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2-1

 準警察企業、一之瀬警備保障の朝は早い。かつて黒田恭介がいた警察庁では、文字通りの重役出勤というものが存在していたが、下請けも下請け、警察組織の末端である準警察企業には、そのような仕組みはない。だから外装義体クグツ二機を敵に回した翌日だろうと、朝七時過ぎにはリニアレールに飛び乗って、出勤してこなければならなかった。

 黒田恭介は、昨日からの強烈な眠気に悩まされていた。頭はフルに使ったからだろう。今日の彼は、エナジードリンクの力を借りて何とか立っているような状態だった。

 しかしそんな彼にももちろん仕事は残っている。昨日の報告書と始末書である。

 昨日の一件で、恭介・エレンのコンビは方々にかなりの被害をもたらした。湾岸線のアスファルトを真っ二つにしたり、ハイウェイを緊急封鎖したうえにクグツとの銃撃戦を行ったり。それで出た被害総額は、とても一之瀬の利益では補填できるものではなかった。むろんそれらの弁償金は国の税金から出るのだが、そのためにも申請書を作成しなければならない。恭介は、報告書に一文字一文字書き足していく度に頭をもたげたくなった。


 そんな恭介の一方で、電子タバコ片手にぼんやりしているのがエレン・クロガネである。彼女は朝から窓際に立ち、サッシに肘をついて煙を吸っていた。それから煙を吐くと同時、大きなため息がついた。

 とてもじゃないが、仕事をしているようには見えない。朝からちゃんと出勤しているのは良いことだが、しかしエレンは朝の一服を吸いに来ただけのようにしか見えなかった。

 そうしてついにしびれを切らした恭介は言った。

「あの、エレン。君も仕事をしたらどうなんだ?」

「してるわよ。アンタと違って、アタシは外部デバイスのいらない人間だから。こんなオフィスだって本来いらないのよ。……ねえ、ところでジョージ。クロガネの修理だけど、ハルと一緒にあのオヤジに任せときゃいいよね?」

 と、電子タバコをいったん口から離し、エレンは呉石譲二のほうを振り向いた。

 エレンの視線の先には、赤い義眼ひとみをした厳ついスキンヘッドの男が外部入力装置キーボードを手に何かを打ち込んでいた。

「いいんじゃないのか。確か俺の記憶じゃ、もともとクロガネをレストアしたのもあのオヤジだ」

「あ、そうだったんだ。だったら好都合ね。そう頼んどくわ」

 エレンはそう言って、また窓の外を向いてタバコをふかした。まったくこの調子である。

 結局オフィスに響くのは、エレンの静かな吐息と、恭介と呉石が叩くキーボードの小気味よい音だけだ。

 すると恭介は、デジタルアイウェアの拡張現実(AR)タブをいったんすべて隠して、仕事を中断した。

「あの……呉石さん、『あのオヤジ』って誰ですか?」

「オヤジか? ああ……そうだな。おまえが今後クロガネを動かすってんなら、付き合いあるかも分からんな。知っておいても損はないか。……しかし、よくもまあクロガネを動かせたな。あれ、歩かせるだけで精一杯じゃなかったか? すべて電脳なしの手動補正だぞ」

「その点はもう慣れっこなんで。ただ、あれに乗るととんでもなく疲れがたまりますけど」

 恭介はそう言って、自分のこめかみを叩いた。

 彼は先天性電脳施術拒絶症(CBDD)である。生まれた時から電脳技術の恩恵にはあずかれない運命さだめを受けている。

 呉石は納得したように首を縦に振った。

「それもそうか。ま、お前さんにはお前さんなりの仕事があるさ。……おい、エレン! 今夜あたり黒田をオヤジに紹介してやったらどうだ?」

「ええ? アタシ今日用事あるんだけど」とエレンがまた振り向いた。

「用事たってお前の行くところは知れてるんだ、エレン。どうせオヤジもそこにいるだろ。黒田のやつをつれてけ。これからバディとしてやってくんだろ?」

「わかったわかった。連れてくわよ。それでいいでしょ?」

 投げやりに言い、エレンは三度窓の外を向いて、タバコをふかし始めた。

 なんだかよくわからないが、とりあえず一之瀬でやっていくための一歩は踏み出せたらしい。恭介はアイウェアにスケジュール帳を表示。今日の午後の欄に『エレン・クロガネと外出』と書き足した。

 するとそのとき、ちょうど時を同じくしてドアを開けて坂本部長刑事(チーフ)がオフィスに入ってきた。彼女は眠そうに大あくびをしながら「おはよぉ」と気の抜けた声を上げた。

 前言撤回、どうやらこの会社にも重役出勤は存在する。


     *


 夕方までかかってようやくすべての書類が仕上がった。そのころにはもう完全に日が傾いており、ビルの向こうに太陽は消えていた。

 呉石は先にあがると言って消え、坂本も今日はディナーの約束があるとかなんとか言って、定時には消えていた。もちろん警察庁からの緊急召集がかかれば、すぐにでも集合する。だが、それにしても抜け目のない二人である。

 残業を終えた恭介は、疲れ目をこすり、事務椅子から立ち上がった。

 エレンはまだ窓際に立って待っていた。彼女は電子タバコをひと吸い。エスプレッソの香りを漂わせる。

「ずいぶん時間かかったわね」

「それもこれも、昨日君が大暴れしたからで……」

「それは謝るわ。だから、今日はイイトコ紹介してあげる」

「イイトコ?」

「そう。だってアンタ、オヤジのとこ行くんでしょ?」

 エレンはそう言うと、ドアを開けてオフィスを出た。恭介も彼女のあとを追って外へ。

 エレンは駆け足で階段を下り、雑居ビルの外へ。路肩に出ると車道に手を振って、無人タクシーを拾った。広告料で儲けている運賃無料のタクシーだ。

「ほら、行くわよ」

 エレンに手を引かれ、恭介は車内へ。後部座席に二人で座ると、彼女は自動運転用の義脳コンピュータに言った。

「シンジュク・ブロックまでお願い」


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