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焦茶色の髪を赤いバンダナでまとめた、おさげの女性。作業着姿の彼女は、ケース片手にエレンの隣に腰をおろした。ちなみに、それまでにもう一度段差につまづいて転んでいる。
「紹介するわ。コイツは整備士のオヤジ、マツモトのオヤジの孫娘で、ミオ。ミオ、こっちはウチの新入りでアタシの新しい相棒のキョウスケ」
「よろしくお願いします、恭介さん!」
彼女は元気よく言うと、九十度は曲がってるんじゃないかと思うぐらい深々と一礼。バンダナがゆらりと揺れた。
「どうもよろしく……。松本澪さん、でいいのかな?」
「はい。いつも祖父がお世話になってます」
「いや、おじいさんとは面識ないんだけど……」
「ああ、そうでしたね! 新人さんでしたね! すみません、私おっちょこちょいで!」
と、澪はまた大きく頭を下げる。彼女は常に何かオーバーリアクションをしていなければならないようにさえ見えた。
「ミオはいつもこんな調子なのよ」あきれた様子でエレン。「……で、本題に移りたいんだけど。オヤジに頼んどいたアレは直ってんの?」
「はい、こちらに」
澪がその手に持ったケースを持ち上げた。ライフルケースのような長細いそれは、黒い強化プラスティック素材で出来ているようで、いかにもそれらしいものが入っているように見える。エレンは戦闘要員であるわけだし、それも十二分に考えられる。
「ありがと。試しに使ってみていい?」
「どうぞ。そのためにこの店に来たんですよね?」
「そのためっていうか、オヤジがいつもここにいるからでしょ。あの遊び人が」
エレンはため息混じりに皮肉を言い、ケースを受け取る。そしてカウンターに広げた。
「エレン、その中には何が?」と恭介。
「気になる? まあ、気になるわよね。見せてあげるから、待ってなさい」
「もしかして、武器か何か?」
「そんな物騒なもんじゃないわよ」
留め具をはずし、ケースを開く。すると、その中から目を疑うようなものが出てきた。
義体だ。それも、小学生ぐらいの少女の義体だった。黒髪のショートカットの少女で、肌は細雪のように白い。体は体育座りでもするように丸まっていて、口は歌でも歌うように開いていた。
しかし、特筆すべきはそこではない。この義体の、首だ。首筋にパックリと大穴が開いており、そこに弦楽器のように分割させられた声帯がはしっている。目を疑うような光景だ。
「な、なんだこれ……」
「楽器よ。これ、私が九歳の時まで使ってた義体なの。それを再利用して、声帯を使ったギターを作ってもらったのよ。いい音出すのよ、これ」
と、エレンはケースにしまい込まれたギターピックを取り出し、少女の首に押し当てた。
すると歪みを効かされたようなソプラノボイスが、義体の口から漏れたのだ。確かに美しい音色だが、ビジュアルが明らかにマズいだろうと恭介は思った。
「いま流行りなんですよぉー。義体のリサイクル!」と澪。「使わなくなった義体って、誰かにあげるなんてことも出来ませんし。ほら、いくらクリーニングしてても、他人が入ってたカラダなんてやだ! って人、結構いますから。だから結局、リサイクルに出された義体の多くは、産業ロボットの部品にされるか、捨てられるかなんです。それで近年、捨てられるパーツを利用して家具や楽器、外部端末なんかを作るのが流行ってるんです。それで、エレンさんから直々に頼まれて、ギターを作ったんです。ギターイ……なんちって」
「そんなダジャレはいいからさ。アタシたち、アンタじゃなくってオヤジに用があって来たのよ。オヤジはどこ?」
「自宅だと思います。最近気分が優れないからって、私にこれだけ渡すように頼まれて……。おじいちゃんに何か用ですか?」
「ハルの整備よ。あと、クロガネの整備も頼みたいの」
「クロガネ……?」
「あれよ、あの、チーフが買ってきた胡散臭い古いクグツ。アレを見てほしいのよ」
「えっ? アレ、動いたんですか!?」
突然、澪は大声を上げた。彼女の声量は、マイクによって増幅された司会の男よりも大きかった。
再び店内の注意が澪に向く。
「も、申し訳ないです……」
彼女は、今度は蚊の鳴くような小声になって謝罪した。全か無か。忙しない女性だ。
「そ、それで……クロガネの修理をおじいちゃんに依頼したい、と?」
「そういうこと。だからオヤジに会いたいんだけど。……気分が悪いって?」
「ええ、もう年なんで。仕事も出来るだけやめてきたいって」
「あの変態スケベオヤジが元気をなくす光景、考えられないんだけど」
エレンはグラスを揺らし、溶けかけた氷をかき混ぜる。メドゥカ・トニックの残りを一気にのどへ流し込んだ。
「まあ仕方ないわね。キョウスケ、ほか当たって見ましょ」
「いいのか?」
「いいのよ。チーフのコネなら、ローテク専門の整備士の一人や二人、見つかるんじゃない?」
エレンは笑いながらそう言って、また電子タバコを口に含んだ。それから勘定台にタッチし、電子マネー精算を終える。宣言通り、ビール一杯はエレンのおごりだった。
それからエレンは、ギターだけ持って店を出ようとした。店内は次のバンドが登壇してきて、口笛と歓声とがどっと増してきていた。軽い音合わせが始まり、泣き叫ぶようなギターの音色が響く。
ギターボーカルの女性が持つ奇妙な形をしたギターは、エレンと同じく義体を改造したものだった。だが、彼女のものは少女ではなく、赤子だった。義体は、足は大きく伸ばされ、腕は胸元で組まれていた。首に設けられた声帯の弦は、喉元から胸にかけて露出している。赤子は、しかしそのようなグロテスクな容貌に反して安らかな目をしていた。口元は仏像のような微笑みを浮かべていた
――やっぱり、アレは流行ってるのか……。
恭介はそんなことを思いながら、エレンのあとを追って店を出ようとした。そのときだった。
ボーカルの女性が壇上でマイクを手に、何かをしゃべろうとしたのだが、その様子がどうにもおかしいのだ。女性は急に白目をひんむいたかと思えば、頭を大きくマイクにぶつけ、そして発狂。マイクめがけて大声を張り上げた。スピーカーから割れんばかりの音が響く。
観客は慌てて耳をふさいだが、その前に群衆のなかへ彼女が飛び込んだ。観客は恐れおののき、ステージから下がる。
――何が起きてるんだ……?
恭介の思考は追いつかない。何が起きている?
エレンは、恭介の思考よりも早く動いていた。今にも扉を開けて地上へ出ようとしたところで、彼女は踵を返してステージへ走る。
文字通り人混みを飛び越えて、エレンは女へ飛びかかった。両足で彼女の首を押さえつけ、勢いそのままはり倒す。うつ伏せになった女性に、エレンは改めて銃を抜き、構えた。対人・義体用テーザーハンドガン。エレンはためらいなくそのトリガーを引き、彼女の意識を奪った。一瞬の出来事だった。
観客の群は怯えつつも、怖いもの見たさで視線だけそちらに向ける。
エレンは冷静だった。気絶した女の襟首をつかむと、ひょいと持ち上げて恭介のほうへと突き出した。
「チーフに連絡して。こいつ、感染してる」




