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 結局これといった解決方法は見つからず、会議は沈黙が続くまま解散した。とりあえず決定したのは、現状のまま対処するしかないということだった。

「まま、とりあえずエレンちゃんと呉石君はいつでも動けるよう待機してもらって。黒田君は私とバックアップに回ってもらおうか。ね、とりあえずそれでいいかな?」

 そんな坂本の適当な命令を最後に、拡張現実ニセモノのカンファレンス・ルームは消えた。

 二瓶飛鳥の姿は消え、ふかふかの革張りソファーに見えていたものはクッション性の悪い事務イスに戻る。ただ、電子タバコの放つエスプレッソの香りだけは、夢から覚めても変わらなかった。

 

 恭介はそれから、目覚ましのために給湯室――というより、コーヒーメーカーが置かれただけのブース――に向かった。散らかった机の上にエスプレッソマシン付きのコーヒーメーカーが置かれている。その隣には『エレン専用』と張り紙のされたカゴに万年筆の代えインクのようなスティックが山盛りになっていた。電子タバコ用のリキッド・スティックだった。

 恭介はブラックコーヒーを淹れると、熱いまま飲み干した。

 一之瀬のオフィスは妙な空気に包まれたままだ。呉石はピリピリしているし、エレンは平気そうだが報酬にまだこだわっているようだ。

 ――本当に俺はこの会社でやっていけるのか……?

 そう思いながら、コーヒーをすする。

 そうしていると、ちょうどお手洗いに行っていた坂本部長が戻ってきた。給湯室はオフィスの出入り口からほど近いのだが、ちょうど坂本はドアを開けて入ってくるや、恭介の肩をポンポンと叩いた。

「ねえ、黒田君。ちょっち付き合ってくれないかしら?」

「いいですけど……なんですか?」

「ちょっとね。あなたさっき、ウチの外装義体クグツの話をしたでしょ? 見せてあげるわ、ウチのクグツ」


 坂本部長に案内されて連れられてきたのは、一之瀬警備保障のオフィスビル地下にある格納庫。そのさらに奥にある倉庫だった。ホコリっぽい室内には、むき出しの白熱灯が一つぶら下がっているだけで、またそのスイッチもレバーを押し上げて点灯させるという非常に古めかしいモノだった。

 渋くなったスイッチを押し上げるのにしばらくかかって、ようやく倉庫に灯りがついた。

 そして明かりがついたなかで、恭介は自分の目を疑った。

 目の前に広がるのは、だだっ広いホコリに覆われた倉庫。そこにはおそらく何年も前に運び込まれたのだろう用途不明のガラクタが段ボールに詰めて置き去りにされている。一部は転がって中身をあふれ出させているものもあった。

 そんな雑多な倉庫の中にポツンと置かれた一体の巨人。身の丈七メートルほどの、一般的な外装義体クグツと同じぐらいのサイズ。群青色の機体は、ホコリを被った状態で背を丸め、膝をついていた。

「早乙女重工製、ART‐X。通称『クロガネ』。もう三十年近く前に作られた第一世代型のクグツよ」

「早乙女重工製って……?」

「今はサオトメ・インダストリーズって名前にな変わってるわね。早乙女財閥はちょうど三十年ぐらい前に解体されたけど、この機体はその前に作られたものなの。いちおう外装義体だけど、たぶん動かすことは出来ないと思うわ」

「動かせないんですか? どうしてです?」

「それはね、この機体の異様な出自にあってね……。電脳化技術が確立したのが、いまからだいたい七十年ぐらい前だったかしら? そのころはまだ一般人が電脳化出来るほど技術は進んで無かったんだけど、軍事利用だけはやけに進んでてね。それは黒田君も知ってるでしょ? それで戦闘機とか戦車とかの電脳制御が開発されるようになったんだけど、それよりも人型兵器のほうが電脳制御との親和性が高いってことで外装義体が作られた。それで五十年ぐらい前から、世界各国で外装義体が普及していった。

