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チヨダ・ブロックの雑居ビル。一度オフィスに戻った一之瀬警備保障の社員たちは、そこで今後の捜査に関する話し合いを進めていた。
古ぼけたデスクが並べられたオフィス。狭苦しいワンフロアにデスク兼会議室と給湯室が押しこくられた一之瀬警備保障のオフィスルームは、現在拡張現実によって、革のソファが並ぶシックなカンファレンス・ルームに見えていた。しかし現実ではやはり、手狭な雑居ビルの一角だ。
恭介もまた、デジタル・アイウェアによってそのAR会議に参加していた。参加者は恭介も含めて五名。投げやりな仕切り役の坂本真矢に、呉石とエレン。そして五人目はアスカこと二瓶飛鳥。彼女はカンファレンス・ルームの虚像と同じ、拡張現実での参加だった。現在アスカは自分の会社のオフィスにいるのだが、彼の容貌を立体映像出力することで、こちらの会議に参加している。
「じゃあアスカ、とりあえず解析の結果から教えてもらえるかしら?」
坂本のその一言から、会議は始まった。
アスカは仮想現実のカラダで会議室の中央までやってきた。赤いツインテールをふわりと揺らし、彼は笑顔で一礼。
「それじゃ、ご報告を。で、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど。まずはどっちから話せばいい?」
「洋画ごっこは止せ。要点だけ話せ」とソファーに座る呉石。
「呉石さんはいつもそんな態度だねぇ……。まあいいけど。じゃあ、良いニュースから伝えようか。エレンが摘出した義脳のおかげで、とりあえずムシに対するワクチンプログラムは生成できそうだよ。知り合いのプログラマに頼んで、たぶん明日までには完成するかな」
「で、悪いニュースは?」と今度はエレン。
エレンは仮想空間でも電子タバコをふかしていた。足を組んで、一服。エスプレッソの香りは仮想現実ではない。現実のフレーバー・カセットによるものだ。
「そう。その悪いニュースってのが、とびきりバッドニュースなんだけどね。まずエレンが回収したアレ、やっぱりただのムシじゃなかったの。どうやらクグツを動かしてたのは、海外のサーバを経由したリモート義脳だったんだよ。つまりその、なんていうか、本体から分裂した分身体。ヒドラみたいに分裂したリモート個体を送り込んで、本体は別のとこにいたっぽいんだ。だからメタデータを追っかけようにもうまく行かなくってさ。あなたたちが問題にしてる『カノジョ』が何者なのかは少なくとも分からない。それに、ウンリュウに侵蝕していた個体に通じるワクチンが本体に効くかどうかはよく分からない。もしかしたら、効かないかもしれない」
「じゃあなんだ。まだその『カノジョ』が作ったらしいムシが暴れ回る可能性はあるってのか?」
呉石が目を見開き、驚いたように声を上げた。
「その通り。だから悪いニュースってわけ。しかも、やつは今回の件で学習して、それを並列化している可能性がある。今度現れる個体はさらに厄介になると思うよ」
「なんてこったい……」
手を顔にあて、冷や汗を拭う。呉石はソファーに背中を預け、完全に脱力した。
「手を焼きそうね、こりゃ」と坂本。「いっそウチが担当から降りるとかどう?」
「そりゃないですよ、チーフ」
「だよね。じゃないと報酬金出ないもん。商売上がったりだもん」
坂本は両手をあげて、お手上げのポーズ。彼女のそのポーズが、いまの一之瀬の状況を端的に現すものだった。
準警察企業は、警察庁との契約によって仕事を請け負う。報酬は契約金と成功報酬の合計で、もちろん成功報酬の額のほうが圧倒的に高い。準警察企業は、そのように警察庁からの依頼をとって、仕事をこなしていく。しかし一ノ瀬のような零細企業では、もちろん時として手に負えない事態が発生するわけだ。今の状況が、限りなくそれに近い。下手をすれば違約金が発生する場合もある。それだけは避けたかった。
「まあ、僕は関係ないんだけど。どうする坂本部長?」とアスカ。
彼だけは別企業なので、完全に他人事だった。
「そうね……。エレンと呉石君たちでどうにかなる?」
「出来なくはないけど報酬上乗せ」とエレン。
「だそうですよ」と呉石が続く。
「あちゃー……。ねえアスカ、仮によ。仮にあなたの言うとおり、このムシが相当厄介な敵だとして。考え得る状況ってのは、いったいどんなものなの? ウチでも十分対応出来そうなの?」
「そうだね……」とアスカは考え込むように。
彼は目線をぐるぐると回す。視界上に件のムシのプログラムコードを表示させ、彼は今一度それを読み解いた。
「……うん。前にも言ったけど、リミッターを課すことで、このムシは率先してクグツの義脳に潜り込む習性を持っている。と同時、だれがこんなプログラム書いたんだか知らないけど、基本的な攻撃本能と防衛本能が備わってる。牧の仕掛けたムシが人間のハッキングを模倣するのと同じで、人間の行動特性をそのまま反映したみたいに……。だからムシは防衛本能に従って、より高性能なクグツに潜り込もうとする。自衛のために」
「そしてクグツに潜り込めば、今度は攻撃本能に従うってこと?」
「その通り。となると、数年前の牧が起こした事件の再現じゃないけど、警察の車両やクグツが奪われる可能性が高いかな。ウチも現出前のウィルス駆除に乗り出してるけど、どうやったって数匹は漏らすと思う。となると、最低でも二、三匹ぐらいは……」
「警察庁か、準警察組織のクグツを奪う可能性がある……?」
坂本が震え声で問うと、アスカは深くうなずいた。
「さすがにキツイですよ」と呉石。
「報酬上乗せ!」とエレン。
今度は坂本が手で顔を覆い隠した。
そんなどん詰まりの作戦会議。沈黙を破ったのは、今朝この一之瀬に来たばかりの黒田恭介だった。
恭介は拡張現実での会議に出席しながら、デジタルアイウェアを用いて視界上にデータファイルを表示させていた。彼がアイ・トラック・コントロールで飛ばし読みにしていたのは、この一之瀬警備保障社のデータだ。特に、その武装関連。
彼はものの数分でそれを読み終えると、ようやく沈黙した会議に参戦した。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
と、俯く社員たちプラスアルファに問う。
顔を上げた坂本が疲れたようすで恭介を促した。
「一之瀬社の武器登録情報をざっと読んだんですが、主力としてHAL‐1250Fと超音波振動ブレード・ヤスツナ、DK16対外装義体用携行電磁ネットランチャー、FF3000対人・対義体テーザーライフル、FK45対人・対義体テーザーハンドガン……それで、あのそれから、外装義体が一機ってあるんですけど。外装義体があれば、多勢に無勢でも作戦次第ではどうにかなるのでは? 相手はムシですし……。あ、それとこのクグツは誰の機体なんですか? 呉石さん……とか……?」
恭介は言った途中で、気がついた。
自分が『クグツ』と口にした途端、坂本や呉石はおろか、エレンやアスカまでもが顔に手を当て、それはやめてくれとでも言わんばかりの表情をしていることに。
――なにか悪いことでも言ったのか……?
言葉を止めてあたふたしていると、呉石が顔をあげた。彼の瞳――特徴的な赤い義眼が、恭介をギロリとにらみつけた。
「新入り、一つ言っておく。ウチにクグツはない。以上だ」




