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追加装甲はもう無い。相手は拘束弾を装填している。すこしでも喰らえば義体の動きが悪くなり、圧倒的な隙を生み出すことになる。そうなれば、すべてが台無しだ。いまエレンに要求されていることは、五機を相手にいっさい攻撃を喰らわず、すべて切り刻むということだった。
――果たして、それがアタシに出来るっての……?
出来なくはない。だけど、ムリがある。報酬上乗せどころの騒ぎではない。
にらみ合いが続く中、ついにシャーロットJが動いた。相手はエレンを完全に敵と判断したようだった。
S516カービンは、現在世界的に広く使われている外装義体用汎用カービンライフルである。その銃口が――クグツのカメラアイと同期したダットサイトが、エレンを狙った。
鋼鉄の指がトリガーを引く。
それよりも前に、エレンはアクセルを開け、急速後退。
……弾着。エレンの後方に大穴が穿たれる。大地が揺れ、アスファルトに亀裂が走る。あんなものを喰らってはひとたまりもない。
セントリーガン、そのうちの一台がエレンに向けて移動開始。残りの三機はクグツと編隊を組んだままだ。
《単機で来るっての?》
《エレン、おそらく罠だ》
《でも、数を減らすチャンスよ》
編隊から距離をとる。
追撃機はなおも接近。銃口をハルにまたがるエレンに定めた。ロックオン警報。聴覚野に警告音が響く。
《うるさい、いま消してやるわ!》
急ブレーキ。スピンターン。
九十度旋回した状態で、ハルは減速。追撃機との相対距離を一機に縮めたところで、彼女はすれ違う寸前、ブレードを真横に凪いだ。確かな感触。鋼の無人機械を切り裂く。
心の中では、やったと小さくガッツポーズをした。しかし、まもなくそう思うには早計であったと気づいた。
どすん、と地鳴りのような音が彼女の背後から聞こえてきた。そして、アスファルトに地割れが起きた。
シャーロットJは、山岳地帯での戦闘を念頭に置かれた機体。その足まわりは他国の外装義体を遙かに凌駕する。登坂能力や跳躍能力は、他の追随を許さない。平地での圧倒的な跳躍能力から、『バッタ』と呼称されることさえある。
そうだ。ハルの言ったとおり、これは罠だったのだ。
――しくじった。
そう思ったときには、もう遅かった。
背後にはシャーロットJ。前方にはセントリーガンを二機従えたL型。肉を切らせて骨を断つとは、まさにこのことだった。
次の瞬間、一発の凶弾が彼女を襲った。
*
エレンが撃たれた。義体は言うことを聞かず、麻痺状態。まともに動かないエレンのカラダを、シャーロットJのマニピュレータがつまみ上げた。まるで人形遊びをする少女のように。
それからシャーロットJは、カメラアイをグルグルと回し、エレンの顔をのぞき込んだ。理由はわからない。学習のためだろうか。
絶体絶命の状況だ。だが、バンに乗っているだけの自分に何が出来る? 恭介は自問するも、答えは出なかった。
――バンをぶつけておとりにするか?
だめだ、一瞬時間を稼いだだけでは、何の役にも立たない。それどころか被害を増やすだけだ。
――では、他企業へ依頼するか?
エレンを救う方法は、それしか思いつかない。しかし部長は何という……?
完全に頭が真っ白になった。N+を見つめる恭介の瞳は、瞳孔が定まらず、どこでもない場所を虚ろに見つめている。耳も機能せず、イヤフォンから聞こえてくる声は右から左へと流されていく。彼の頭は、完全にパンクしていた。
すると、そんなときだった。
ピーン……と、メッセージの着信音が響いた。恭介は不意にきたメッセージに目を覚まさせられ、ようやく焦点が定まった。
そのとき、彼は自信の目を疑った。受信したメッセージ。その送り主と文面が、明らかにおかしなものだったからだ。まるで悪い夢でも見ているようだった。
*
From: ART-X KUROGANE
To: K.Kyosuke@ichinose.co.jp
Subject: I'm coming.
*
「それ」は、突如現れて、恭介を待ちかまえていた。
擬装バンの真横。交通規制がなされているハイウェイに突如現れた一体の巨人。全長七メートルほどの、群青色の機体――クロガネ。
恭介はあまりのことに驚きつつも、バンを降りて、クロガネに相対した。するとクロガネは、まるで恭介を待っていたように胸元のコックピットを開けると、そこから昇降用のロープを垂らしたのである。
――乗れ、というのか?
まさか、三十年近く前の機体に戦況を判断し、独自の行動を行えるような義脳が搭載されているはずがない。出来るとしたら、あらかじめセットされた位置まで移動するぐらいだ。だとしたら誰かが恭介のところまで来るように命じたのか? あのメッセージは誰が送ってきた? 坂本部長か?
まともに動くはずのない機体。しかし、それでも生身の自分より役立つかもしれない。イヤフォンから聞こえてくるエレンの悲鳴が、彼の決意をさらに堅くした。
やってみる価値はある。
恭介は昇降機に足をかけて、コクピットに乗り込んだ。コクピット内部は少々ほこり臭かったが、それでも新品に近いの清潔さを保っていた。
シートに座り、足を円筒の中に挿す。両腕を長手袋の中に入れ、手はグローブに備えられたレバーを握りしめた。
デジタルアイウェアとクロガネのメインシステムが同期。アイウェアに仮想現実表示。視界には狭苦しいコックピットではなく、メインカメラを通したハイウェイの映像が映し出された。
《メインシステム起動、確認。ART‐Xクロガネ、起動しました》
義脳が言った。一瞬で合成音声と分かる、抑揚のないちぐはぐな声だった。かろうじて女の声らしいと分かるが、少なくとも人間の声ではない。
システムは起動した。しかし、問題はこれからだ。
マスタースレーブ・コントロール。恭介の足の動きを感知し、クロガネもまた一歩踏み出す。しかし、完全に彼の足の動きを模倣出来ているわけではない。彼の脚とクロガネの脚にズレが生じ、バランサーがすぐさま警告を発した。なるほど、歩くのがやっとというのが分かった。
「脚部稼働感度、右膝マイナス七度右へ修正。左膝、プラス四度。……リアルタイムで修正するしかないのか」
こうなっては、自分の得意技で勝負するしかない。
カメラ表示の上に、キー割り当てを表示。両手のレバーに設けられた四つのスイッチは、それぞれコントロールの切り替えに使われる。右手を回すとアクセル。左の第一スイッチがブレーキ。それで足裏の車輪を操作。バックギアはブレーキを操作しながら、アイ・トラック・コントロールで命じる。基本的な移動操作は、おおむねバイクと同じだ。
「……やってみるしかない」
アクセルを開け、クロガネ前進を開始。脚部バランサーが悲鳴をあげる。即座に修正。
頭がパンクしそうになるのに耐えながら、恭介はクロガネを現場に急行させた。
いまエレンを救えるのは、相棒の自分だけだ。