 で、我が国はその流れから遅れを取っていたわけなんだけど。ちょうど中国が尖閣諸島沖でクグツを積んだ空母を動かした事件が起きて、それで自衛隊もいい加減クグツを配備すべきだという考えに至ってね。でも、さっきも言ったけど、当時電脳化はそこまで普及していなかった。だから、自衛隊員の電脳化には膨大な予算がかかることになったし、軍事兵器のためにそのような施術をするのか! って問題になったわけ。

 それで当時、早乙女重工は電脳化をしなくても使えるクグツを作った。それがこの機体、ART‐Xクロガネ。マスタースレーブと脳波コントロール、アイ・トラック・コントロールによって電脳化をせずとも扱える機体を設計。国は予算を投じて、試作機であるクロガネを完成させたの。噂では、少なくとも五機製造されたって話よ」

「じゃあ、こいつは電脳化をしなくても戦えるクグツってことなんですか……?」

「表向きはね。でも、現実はそんな大したものじゃなかったのよ。操縦するには相当な訓練が必要でね。しかも訓練を経たところで、電脳接続の外装義体と渡り合えるほどの動きはどうやったって出来なかったのよ。カタログスペックでは可能っちゃ可能なんだけど、人間の処理が追いつかなくってね。だから結局、この子はただの見かけ倒し。一度も出撃することはなく、現役の座を退いたの。機体情報は最高機密として秘匿され、情報戦で他国を牽制するための材料にしかならなかったってわけ。前にエレンと呉石君が動かしてみたけど、歩かせるだけでやっとだったもん。戦えるはずがないわ。

 そうして時が経ち、電脳化とクグツが一般に普及すると、クロガネの出番はなくなった。で、居場所をなくしたこの子を、私は格安で引き取ってきたの。呉石君からは余計な出費って言われたけどね」

 坂本部長は自嘲気味に笑い、クロガネの装甲板にさわった。群青色の機体に、手の形をした跡が残った。

 クロガネ。

 そう名付けられた機体は、古めかしくはあるものの、しかし一目しただけで良いマシンだと思わせる風格はあった。坂本部長が引き取ってきたのもうなずける。

 角張った重機のようなフォルム。膝をついた脚部には、足裏にローラーの回転機構を持っていた。そしてその周囲を群青色の装甲板スカートが覆っている。その一方で足の腱はむき出しで、試作機らしく人工筋肉マッスル・アクチュエータが丸見えだ。腰には武器をつり下げるためのカラビナ様の機構があったが、武装はなく、ただホコリっぽい空気をぶら下げているだけだった。

 もっとも特徴的なのは両腕で、肘から下にかけて着物の袂のように群青色の装甲がはみ出ていた。そして二つ眼デュアル・アイ・センサーを持つ頭部は、いまやホコリまみれの床を見下ろし、虚ろな目をさせているだけだった。その瞳には、長らく灯は点っていないのだろう。

「もしあなたが使いたいなら、使ってもいいわよ。たぶんエレンや呉石君は使いたがらないから」

「でも、まともに動かないんですよね?」

「電脳接続のクグツに慣れた人間からすれば、さっぱり。ほら、自動運転に慣れた人間がマニュアル車に乗る感じよ。ま、厳密に言えばクロガネにも補助義脳はついてるから簡単な自動運転はできるんだけども」

「マニュアル車……?」

「あー、黒田君世代になるとMT車って分からないんだ。なんかカルチャーショック……。まあいいや。とりあえず操縦マニュアルのデータ、あなたのデジタルアイウェアに送ってあげるから。興味があったら目を通して見て」

「は、はあ」

 そうして坂本は「じゃ、よろしく」と言葉を残して倉庫を出ていった。

 一人残った恭介は、群青色の外装義体――クロガネを見つめた。

 この機体が、一之瀬が保有する唯一のクグツ。この会社の懐事情があまりよろしくないことは分かっていたが、果たして……。


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