

「まあ、とりあえず整備して装備を整えないことには、次の出撃は見送りかなぁ。そうだ、松本のオヤジさんに整備を依頼したんじゃなかったっけ?」

「それがあのオヤジ、倒れたらしいわよ」エレン、他人事のように。

「あら、やだ。じゃあどうしようかしら」

「チーフ、ほかにツテはないの?」

「いやぁ、あるっちゃあるんだけどさぁ……まあねえ、あんな機体だし……」

 うーん、と坂本が首をひねる。

「あの……すみません」と恭介「昨日その松本さんの孫娘の方とお話したんですが、整備を引き受けてくれるっていってましたよ」

「ミオにやらせてどうするんのよ」とエレン。唇を尖らせ、彼女は言った。「アイツは天性のドジよ。任せらんないわ」

 エレンの言うことももっともだった。

 昨日、恭介も澪のドジっぷりは見ている。何もないところで転ぶし、危なっかしくて見ていられない。そんな彼女にクロガネの整備が任せられるのだろうか?

 しばし、カンファレンスルームに沈黙。

 そしてまた、沈黙は坂本が破った。

「いや、いんじゃないかしら」

「えぇ!?」

 驚いたエレン。声が裏返る。

「いや、だからいいんじゃないかしら。あの子、一応オヤジさんの一番弟子だって話だし。この際任せてみましょうよ。じゃ、というわけで。とりあえずエレンと黒田君は松本さんとこへクロガネとハルを運び込んで。私と呉石君は被害者の搬送された病院へ行ってみるということで。以上、解散」

 VRが解除される。

 二瓶飛鳥は消え、シックなカンファレンスルームはいつものオフィスに戻った。


     *


 黒田恭介とエレン・クロガネの二人は、ART-Xクロガネを連れて、品川区シナガワ・ブロックにある町工場に来ていた。工場といっても、すでに営業は何年も前に休止している。松本製作所と大きな看板の付されたそこは、エレンや恭介が生まれるずっと前に建てられた場所だった。

 クロガネは、決してバンに載せて連れてこられたわけでない。全長七メートルもある巨人だ。いくら体を折り畳んだところで、バンの荷台には載せられるはずがない。

 外装義体クグツの主な輸送方法は、トレーラーに載せるか。または自動操縦にして送り届けるか。牽引するかの三つだ。自動運転で車道を走らせるには、もちろんナンバープレートが必要になる。その点、クロガネは識別ナンバーを持っていたので、自動運転でおくりとどけることができた。義脳に自動運転・追跡モードを設定すると、バンについてくるよう命令。クロガネは両足についたローラーを使い、親を追いかけるヒヨコのようにバンについてまわった。

 そうして旧松本製作所へと運び込まれたのである。


 工場は古く、ずいぶんと年季が入っていた。色がはげ落ちた壁に、長年の汚れが染み渡ったコンクリートの床……。しかし、機材には整備が行き届いていた。

 ART-Xクロガネはそこに運び込まれた。待っていたのは作業着姿の女性、松本澪。彼女は自動追跡から駐機モードに入ったクロガネを出迎えた。

「オーライ、オーライ!」

 と、澪はクロガネを工場の奥まで招き入れ、そして機体が停止したところで……彼女がつまづいて転んだ。機体はちゃんと駐機されたが、その後ろでは澪が仰向けになって背中を打っていた。かなり痛そうだ。

「いつものことよ。気にしなくていいわ。澪のドジには見飽きた」

 クルマを降りたエレンは、苦笑混じりのため息とともに行った。思い切り背中を打ち付けた澪は微笑み混じりに痛がっていたが、エレンの眼中にはない。

 恭介は少しむっとして見せ、澪に手をさしのべた。

「すみません、彼女失礼なやつで」

「いえ、本当にいつものことですから」

 恭介の手を握りしめ、澪は起きあがる。彼女の手は小さく、しかし油にまみれたゴツゴツとした感触の手だった。

「ありがとうございます。あの、ウチに任せてもらって」

部長チーフの判断です。僕の判断じゃない。それより、任せてもらって大丈夫ですか、クロガネの修理?」

 恭介は、後ろに立つ群青色の巨人を指さした。その装甲は先日の戦闘で少々歪んでいる。無茶な殴り合いのせいだ。

「はい。祖父の残した資料がいくらか残ってると思うので。できる限りのことはしてみます。どこまでできるかはわからないですけど、基本的な修理はできるかと」

「そうか。ならいいんだけど……あと、チーフが適当な武装を積んでほしいとも言われてるんだけど……何かあるかな?」

「型落ち品のテーザーライフルとかありますけど、それでよければ」

「なんでもいいよ。どうせコイツは最後の最後でしか使わない。前線で戦うのは彼女だよ」

 指さした先、今度は黒髪の少女がいた。赤いメッシュを前髪に入れた、革ジャン姿の少女。エレン・クロガネ。彼女の相棒であるHAL-1250Fもまた、今回点検に出すことになっていた。

 エレンは革ジャンに手を突っ込みながら、

「ねぇ、ミオ。オヤジはどこにいったの?」

「だから、体調が優れないって寝込んでます!」

「ええ? あの変態エロオヤジが?」

「変態エロオヤジでも年はとるし、風邪も引くんですよ! ハルの点検も私がやりますから。それでいいですか?」

「いいけど、壊さないでよね」

「整備士が壊してどうするんですか!」

「それもそっか」

 エレンは苦笑して応じたが、澪は結構傷ついているようだった。


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